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表・前

短編にしようと思ったら思ったより長くなりました



 ストロベリーブロンドの髪は光の下で艶を放ち、強い意志を感じる目尻が上がった瞳は薄い緑色。

 口をへの字にして不貞腐れた態度でいても、人の目を奪う可愛らしい顔立ちの少女は淡いピンク色のドレスを着ている。



 恭しく侍女に案内されて来た、御歳九歳の次期女王、ジゼール・ユナ・ピサンバナス第一王女である。



 ジゼールは来て早々、怒りに顔を歪めて持っていた扇子を叩きつけた。


「何よコイツ! 全っ然()()()()()()()()! コイツの何処がアルトに似てるのよ!? お父様の嘘つき!」

「そ、そんな事は」

「アタクシを騙そうとしたの!? 言ったでしょ!? アタクシとアルトは愛し合ってるのに、女狐がかっ攫ったの! 早く女狐の首をちょんぎって! アルトをアタクシに戻して!」

「ジゼールっ、もう婚約届は神殿に」

「はぁぁ!? ふざけないでよお母様! どうせ権力目当てでしょ! アタクシは認めないから!」


 癇癪を起こしたジゼールを国王夫婦が必死に宥めるが、余計に酷くなっている。怒り狂ったまま、ジゼールは来た道を戻って行った。


 これが初顔合わせ。いくら嫌だからとはいえ、表面上を繕うこともしないとは。

 五歳の令嬢でも、もう少しマシな対応をするはずだ。


 婚約者、ヨハネス・ブロウ伯爵令息は落胆するしかなかった。

 隣にいる両親を横目に見れば、ジゼールが去った方を見たまま固まっている。後悔しているだろうが、今更だ。


 特に目立った成果を上げていない、中堅の伯爵家。そこに王家直々に婚約の打診が来たのだ。

 基本的に長子相続のこの国で、長男に婿入りの打診。

 何かあると、疑念しかない。にも関わらず、王家という肩書きに釣られた両親はヨハネスの進言を聞き入れず、顔合わせの前に婚約届にサインをしてしまった。



 結果がこれだ。



 会話の内容から、アルトという人物の身代わりとしてヨハネスに白羽の矢がたったようだ。

 詳しくは知らないが、同じ歳の伯爵令息を選ばざるを得ない状況らしい。だが、あの様子から失敗だったとわかる。

 そうだとしても、こちらから言及などできる訳が無い。国王夫婦は若干困り顔になったがこちらに一言だけ告げ、ジゼールの後を追ってしまった。

 ヨハネスは小さく溜息をつき、父親を見上げる。


「父上。だから、サインは顔合わせをしてからにしませんかと、言いましたよね?」

「う、うるさい! 王配になれば安泰だろ!? 大輪華姫が相手なんだ! お前にとってもいい縁談だ!」

「そ、そうね。頑張ってね、ヨハネス」


 顔を赤くして怒鳴る父。その言葉に弱々しくも乗る母。見通しのなさを露見している二人が、身内ながらに嫌になる。


 女王の王配ともなれば、すでにある程度の候補者が絞られて教育が始まっている頃だ。

 ぽっと出の伯爵家から選定を飛ばして抜擢されたなど、彼らのプライドが許さないだろう。

 社交界で嫌味を言われ、それとなく蚊帳の外に置かれる。その未来が全く想像できないようだ。



 大輪の花が咲き誇るような美貌から付けられた呼び名も、実物の中身の醜悪さがより目立っている。



 王配になるよりも、花々を愛でながらささやかな生活を送りたかった。両親の勢いに負けて止められなかった。

 これも今更であると、ヨハネスは後悔のため息をつく。





 ジゼールは大輪の花だ。だが、猛毒の棘を自分以外の全てに向けている。長女だからと甘やかされ、元の気質と相まって傍若無人な性格。それは変わらなかった。


 僅か一ヶ月という期間で催された婚約披露のパーティー。


