プロローグ
「婚約、破棄!? お嬢様が……?」
私は全身が痺れて力を失い、ベッドに腰を落とした。
お嬢様が婚約者様に呼び出され、彼のお屋敷に向かったのを見送り待っていたら。
泣きながらお帰りになったお嬢様。
「ひとりにして」
そう命じられ、成す術もなく待機すること一日。
私が衝撃の事態を知ったのはついさっき。
婚約破棄?
非の打ち所のないお嬢様が、一体なぜ?
窓辺に座り、ぼう然とそれを繰り返し考える私に、原因を教えてくれたのはメイド仲間、友達と呼べるビアンカだった。
町のメイドがよく利用する喫茶店、そこで私とビアンカは知り合い、年が近くてすぐに仲良くなった。
ビアンカはお嬢様のご従姉妹の、専属メイドをしていることも私達を結びつけた。
「婚約破棄の原因は、チェリーナ様よ」
ビアンカは座り込む私を見下ろし、冷静に告げた。
「チェ、チェリーナッ……様!!」
私の全身は怒りに震えた。
「間違いないわ。聞いたの『ふたりの婚約は認めない、そもそも、どうして私より先に結婚するのよ? 許せない……』」
「もうやめて!」
私は耳をふさいだ。あの令嬢の、お嬢様への憎しみの言葉など聞くに堪えなかった。
「ごめんなさい……」
ビアンカは私の肩に手をおいた。
「気をしっかり持って……、貴族の間には、もう、チェリーナ様が流した噂が広まっているわ」
私は、さらに聞くに堪えない噂の内容を知った。
「私は、あの屋敷を出るわ」
「ビアンカ」
泣きながら見上げた私の目に、苦痛を堪えるようなビアンカの顔が映った。
強く美しい人が、泣きそうになっている。
「ごめんなさい、なにもできなくて」
私はすぐさま首を振った。
あの令嬢相手に、メイドが出来る事などないのだ……。
「今回のチェリーナ様のしでかしたことで、愛想が尽きたわ。元々、結婚資金のためにあのお屋敷に勤め始めたことだし、そろそろお金も貯まったし」
清々したように肩で息をつくと、ビアンカは悲しそうな顔になった。
「お嬢様に、心からお見舞いを……」
言葉が途切れ、ビアンカは指で涙を拭いた。
「ありがとう」
私は元気を出して立ち上がり、ビアンカに笑いかけ手を握った。
彼女はもうすぐ結婚する。悲しいままでいさせたくない。
「手紙書くわ」
ビアンカは笑顔で手を握り返してくれた。
「私は、もうメイド業はきっぱり辞めるわ。元気でね」
彼女が去り、私はまたイスに座り込んだ。
私はまだ辞められない。
お嬢様がお部屋で泣いているから。
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