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アダムとイヴ

 位置データは、駅周辺の大きな建物から発せられていた。昔はデパートだったらしく、入ると、マネキンがいくつも倒れていた。


 ニオを入り口で待たせ、奥へと進み、エスカレーターを歩いて上る。紳士服売り場を進めば、姿見を前に、黒スーツ姿でネクタイを締めている男がいた。


 カイムに気づいてか、微笑みながら赤い瞳で視線を合わせ、恭しく頭を下げる。


「私の我儘に付き合っていただいたこと、感謝いたします。準備――似合うスーツも間に合いましたしね」

「……なんとなく察していたが、その顔と声、渋谷のドームにいた奴か」

「ええその通り。あの時は裸で襲い掛かってしまったこと、誠に申し訳ない。なにせ生まれたばかりで、神の命令しか頭が受け付けなかったので」

「やはり、神が絡んでいたか」


 アダムからは色々と聞き出せそうだ。しかし、カイムが近くにある椅子に座ろうとした瞬間、激しい頭痛に見舞われる。立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。

 渋谷の時と同じだ。


(ここでも、話すことも聞くこともダメなのか……!)


 膝をつき、唸り声をあげる。そこへ、アダムが歩み寄る。

 抱える頭に手をやり、手のひらから微弱な電流を流した。


「これで大丈夫ではないでしょうか」

「……痛みが、消えた?」


 すっかり痛みが消えており、体も動く。困惑するカイムに、アダムは「ふむ」と考える素振りを見せる。


「どうやら、なんらかの制御を受けていますね」

「制御……?」

「ええ、微弱ながら血中よりナノマシンの反応がします。今の衝撃は、それが原因でしょう」


 ナノマシンと聞いて、思い当たるふしはある。戦場で意識を失った後に、注射したなど、いくらでも考えられるのだ。

 だがそうなると、


(考えたくはないが、人類軍がやった、という可能性もあるということか)


 元々、神とは別に怪しいとは思っていたのだ。不可思議な戦場渡りの辻褄は、人類軍が合わせていると。

 とはいえ、そんなことをしても人類軍になんのメリットもない。頭を切り替え、アダムと向かい合う。


「とにかく助かった。それで、俺になんの用だ」

「先ほども言った通り、相談がありまして。ですがその前に、私たちの同胞であるプロトを破壊してくださったこと、礼を申し上げます。捨てられ壊れ、手が付けられないほど暴走していましたので」

「さっきの奴か。雰囲気だけならお前によく似ているが、捨てられたとはな。予想通りだ」


 しかし、同胞と言ったか。カイムが追求すれば、アダムは落ち着いた口調で返す。


「プロトはその名の通り、私とイヴのプロトタイプです」

「イヴ……もう一人いた女か」


 カイムがその名を出すと、試着室の中から白い髪を伸ばした赤い瞳の女性が、プルプルと震えて出てきた。


「その、あの……イヴです……。よろしく……お願いします……」


 白いワンピースを着た姿で、消え入りそうな声でそう言うと、引っ込んでしまう。ずいぶんと弱腰なイヴだが、アダムが呼びかけると駆け寄り、その手にギュッと抱き着いた。アダムがよしよしと頭を撫でると、強張っていた顔が溶けるように緩んだ。


「私もイヴも、神によって人間を元に造られています。ですが、私たちは創造主たる神に賛同できず、こうして離反しました」

「創造主……伊達に神を名乗ってはいないか。奴はなにを企んでいる」


 問うが、アダムは困ったように口を閉じる。しばらくして、「やれやれ」と両手を振った。


「神が余計な事を喋らせないようにプロテクトをかけていまして。解除を急いでいますが、もうしばらくかかりそうです」


 なかなか上手くいかないようだと、カイムはため息をつく。神について聞けないのなら、ここに来た意味がない。

 そういったところを察してか、アダムは口にする。「ナノマシンを除去する方法なら知っている」と。


「私の相談に乗ってくだされば、その方法もお教えします」

「それだけでいいのか」

「ええ、私にとっては純粋な人間であるあなたと言葉を交わすこと自体が、貴重な体験ですから」


 アダムは一度咳払いをした。喉の調子を整え、真剣な面持ちになる。


「私とイヴは完成してからまだ一週間です。事前に記憶領域へインプットされていたデータはありますが、知らないことの方が多いです。具体的には、人間が持つ価値観や感情でしょうか」

「そんなことを知ってどうする気だ」

「もちろん、人間になるためです」


 人間になる。よくわからないカイムは訊き返すと、自らの造られた理由に関係するという。


「見ての通り、私たちは人間を模して造られています。話せる範囲ですと、神は元々、私たちをマギア環境下で活動させるのが目的のようでして。いずれは人類がマギアに適応した時に、人を導くためだそうですから。それ自体には意義はないので、人間を知り、人間になろうかと」