 ジゼールはヨハネスのエスコートなしに会場内を闊歩した。呆気に取られる参加客達の前で、高らかに宣言する。



「アタクシはアルト以外は認めませんの! だから、このパーティーは終わり! 王家が用意した食事を有難く頬張り、勝手に会話してなさいな!」



 そう言って、スイーツが並べられたテーブルの傍で勝手に食事を始めた。段取りも何も無い。

 参加者の混乱がヒシヒシと伝わってくる。

 国王夫婦は頭を抱えていた。

 パーティーの終わりまで、ジゼールはスイーツを食べ散らかしていた。その間、今回の婚約に関して話をしていたのはヨハネスだけ。

 今まで人前に立つ際は、不機嫌ながらも最低限の礼はしていたらしい。今回の我儘放題に聡明な高位貴族は見切りをつけたようで、比較的同情してくれた。

 代わりに、双方の親に非難の視線が向いている。

 国王夫婦はともかく、ヨハネスの両親は今後の立ち回りが大変だと予想できた。





 本格的な女王教育、王配教育が始まっても、ジゼールはアルトを探し求める。授業を抜け出し、見つけて連れ戻そうとすると酷く暴れると、教育係が嘆いていた。

 そもそもの話、ヨハネスはアルトの身代わりだと言うが、当の本人を知らない。

 教育係にそれとなく尋ねてみれば、少し濁しながらも説明してくれた。



 騎士団の中でも優秀な者が集う、近衛騎士団。その中にアルトはいたという。



 太陽のような橙色の髪にトパーズのような瞳。人当たりのよい青年で、同僚達からは慕われていた。彼はジゼールの傍に寄っては、優しい言葉をよく掛けていたらしい。

 見目がいい騎士と、大輪華姫と呼ばれる王女の身分を超えた恋愛。そういえば聞こえは良いが、そう思っているのはジゼールだけ。


 アルトには恋人がおり、ジゼール付きの侍女の一人だった。

 何のことはなく、恋人との逢瀬のついでに、彼女の雇い主へ挨拶していたに過ぎない。


 それをジゼールは愛だと勘違いした。

 その為、最終候補者との話し合いについて国王が話すと、アルトと愛し合っていると断言したらしい。

 これに驚いた国王夫婦がアルトを呼び出した。その席で、アルトはキッパリと否定。そのまま、恋人との婚姻を考えている旨を伝えた。


 それを聞いたジゼールの癇癪は凄まじかったという。


 アルトは自分の物だと騒ぎ立てる。懐いていた侍女を女狐呼ばわりした上、処刑しろと喚き立てる。

 国王夫婦の優しい落ち着かせなど効果なく、あまりの剣幕に命の危機を感じた二人は辞職して姿を消した。

 それから、ジゼールはずっと荒れていたみたいだ。


 王家との婚姻するにあたり、伯爵位以上が必要になる。高位貴族の中で、橙の髪と黄色の瞳を持つ者はヨハネスしかいない。

 嬉しくない偶然だ。

 それでも、高度な王配教育を受けられるという点だけ有難い。そうとでも思っていないと、自分を保てない気がした。







 何度も季節が回る。普通であれば、子供は歳を重ねるに連れて色々と学び、人生の最良を自分で選択していく。



 だが、ジゼールが成長する様子は見られなかった。



 王城の中庭に用意されたテーブルと椅子。その上に置かれたお茶菓子とポット、カップ。

 真向かいの席が空いていると認識したまま、ヨハネスは注がれた紅茶に口をつけた。

 交流の場であるお茶会だが、相手が来た事は約七年間で一度もない。

 もはや、ヨハネスも侍女達もジゼールが来ないと分かっている。ここに用意された品々は全て、ヨハネスと()()()に用意された物だ。




「同席してもよろしいですか、ヨハネス様」




 聞き慣れた声がした。振り向けば、美しい礼をする少女が侍女を傍に立っている。


