プロローグ―そして新たな戦場へ―
完結済み。毎日更新します。
――東京駅上空 二一四七年。四月一日 十三時
人類軍の軍用航空機の窓から、顔をすっぽり覆うマスクを被った男が空を眺めている。
彼はマスクの中から雲の合間に見える金色の粒子に、目を細めていた。
有毒な粒子「マギア」。特殊フィルター付きのマスクなしでは吸い込むだけで死に至る物質だ。地球上のどこにでもあるので、もはや見慣れたものだった。
「カムイ分隊員、そろそろ作戦の時間だ」
空を眺める彼を、同じようにマスクを被り、黒いマギア遮断型ボディアーマーに身を包む男が声をかける。カムイと呼ばれた男は、癖であるため息をはいて、声をかけてきた相手に訂正を求めた。
「自分の名前は「カイム」です」
よく間違われるが、放っておくわけにもいかないのだ。すぐに「すまない」と謝る男について行く。
途中、アサルトライフルを改造したマギアを弾とするマギアライフルと、マギアを電撃へと変換させるブレードを装備する。エアボーン用の後部へと着けば、カイムを含めた七名が同じ装備に身を包んでいる。
カイムをここまで連れてきた男がマスクを取り咳ばらいをすると、他の六名は顔を向けた。
「分隊長より、作戦の最終確認だ。地上一万メートル上空から降下し、東京駅周辺の「機械兵」たちに攻撃を仕掛ける。知っての通り、後続する本隊が地上に降下するための陽動が目的だ」
それともう一つ。分隊長は声を大きくして付け加えた。
「すべては、地上を支配した「神の一党」を駆逐するためだ。健闘を祈る」
分隊長が言い終えると、エアボーン用の後部が開き、突風が吹きこむ。
ここから飛び降りる。分隊員たちが緊張で強張る中、一人――J53とマスクに記されたカイムは、ため息をつく。分隊長が気を抜くなと言ってくるが、そういうため息ではない。
戦いに飽きたが故のため息だった。心中を知らぬ分隊長は呆れながら、「降下開始!」と指示を出す。
声に続くよう、七名はパラシュートも無しに飛び降りた。地上へ向けて雲をつき抜けて行くと、やがて各々が体の周囲にマギアを纏わせた。
落ちるだけだった彼らが、金色のマギアを纏って無重力のようにフワフワと浮いている。そのままマギアライフルのマガジンを取り外すと、中へマギアが吸い込まれていった。
吸い込まれたマギアは、マギアライフル内で弾丸へと姿を変えた。ブレードもマギアに反応し、チリチリと電流を帯びている。
これこそが、マギアの力なのだ。有毒でありながら、操る才能さえあれば、空を飛ぶことも、弾丸の生成もできる。
吸えば死ぬので諸刃の剣だが、今の人類軍には必要なのだ。
全ては、地上を支配した神の打倒のために。
「総員! 照準は地上の機械兵! 掃射開始!」
彼らは地上三百メートルまで近づくと、急激に減速した。地上へと近づきつつ、マギアライフルの照準を機械兵に合わせる。人間の骨格だけ抜き出したような機械兵たちは、空からの弾丸に晒された。
マガジンに詰まった二十四発を吐き出し、空中でもう一度リロードし撃ち尽くす。そうして彼らは地上直前で減速し、ひび割れたコンクリートの上に足をついた。
眼前には機械兵。対するように、七人全員が背中のブレードを引き抜く。ブレードの刀身は空気中のマギアを纏い、バチバチと電流が走る。
「近接戦闘開始!」
分隊長の声に、円状にかばい合う陣形を作る。背を味方に任せ、ブレードを手に、襲い掛かってくる機械兵を斬り倒していく。
(ブリーフィングでは、この地点には二十体と聞いていたが、それよりも十個体は多いな)
カイムが敵の数に嫌な予感を感じた数舜の後、仲間の悲鳴がマスク内のスピーカーから聞こえてくる。目をやれば、戦闘員の一人が、機械兵の手に装備された武骨なブレードに切り倒されていた。続くように、もう一人機械兵に胸を切り裂かれる。
円状に背中をかばい合っていた防備に隙が生まれた。切り倒された二人を踏みつぶし、機械兵たちが距離を詰めてくる。
一度崩されると脆いもので、一人、また一人と殺されていった。分隊長が諦めるなと声を上げたが、次の瞬間には切り裂かれていた。
そうして、カイムだけが残る。周りには十五体の機械兵がおり、囲まれていた。
(さて、どうする)
ブレードを手に、立ち尽くす。数の差は絶望的だ。だが、カイムはたいして危機感を感じていなかった。
(まぁ、どうせ戦わなくても……)
カイムはこの戦場への執着心をなくしていた。どうせ、もうしばらくすれば――なにもかも終わるのだから。