 プロトも、もしかするとそういう背景があって、小隊を襲ったのかもしれない。カイムを食べようとしていたあたり、的外れではないだろう。


 しかし、まるで神は人間の味方をしているように聞こえる。聞き出したいが、プロテクトとやらが邪魔をするだろう。


「とはいえ、こうしてあなたを呼び出せてよかった」

「呼び出せただと? 俺はそもそも、ここで消息を絶った小隊を探しに来たはずだが」

「いえ、その作戦自体が、私の用意したものでして。簡単に言わせていただくと、人類軍のサーバーをハッキングし、上層部よりあなたへ作戦が下るようにさせていただきました」


 まるで手玉のような人類軍に驚きと呆れが混ざる中、アダムは指を立てた。


「私は人間を知りたい。ただ、人間は軌道エレベーターへ逃げてしまった。ですが、マギアさえなくなれば、戻ってこられるはずです。その話をする上で、あなたはマギアがどうやって生まれたかご存じですか?」


 カイムは言葉に詰まってしまった。そのまま話すか悩んだ末、ため息交じりに口にする。


「俺の記憶は、二年前から先が途切れている」


 カイムは、この戦場渡りが始まった時以前の記憶がないのだ。そもそも人類軍に参加していたのか。マギアの使い方をどこで習ったのか。そういったことが、思い出せない。


 なので、マギアについても、どうして生まれたのかは知らない。そこのところを話すと、アダムは難しい顔を見せた。


「神が創ったと、ご存じではないのですか」

「なんだと?」

「マギアは神による創作物です。こうして世界中にばらまいたのも、神です」


 そんな背景があったとは。過去の自分は知っていたのか疑問に思いつつ、アダムが、「提案です」と続けた。


「神がいる限りマギアは絶えず生み出されます。つまり人間が地上に降りてくるのは、神を殺す以外方法がない。ですので、まずは私とイヴ、そしてあなたとパートナーの四人で神を打倒しないか、という提案です」

「居場所が、わかるのか?」


 期待を込めて言った言葉に、アダムは頷く。


「そもそも私とイヴは、神により造られましたから。当然どこにいて、どうすれば打倒できるかもわかります」


 カイムは考える。もしも自分が神に操られているのなら、と。おそらく神に復讐ができれば、戦場渡りは終わるだろう。


 復讐。カイムはそれ以外を望んでいない。それが叶うのならば、アダムの考えに乗ってもいい……と、カイムの思考が進むが、


「断らせてもらう」


 きっぱりと、アダムの提案を断った。なぜかと疑問を浮かべるアダムへ、カイムは言う。「これは俺の復讐」だと。


「神が、俺を好き勝手にしているのなら、俺も好きに復讐する。その「好き」に、多対一での復讐はない」

「……なるほど。残念です」


 復讐鬼でありながら、カイムはしっかり自分を見失っていないのだ。しかし、アダムは手を叩いて喜んでいた。


「素晴らしい! 自らの欲望に正直に生きることは、なんと自由な生き方でしょう! 自由に代償はつきものと学びましたが、あなたは自らに課せられた呪いを解けるかもしれないというのに、断った! ああ、素晴らしい! 私はもっと、人間を知りたい! 知って、いつか人々を導きたい!」


 断ったというのに喜ぶアダムに困惑していると、また頭に電流が走るような痛みに苛まれる。即座にアダムが無力化したが、こんなことでは、ヒントも手助けも満足に受け取れない。


「いったい、この体に何が起きている……」


 呟くカイムへ、アダムは腕を組み、タブレットを取り出した。いくらかタップすると、カイムを見据える。


「今、あなたのパートナーである彼女に、とある人物のデータを送りました。残念ながら、私とイヴでは近づくこともできませんが、その人物なら、あなたの体を蝕むナノマシンを排除してくださるでしょう。ただ、」


 一度言葉を区切ると、アダムは神妙な面持ちで口を開く。


「場合によっては、人類軍での居場所がなくなるかもしれません。そしてこのままドームに戻れば、あなたのパートナーが私の渡したデータを持っていると知られてしまうでしょう。ですので、このまま行くことをお勧めします」

「なるほど……助かる。どんな奴がなにを握っているのかは知らないが、すぐに向かわせてもらう」


 その人物に会いに行き、体の自由を取り戻し、復讐すべき神に復讐する。

 覚悟を決めると、アダムへもう一度礼を言っておく。そんなアダムは上機嫌だ。


「ずっと言っていますが、私は人間を知りたい。できることでしたら、あなたから……ですが、今日はここまでのようですね」


 ここまで? と聞き返したカイムだったが、建物の外に機械兵と人類軍が押し寄せてきていた。

 ニオも血相を変えて駆け上がってきた。


「なんだかよくわかないけど囲まれてるよ!」


 どういうことだとアダムへ問えば、カイムがアダムとイヴに接触するのを良しとしない者たちの差し金だと話した。


「お二人はどうぞ上からお逃げください。前面の地上は私たちの機械兵が相手をしますので」


 イヴを連れて階段を下るアダムを目で追ってから、ニオへ向く。


「説明するのはあとだ。とにかく、いったん逃げるぞ」

「らしくないねって言いたいけど、大賛成!」


 階段を駆け上がり、最上階の窓を割って外に飛び出す。マギアを纏った二人を、地上で戦う機械兵と人類軍には見えていなかった。


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