 ダークブロンドは手入れがしっかりされて艶があり、穏やかそうな顔立ち。優しげな垂れ目の右は薄い緑色、左は赤色。

 ヨハネスとジゼールの一つ下、御歳十五歳になるシュローメ・リリ・ピサンバナス第二王女だ。


 ヨハネスが許可を出すと、シュローメは改めて礼をする。引かれた椅子に腰掛け、注がれた紅茶を飲む。

 どこを取っても完璧なマナーだ。


「相変わらず、綺麗な所作ですね」

「ありがとうございます」


 そう言い遠慮がちに笑う様は、可憐な一輪の花が咲くようだ。



 一途に初恋を追うジゼールの姿は、年々批判が高まっている。



 これが平民なら許されるだろうが、貴族、それも王族としてはありえない態度だ。女王教育もまともに進んでいない。

 今年から入った貴族学園でも、ABCの内で下になるCクラス。にも関わらず、勉強に集中する気は全く出ていない。

 時には学園も休み、噂だよりに初恋の人を探す日々。その費用の出処は婚約者の予算だと、鈍感な者以外は気づいている。

 婚約者でAクラスのヨハネスを毛嫌い、何もかも否定し、雑に扱う様も批判の対象である。



 大輪華姫の名に相応しい美女。だが、ジゼールにはそれだけしかない。長子相続といえど限界がある。



 第二王女であるシュローメに悪評はなく、ジゼールを見限ってシュローメについた貴族も多い。

 ヨハネスも、シュローメの方が印象はいい。

 ジゼールの代わりに来ては、完璧なマナーと豊富な知識で場を盛り上げてくれる。

 シュローメの婚約者が決まるまでという約束ではあるが、慎重になっているらしく決まる気配はない。


 また、シュローメ自身は家族、特にジゼールを嫌っている。


 名ばかりの婚約者であるヨハネスに堂々と語るあたり、鬱憤も溜まっているようだ。


「お姉様は節穴ですわ。こんなにも素敵な婚約者がいるのに、いつまで経っても破れた恋を追い続けて……」

「巷では『一途で素晴らしい』らしいですよ」

「あれは『粘着質』、『独占欲』と言うものですわ。一途なんて、可愛らしいものではありません」


 きっぱりと言い切るシュローメに、ヨハネスは苦笑する。シュローメのように表立っては言えないが、事実だ。



 一方的な恋慕の押し付け。何もかもが手に入るという思い上がり。自分が諦める、我慢するといった術は考えもしていないだろう。



 女王として責務を負うからと、国王夫婦が甘やかして叱咤を避けた結果だ。

 婚約の件から国王は反省して叱るが、王妃は未だに甘やかし夫から庇う。

 シュローメもヨハネスも国王自身も、王妃の行動に呆れるしかない。


「……正直な話、学園でも社交場でもジゼール様の評価は最悪です。俺がフォローしても、そろそろ限界に近いです。卒業までに変わればいいのですが……」

「無理でしょうね。あと一年で変わるのなら、今までに変わっているはずですもの」


 シュローメの言葉に、ヨハネスも頷く。


 この国では、貴族が通う学園は十六歳から十八歳の二年間。

 勉学よりは繋がりを求める場である。学園で得た縁は一生の繋がりとも言われる。


 それを放棄しているジゼールが女王になった所で、貴族がついてくるとは考えにくい。

 そう口に出そうとしたところで、シュローメが人差し指を口に当てる動作をした。


「ヨハネス様が言わなくても、お父様達は分かっていますわ。安心して、と言っても落ち着かないでしょう。なので、ヨハネス様はご友人を、多くの繋がりを得てくださいな」


 シュローメは悪戯っ子の笑みでウインクをする。こちらが罪悪感を持たないような内容だ。

 普通に過ごしていれば問題ない指示に、ヨハネスは首を縦に振った。



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