しかし、機械兵たちがカイムへ迫ると、喉のスピーカーから機械音声がする。
「カミノタメ、カミノタメ」
壊れたように、機械兵が繰り返している。それを聞き、彼から諦めなどという感情は消え去った。
「……なにが神のため、だ」
機械兵の言葉が、カイムの心にどす黒い炎を灯した。黒く重い激情だ。
ブレードを握りなおし、有害なマギアを遮断するマスクを外して放り投げる。
血のように赤くボサボサの髪が風に揺れた。黒い瞳は睨むだけで相手に畏怖を植え付けるように鋭い。それが機械兵たちを捉えた。
「殺してやる。神も、お前らも」
カイムは自らが纏うマギアを吸い込んだ。毒を吸うという行動に、敵である機械兵すら困惑していた。
その間マギアを吸い続けたカイムが息を吐き出すと、金色の粒子が――マギアが消えていた。
「正確には壊す、か」
言い終えた瞬間、腕を伝ってブレードに膨大なマギアが流れていく。激しい雷へと変わり、刃を包むと、刀身そのものが激しく光り輝く。
一振りすれば、眼前の機械兵五体が吹き飛ぶ。雷が叩きつけられ、廃ビルに激突した機械兵は焼け焦げていた。
途端に、残った機械兵たちに危険信号を知らせる赤いライトが灯った。カイムを殺さなくてはと迫りくる機械兵だが、振り返りざまの一太刀が残り全てを薙ぎ払った。
「……限界か」
機械兵を掃討したブレードは、あまりのマギアに耐えきれずボロボロと砕けていった。
(また、一人……)
そうして、カイムは立ち尽くす。仲間も敵も死に絶え壊れ果てた。誰一人として生きていない東京駅の廃墟で、『その時』を待った。
「クッ……」
思った通り、カイムの頭に痛みが走ると、体の力が抜けていく。膝をつき、意識を失った。
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「……い……おい……おい!」
「!」
「ブリーフィングの途中に居眠りとは、気が抜けているのか?」
辺りを見渡すと、カイムの周りには人類軍の軍用航空機の内装が広がっていた。見渡しても、先ほどまでいた軍用航空機と同じだ。目の前には、東京駅への作戦を立案した司令官がいる。
「申し訳ない……司令、今は――日本時間で何日の何時ですか」
変なことを訊く。司令官は腕を組みつつ「四月二日の朝九時」と答えた。
「そもそも、ここは日本だ。寝ぼけているのか?」
「いえ……」
東京駅への降下作戦の翌日にカイムはいる。あの後、この軍用航空機に乗ったことはおろか、あの戦場で意識を失ってからなにがあったのかも覚えていない。
ただ、気がついたら翌日の朝九時に、ここにいる。もはやこれは一度や二度のことではない。カイムは何百度も、世界中の戦場で一人生き残っては意識を失い、知らぬ間に移動しているのだ。
自らの置かれた状況に、最初は戸惑いしかなかった。戦場から別の場所へ渡り歩く現象を、最初は理屈で理解しようとした。
だがいくら考えても、いくら他人に訊いても、いくら戦っても、わからなかった。意識を失い、気づけば知らないところにいる。共通するのは、いつも戦場に近いところにいるということだ。
なにが起きているのか。かつてのカイムは不気味な現実に打ちのめされていた。尚且つ地獄のような戦場渡りが続き、とうとう嫌気がさし、自殺も試みた。
(その時、奴の声がした)
【神の名のもとに、お前は死なせない。戦え、戦うのだ。無限に広がる戦場を】
ブレードを自らの首に突きつけた時、頭の中に響いた声。あれが本当に神だというのだろうか。カイムは声を聞き意識を失って、目覚めてから考えた。人類軍が戦う神と同じなのだろうかと。
疑いは戦場を渡り歩くたびに増幅した。この世に神を名乗る者が人類軍の敵しかいない以上、あの声の主で間違いないのだと。
地獄の中で、カイムはそう理解した。戦い続けろという神の言葉の通り、戦場へいつも送られるからだ。
(俺は、世界を創っただとかの神を信じない。誰かがやっている。神気取りの誰かが、俺を玩具にしている)
そう理解すると、カイムの心から絶望心が消え、復讐心が宿った。戦場を渡り歩くたびに、復讐の炎は勢いを増していく。
いつしか復讐の業火に炙られたカイムは、この手で神を――神を気取った奴を殺してやると、心に決めた。
「司令、次はどこに送られるのですか」
「次? 決まっているだろう。最近神の一党の活動が盛んな日本の東京エリアで戦ってもらう」
「了解しました」
迷いはない。神が大地を支配し、人類に機械兵を使って攻撃してくるのなら、戦い続けるまでだ。
その果てに、神がいると信じて。