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第3話

 お嬢様の部屋を出たソフィアは、硬い表情で廊下を歩いた。


 嫌だ……チェリーナのメイドになんかなりたくない。


 どうせ、私が雇われる理由は知れてるもの。


 お嬢様はどうしているか知るのと、お嬢様の悪口を言わせるのが、言わないけど、チェリーナの目的。それで、気が済んだら解雇。メイドでいる期間は短くて一週間、一ヶ月は持たないだろう。私が。


 そんな扱いもあるので、メイド界隈でラナロ伯爵家の評判は最悪だった。

 あそこに仕えるのは、金目当てでしかないと皆嘲笑していた。

 誇りを持って主に仕えきたソフィアにとって、ラナロ伯爵家のメイドになること自体が只々苦痛だった。


 けれど、仕方ない。


 言うことがあるもの。


 さっさと終わらせたいものだわ。


 ため息をついたソフィアは、母の部屋に行った。


「ママ、お嬢様に話してきたわ」


「そう、悲しませてしまったでしょう?」


 ソフィアの母、カテリーナは自分も悲しげな顔をした。


 お嬢様を我が子のように大事にしてきたからだ。


「ええ、でも、行かなくちゃ」


 ふたりともわかっていた。


 チェリーナの言うことを聞かなければ、お嬢様にまた被害が及ぶ。


 子爵夫妻にも、そう告げて納得させていた。

 おふたりとも、娘が浮気するはずはないと確信していたし、カテリーナからチェリーナが流したデマだと聞いて納得していた。しかし、立場上、全てをこらえているしかなかった。

 そんなおふたりは、これ以上娘を傷つけたくない一念からソフィアの申し出を受けたが「娘のために、君をチェリーナに差し出すような真似をしてすまない」とおっしゃった。

 お嬢様と私の仲を理解して見守ってくださっていたから、私をチェリーナに渡すのは嫌だと伝わってきた。

 ご夫妻もチェリーナ対策をしてこられた。昔から、チェリーナがお嬢様の物を横取りするので、なんでも二人分用意するようにしていた。しかし、私をもう一人用意するわけにはいかず。


 カテリーナもお嬢様と主人を苦しめるチェリーナを憎んだ。

 チェリーナに娘をやるなど嫌だったが、怒りを抑えるしかなかった。


「行きなさい、ソフィア。お嬢様のことは心配ないわ」


 肩にのせられた母の優しい手に、ソフィアも優しく触れた。


「行ってきます。手紙のやりとりは許可してもらったから、手紙を書いて私を励ましてね」

「もちろんよ」


 母娘は笑顔を交わして、抱きしめあった。


 ♢♢♢♢♢♢♢


 自室のベッドに座ったソフィアはふうと一息ついた。荷造りも終わり、明日を待つだけだ。


 後、肝心なことで気になるのは、屋敷に出入りする仕立て屋が持ち込んだ話。


 現在、貿易ギルドを焼き討ちする計画が進行中。


 チェリーナの父、ラナロ伯爵が貿易管理を担うようになってから、貿易税は上がり、管理費とより良い貿易事業のためといってはなにかと金を徴収した。

 おかげで伯爵は財を成しているが、貿易に関わる者は貧しくなった。税の上がりは我慢したが、一向に貿易事業のために金が使われることはなく、さらに輸出額のつり上げを要求され、貿易相手からは不満の声が上がり、取引に苦労させられていた。

 関係者の苦しみを伯爵に訴えたが、その声にも手紙にも返事はない。


 この事態をどうするかの議論は、港の酒場でも行われた。

 その中で、ギルドでは深夜、伯爵の手先に成り果てたギルドマスターがひとりで金勘定をしている、そこを強襲しようという話が持ち上がり、焼き討ちしようという話に発展した。


 最初は冗談だったはずが、日を追うごとに計画がしっかり練られていった。


 仕立て屋も服作りに必要な布を輸入しているため、この問題は他人事ではなく、ラナロ伯爵の分家である子爵家も他人事ではないと、屋敷の者達に教えてくれたのだった。


 それも、ラナロ子爵が貿易管理と無関係で、子爵の人柄が清廉潔白で好意を持たれているからに他ならない。


「話は進んでる。もう、誰にも止められないくらいに」


 仕立て屋がそう言ったのは、わすか数日前だった。


 伯爵の管理下で問題が起きれば、子爵家にも飛び火するかもしれない。下手すると、伯爵が子爵に罪をなすりつけるかもしれない。伯爵の身勝手な性格を知っている屋敷の者は不安を感じていた。


 ソフィアも最初は、焼き討ちなんてやめてと思った。


 しかし、お嬢様がこうなった今、なんとしても貿易ギルドを燃やしてほしかった。


 ラナロ伯爵、父のキャリアに火がつけば、チェリーナも今まで通りにはいかなくなるだろうから。


「もう、計画を実行するだけのところまで来てるが、人数が足りないんだ。やっぱり、実行犯は逮捕されるだろうからな。みんな、やりたがらなくて」


 仕立て屋はそんな悩みを口にしてから、こう言った。


「金で荒くれ者を雇おうって話が出てる。一度や二度の牢屋暮らしは経験済な、焼き討ち大好きな奴らをな。だけど、雇おうにも金がない……みんな、金がなくて困ってるんだから」


 私には、お金に変えられる宝石がある。


 ソフィアは苦悩顔で、ケースを両手で包み込んだ。


 結婚祝いにもらったのに、結婚前に売り飛ばすなんて。


 そもそも、売りたくない。


 しかし、これさえ金にできれば、計画を実行に移す資金になる。


「……」


 結局その日は、決心できなかった。


 計画が実行されるのを願うしかなった。


 やましいところが無く、出入りの者の評判もいい子爵家なら、巻き込まれることはないと信じていた。


 もしも、子爵家が窮地に陥っても、今まで通りお嬢様をお支えしよう。


 お嬢様に起きた波乱に立ち向かうソフィアには、次なる波乱に立ち向かう覚悟も簡単についた。


 ソフィアは静かな心で眠りについた。

ここでのギルドとは、貿易関係者の事務所&集会所の建物です。燃やしたらまずいですね。

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