第2話〜偶然が重なればそれは必然で。きっと運命だって存在する
連日続く梅雨空に、じめじめと湿度の高い教室。
毎日毎日よくここまで降るものだと感心する。
この時期は嫌いだと言う人が多いけれど、実のところ僕はこの雨ばかりの日々が嫌いではなかったりする。
もちろん僕だって登下校の時、雨が降ってたら少し嫌だとは思うけど。
駅から学校まで、傘をさしていても風が吹けば制服なんてすぐに濡れてしまうし。
学校で干そうにも湿気のせいでそう簡単には乾かないし、半端に乾いたところでそれをまた着る時に肌にしっとりくっつく感触は気持ちいいものではない。
それでも、授業中に聞く雨の音は気分を落ち着けてくれるし、騒がしさも誤魔化してくれる。
あまりうるさいのは好きじゃない。
雨音は常に音がしていてうるさいはずなんだけど、静かに感じられる、そんな矛盾にも近い感覚が好きだった。
…………。
「…気をつけ、礼」
帰りのホームルームが終わる。
雨が降ってるからか、梅雨に入ってからは教室に残って駄弁っている人が多い。
隣の席の彼は気が付けばもういない。
もう帰ったのだろうか。
相変わらず存在感が希薄だ。
窓の外は相も変わらず雨模様。
風も出ていて一日中窓がガタガタと鳴ってうるさかった。
僕は時計を見て少しだけ悩む。
電車の乗り換えの時間。
雨の移動で時間がかかることを考えると、今から学校を出ても微妙な所だった。
かと言って一本遅らせれば乗り換え待ちで少しだけ待つことになる。
どうしようか。
待っている間に濡れるくらいなら、図書室で時間を潰そうか。
図書室…
そういえば、今日は気になっていた本の発売日だった。
「……よし」
学校から駅までの道中に書店はある。
僕は書店で時間を潰すことにした。
…………。
この選択が、今後の僕の人生をがらりと変えてしまうことになるとは、さすがに予想だなしなかった。
けれど過去を振り返って、今日この時をやり直す機会があったとしても、僕は何度でも同じことを繰り返したことだろうことは確かだ。
だってそうだろう?
この先、一生をただのモブで、なんの変哲もなく終えるだけの人生よりも。
主人公になれないにしてもその背景には映っていられる黒子にはなれるんだから。
…………。
目的の本は買って店を出る。
意識から遠ざかっていた雨音が、再び全身を包み込む。
今から駅に行けばちょうどいい時間だった。
けれど店の入り口にある傘差しに、僕の傘が見当たらなかった。
客足の少ない店内、ほんの数分程度の時間で盗まれてしまったらしい。
ため息をつく。
こう毎日雨が降っていると言うのに、なぜ傘を持たずに出かける人がいるのか。
そして人の傘を簡単に持っていくのか。
傘一本とはいえ、犯罪だというのに。
なんて事を考えながらも、諦めはいい方だ。
雨はまばらで、風もなく、傘をささなくても走ればそんなに気にならないくらい。
荷物は中でゴミ袋に包んである。
軽く濡れるくらいは毎日のことだ。
駅に向かって小走りで進む。
極力濡れたくないけれど、かと言って全力疾走はちょっと恥ずかしい、そんな年頃。
駅までのほんの数分、店の並ぶ通りを軽く駆ける。
時刻はまだ夕暮れには早く、下校中の生徒や買い物をしている人だって結構いた。
なんでもない日常。
その時の僕は特に急いでいたわけでも、違和感を感じたわけでもなかった。
少しだけ。
ほんの少しの違和感、それとも好奇心?
言葉には出来ないけれど。
ただ視界の端に、店と店の間の路地の先に、何か動くものが見えた気がした。
自然と足は止まり、ほんの数メートル後ろの路地への入り口を振り返った。
小雨の中、傘もなく、帰りの電車の時間も迫ってる。
なのに。
僕は踵を返して、路地を覗き込んでいた。
…………。
ずっと包まれていた雨音が消える。
好奇心、猫をも殺す。
薄暗い路地のその先。
数週間ぶりに晴れ間から覗いた太陽の光が一瞬だけその景色を浮かび上がらせる。
水溜まりを赤く、紅く染め上げる一人と一匹の鬼がいた。