第6話
ソフィアが伯爵の屋敷に来て二日目、さっそく母から無事ついた?と手紙が届いた。
“クラリオン伯爵からお嬢様宛にお詫びとお見舞いのお手紙が届いた。クラリオン家のハウスキーパーである伯母が、スキャンダルを捏造して流したのはチェリーナだと伯爵に伝えたからだ”
との内容が続いていた。
ご自分がチェリーナを冷たくあしらったのが原因と、深く気にしてのことだろうと。
ご自分も被害者なのにお優しい方。
お嬢様がお返事できればいいけど、難しいかもしれない。もうラント子爵のことは忘れて、新しい出会いに目を向けてほしい。
ラント子爵といえば、今日も来たが門前払いされた。
お気の毒だが、助ける気にはなれない。
チェリーナは今宵のパーティーのことで頭がいっぱい。
クラリオン伯爵のための、お慰めパーティー。
自分が流したスキャンダルのお慰めとは、肝が据わっていることこの上ないと感心してしまった。
メイドの私は、成り行きを見ているしかない。
伯母がチェリーナが元凶だと伝えているし、伯爵を信じるしかなかった。
♢♢♢♢♢♢♢
夜、城かと見紛う大広間で、お姫様のように着飾ったチェリーナと取り巻きの令嬢達、見届け人に選ばれた貴族達が待つなか、主役のクラリオン伯爵が現れた。
黒の夜会服を着こなしたクラリオンは、エレガントで色気がありチェリーナと令嬢達を魅了した。絹のような亜麻色の髪と瑞々しい青い瞳も相変わらず美しかったが、顔色は血の気がないように白かった。
それに、表情も硬いようだと客人達は思ったが、あのようなスキャンダルの後では無理もないと同情した。
そんな客人達と、お給仕をするソフィアが見守る中、クラリオンはチェリーナの前に来た。
「お待ちしていましたわ! クラリオン様」
「今宵は、私のためにこのようなパーティーを開いてくださり、ありがとうございます」
笑顔のチェリーナとは対照的にクラリオンは無表情だった。
彼の笑顔を見た者はほとんどいなかった。それにつけて今宵は目つきも声色も冷たかったが、チェリーナは気づかなかった。
「あんな目に遭ったのですもの。今宵のパーティーはそれを過去にするためのものですわ」
私が忘れさせてあげる、と、チェリーナは心の中で続けて得意げにフフッと笑った。
「お心遣い、重ねて感謝いたします」
クラリオンは腰を折ってお辞儀してから、辺りに視線を向けた。
「私はもう心配には及びませんが、子爵のご令嬢はどうされていることか」
「え?」
自分を前に他の女のこと?と、チェリーナはキッとクラリオンを見上げた。
「彼女も今回のことで、ひどく傷ついていると聞いています。婚約まで解消になってしまい……」
クラリオンは自責の念に胸が痛んだ。
「貴女とは従姉妹の間柄でしたね。どうしているか、ご存知ありませんか?」
手紙の返事はまだなく、気になっていた。
チェリーナはイライラを感じつつ答えた。
「メイドから話を聞きましたわ。部屋に引きこもって出てこないとか。昔から、そういう内気でうじうじしたところのある人でしたの」
チェリーナは従姉妹など、もうどうでもよかった。
子爵の令嬢など取り巻きに過ぎない。目障りなことをしなければ興味はなかった。
そんな彼女の刺々しい表情と物言いに、ハウスキーパーから聞いた “チェリーナ様はご従姉妹と婚約者の仲を裂くために、ご従姉妹とあなた様とのスキャンダルを捏造して流した” ということが真実だとクラリオンは確信した。
絶対零度になったクラリオンの視線に気づかず、もう彼女の話はやめましょ、こっちまで暗くなりますわとチェリーナが笑顔を向けようとした時、彼が先に言った。
「やはり、酷く傷ついておいでか。一度、この目でご様子を見るまでは安心できませんね。申し訳ありませんが、パーティーを楽しむ気分にはなれませんので、これで失礼します」
恭しく礼をすると、クラリオンはさっさとチェリーナに背を向けた。
えっ?と目を丸くするチェリーナの見ている前で、クラリオンは客人達に語りかけた。
「皆様、今宵は私のためにお集まりいただきありがとうございます。そして、ご心配をおかけしたこと深くお詫びいたします。皆様もご存知の通り、今回の騒動で私の他にもうひとり、傷つけられたご婦人がいます。彼女はまだ悲しみに暮れています。そんな中、私だけ慰めを受けるわけにはいきませんので、これで失礼いたします」
お許しくださいと言うやいなや、断固とした足取りで歩き出したクラリオンを皆見送るしかなかった。
ソフィアは喜びに涙しそうになりながら見送った。
チェリーナに惑わされないかばかり気にしていたが、クラリオン様は思っていた以上に、お嬢様を気にしてくださっている。
給仕中に表情を出したことのないソフィアだが、思わず微笑みが出て慌ててうつむいた。
彼が去ると、スキャンダルの相手を思いやるとは天晴な人だと、男性達は褒めそやした。
“彼はやっぱり私が好きなのよ”と聞かされていた令嬢達は、呆然と立ち尽くすチェリーナをじっと見つめた。
痛いほどの視線を浴びながら、チェリーナは閉ざされた扉を憎々しく見つめて、伯爵に負けじと叫んだ。
「皆様! クラリオン伯爵は、お噂が祟って頭がおかしくなっているみたい! 皆様お帰りになって! 哀悼の意を捧げましょ!!?」
あまりな物言いにショックを受ける人々を残して、チェリーナは広間を出て行った。
その頃、馬車に乗ったクラリオンは憂いの走る顔を窓に向けていた。
子爵のご令嬢が心配だった。チェリーナは内気でうじうじした人と言ったが、実妹が子爵家のハウスキーパーをしているという我が家のハウスキーパーからは、子爵のお嬢様は非の打ち所のない方で、奥ゆかしいゆえに今回の件で上手く弁解もできなかったのだと聞かされていた。
クラリオンはそれを信じて、やはり子爵家に行こうと決めた。