ニオの涙
寂れた池袋駅を、ニオはあてもなく歩く。人気のない風景には、機械兵こそ見受けられるが、人間は誰一人としていない。
お台場のドームにも、アンドロイドしかいないのだろう。今や人間は軌道エレベーター内にしかいないと言っても過言ではない。
「いや、カイムが、いるか……」
一人呟くと、一陣の冷たい風が吹く。ニオが空を見れば、雨雲らしき黒い雲が遠くに見えていた。
「なんだか、寒いな……ああ、そうか」
ボクは一人なんだ。
自我データが形成された時は人類軍と共におり、お台場のドームに配属されてからも、集団の中にいた。全員アンドロイドだとしても、限りなく人間に近かった。
それからはカイムと過ごし、こうしてスネークの地下研究所で別れてしまった――突き放された。
ニオはそれを思い返すと、どうしてか、胸がひどく傷んだ。唇がプルプルと震え、手のひらをギュッと強く握りしめている。
「あれ……」
気づけば、頬を涙が伝っていた。固く握りしめていた拳を解いて拭うと、泣きながらクククと笑っていた。
「人間じゃないのに、なんで泣く機能なんか付いてるんだよ」
我ながら笑える。ニオは自虐的ながら笑っていると、ふと、なにか引っかかるものがあった。
「本当に、神はなんで、泣く機能なんか付けたんだろう?」
ニオの体はアダムやイヴを形作る物と同じだとスネークは言った。だとするならば、アダムもイヴも、スネークでさえも泣くことができるのだろう。ニオの思考が、それに対する必要性を模索する。
(感情の処理……いや、そもそも神はなんで感情を持たせたんだ? 人類軍と戦うためならば、いらないはずだ。現に、アダムとイヴ、スネークも、感情があるから神の元を離れた。そうまでして、感情を持たせる理由は……)
ない。ニオの答えは感情を持たせた方が操りにくいと答えを出した。
(それでもなお、感情を持たせるとするならば――)
ニオは自分でも、なぜこんなことを考えているのかわからなかった。ただ、神という漠然とした存在への謎が、ニオの思考を刺激したのだ。
(神が考えた理由があるはず……マギア環境下でも動けるボクのような存在が必要な何かが……)
と、考え込んでいると、ニオの中で一つの仮説が浮かんだ。なぜ神と呼ばれるほどの存在が、こんなことをしているのか。
その理由が、先ほどのスネークとの会話から導き出される。
――例えばニオちゃんの体から自我データを削除して私が入り込むことができたりする。でもニオちゃんはAIと違って明確な意思があるから抵抗することができる。だけどね、意思が元々あるから私が入れるんだ。
「マギア環境下で活動可能な、意思を移すことのできる肉体……そういうことか!」
答えがまとまった。同時に、すぐにでもスネークに確認し、カイムへ伝えなくてはならないことがある。
まずはスネークの元へ急ごうと駆けだしたニオだが、空からヘリが降りてくる。近くで着陸すると、中から新宿で見た男が現われた。
「アダム、かな」
「そういう君はニオ・フィクナー。私やイヴの兄弟のような存在だろう?」
「さっき知ったところだよ。それで、ボクになにか用かな」
「ああ、実は君とカイムのことを監視していていましてね。本当はカイムの所に先に行こうと思ったのですが、どうしても君に確認したいことがありまして」
監視していたと聞いて、ニオは若干の苛立ちを覚える。しかし、好都合だとも思った。
「ボクもカイムの所に行きたいし、君に訊きたいことがある。神についてね」
神と聞いて、アダムはまるでゴミを見るような目で「神など、誇張が過ぎる」と吐き捨てた。
「その様子だと、スネークの言っていたプロテクトとやらは解けたのかな」
「ほう、そこまで知っているのですか。当然ですが、とっくに解けています。君はどうやら、最初からなかったようですがね」
互いが向き合うと、雨がパラパラと降り始める。すると、アダムは恭しく頭を下げ、手を差し出してきた。
「なんだい、それ」
「人間の男性は女性をこのようにエスコートすると学びましたので」
掴みどころのない男だ。ニオは肩をすかしながら、アダムの手を取る。
「話は、ヘリの中でどうでしょう」
「構わないけど、質問に答えてもらうよ。あと、すぐにでもカイムの所に向かってくれるかな」
「どうせこの後は向かうつもりでしたから」
ニオはアダムに連れられ、ヘリに乗った。雨粒がポタポタと振る中、たどり着いた仮説とカイムとの関係性に、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。




