第2話
「お嬢様」
ハンカチを差し出し、お嬢様の持つ涙でぐちゃぐちゃになったハンカチと取り替えた。
「ごめんさない、もう泣きやみたいのに……うぅ」
「お嬢様、どうぞ気の済むまで……」
これを告げたらまた、お嬢様を泣かせてしまうかもしれない。
胸が痛んだが、もう時間がなかった。
「お嬢様、実は……私に引き抜きの話が来ているのです」
「ひ、引き抜き?」
お嬢様の目が見開かれ、大きな瞳が揺れた。
「チェリーナ様のメイドにならないかと、手紙が来ているのです」
「チ、チェリーナ様!?」
ソフィアは冷静沈着な、しかし、気分の悪さで青くなった顔で、驚くお嬢様を見つめた。
お嬢様の目が閉じられるとともに大粒の涙がこぼれ、またハンカチに顔を埋めて子供のように泣きじゃくったが、急に押し黙った。
それから、ゆっくりと立ち上がった。
「そうね、私のところにいても、ソフィアのためにならない。これから、幸せになるソフィアのために……」
お嬢様は放心状態といった様相で歩き、うわ言のように言いながら、ドレッサーに近づいた。
そして、引き出しから小さなジュエリーケースを出すと、蓋を開けてソフィアに差し出した。
ハートシェイプの透明な宝石が光り輝いていた。
「小さいけど、絆玉。これは、ソフィアが結婚する日にプレゼントしたいと思っていたの。もうすぐ、そんな頃と聞いたから」
「お嬢様……もったいないことです」
ソフィアは衝撃に震え涙をこらえた。
レガディアはどんなに小さくとも、メイドの身では手の届かない高価な宝石だった。
お嬢様は初めて会った時から、対等に接してくれた。
時に友達のように、時に姉妹のように接して、メイドとして自制するのが大変なくらいだった。
お菓子をわけてくれたり、綺麗な物と言っては花やリボンをくれたり、私好みの服を作っては譲ってくださったり。
そして、私の結婚に備えて、こんなプレゼントまで。
「早いけど言わせて。おめでとう、ソフィア」
お嬢様はそっと、ケースをソフィアの手に乗せた。
「チェリーナ様のところに行けば、もっといい物をプレゼントしてもらえるわね……」
そうは思えない、と、ソフィアは冷静に心の中で呟いた。
しかし、お嬢様の悲しげな顔にまた涙がつたったのを見て、チェリーナのことは頭から消えた。
お嬢様……“私達、同じ日に結婚するのかもね”と、喜び楽しみにしていらっしゃったのに。
私もお嬢様が結婚するまではと、母が持ってくる結婚話を突っぱねてきて、お嬢様のご婚約を期に、やっとこれから結婚相手を探そうかと思っていたのに。
こんなことになるとは。
許せない。
ソフィアはケースを胸に抱き、決意を新たにした。
「お嬢様、ありがとうございます」
お嬢様の綺麗な瞳を、しっかりと見つめた。
「行って参ります。私は、チェリーナ様にお伝えしたいことがありますから」
「お伝えしたいこと?」
笑顔のソフィアに、お嬢様は首をかしげた。
「はい。それをお伝えした後はなるべく早く、お嬢様のメイドに戻りたいと思っています。戻ってきても、よろしいでしょうか?」
初めて言うわがままに、ソフィアは緊張した。しかし、お嬢様はそれを吹き飛ばすような笑顔をみせてくれた。
「戻ってきて。ずっと待っているから!」
「ありがとうございます……!」
ソフィアはほっとし、なによりも勇気づけられた。
レガディアはダイヤモンドのような宝石です。
イタリア語のレガメ(絆)とレガロ(贈物)とディアマンテ(ダイヤモンド)を組み合わせました。