勇者が来たけど、謎の病気に苦しめられている最中な魔王の話
今やばいくらい腹壊してます
俺は魔王、この魔界を支配している魔族の王だ。
最近では人間界にも手を出しており、世界を我がものにする日もそう遠くはないだろう。
俺を殺しに来た勇者達は一人残らず返り討ちにしたし、最早人間など敵ではない。
そして少し前、また新たな勇者が誕生したという報告があった。しかし、どうやら今回の勇者はこれまでとは違うらしい。その勇者は、選ばれし者しか抜くことの出来ない聖剣を抜いた光の剣士だという。
「面白い……返り討ちにしてくれる!!」
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「我が名はアリアンローズ!愚かな行為を繰り返す魔王よ、今すぐ姿を現しなさい!」
勇者が魔王城にやって来た。驚くべきことに、燃え盛る炎の如き紅蓮の長髪が似合う女である。
そんな女勇者が謁見の間で聖剣を抜き、閃光を纏いながら周囲を見渡す。しかし残念ながら、魔王城の主である俺は謁見の間に居ない。
「私に恐れをなしたか、魔王!」
熱が出たのだ。
普通の体調不良ではない。原因不明のそれは瞬く間に俺の身体を蝕み、今では体温が2000℃まで上昇している。そのせいで部下から付けられた渾名は〝太陽の赤ちゃん〟だ。
特殊な素材で作り上げたこの部屋でなければ、すぐに家具が燃えてしまい寝ることすらできなかっただろう。
それなのにあの勇者は、よくもまあ人がこれ程までに苦しんでいるタイミングに攻め込んできたものだ。あれか?情報が漏れているのか?駄目だ、魔族不信になってしまうわ。
……まあいい、せっかく自ら我が居城に来てくれたんだ。少しだけ相手をしてやろう。
『クックック……よく来たな、勇者よ』
「貴方が魔王か。どういうつもり?私に怯えて物陰にでも隠れているのかしら?」
おまっ、抱き着いてやろうか。病人になんて事を言うのだこの女は。
『貴様程度、姿を見せずとも始末できる。感じないか?荒ぶる魔力の高まりを……!』
「っ、言われてみれば暑いわね……。魔力と共に温度まで上昇させるなんて、どれ程の強さなのかしら。この目で見てみたいけれど」
いや、今は戦闘力0なのだが。この体調不良、本気でヤバいのだ。頑張っても手足が動かず、見つかれば終わりである。頼むから帰ってくれ、お願いします。
『今、この魔王城は我が身から発せられた瘴気が満ちている。貴様にも大切な者がいるだろう?毒された身体では触れ合う事すら出来ないぞ?さあ、引き返すがいい』
「ふん、何を言うのかと思えば。私は勇者、人々の為にこの身が果てるというのならば本望。貴方を討ち、平和を取り戻す事が私の使命なんだから!」
いいから帰れっつってんだろおおおッ!?
使命とかそんなんどうでもいいわ!魔王が優しさを見せた珍しい瞬間だったのだぞ!?勇者なら魂で感じろ、相手の苦しみを!
『ならば仕方ない──ゴホッ、ゴホゴホッ!!』
「っ、どうやら既にダメージを受けていたようね。だからコソコソ隠れているの?」
いや、あの、どうすればいいのだ?コソコソ隠れているとか、別にそんなつもりはないというのに。ただ病気になっただけだというのに、臆病者扱いされて泣きそう。
「魔族の王を名乗るわりには随分小心者のようだけど!」
『ゴホッ……ふ、ふふ、何を勘違いしているのだ小娘』
「は?」
『最初に言った筈だ、貴様など姿を見せずとも始末できると。そして見られているという事は、何処から魔法が飛んできてもおかしくないという事。ほら、前ばかり見ていていいのか?』
「くっ!?」
プッ、馬鹿だ。自分もめちゃくちゃビビって振り返ったではないか。
「おのれ魔王、だったらこの城ごと消し飛ばしてあげるわ!」
『魔王様、食事をお持ちしました』
「っ、人の声……!?この卑怯者、まさか女性を人質にしているなんて!」
あ、危ない!偶然メイドが食事を運んできたのに救われたようだ。しかし、やはりこの勇者はポンコツだな。何故俺の部下だと疑わないのだ。
『魔王様、口を開けてください。ほら、あーんですよ』
「そんな事を強制させているの!?変態ね、貴方!」
『……?魔王様、誰かと話をされているのですか?』
動けない俺に、わざわざ料理を食べさせてくれるメイド。よく考えたら、勇者が暴れ回っている中食事を作ってくれたのか。ある意味大物だな。
「そんな変態に付き合う必要はないわ!待ってなさい、すぐに私が助けてあげるから!」
『変態?それは魔王様の事でしょうか』
「え?いや、他に誰が居るのよ!」
『魔王様、彼女の始末……私に任せてもらってもよろしいでしょうか』
魔王の俺ですら恐怖を感じる笑顔でそう言ったメイド。いつの間にか手には包丁やナイフが握られている。というか、よく考えたらなんで普通に部屋入って来てんの?室温凄いことになってるよ?なんで平然としてんの?
「操られているのね。外道め、か弱い女性にそんな事をするなんて、恥ずかしいとは思わないのか魔王!」
か弱い女性は炎熱地獄で汗ひとつかかずに立ってられないと思うんだが。ねえ、このメイド誰なの?ほんとに怖いんだけど。
「もう許さないわ!覚悟しなさい!」
『おい待て、今そんな事をしたら──────』
勇者が聖剣の力を解き放つ。その衝撃で魔王城は木っ端微塵に吹き飛び、俺が隔離されていた部屋も砕け散ったのだが……。
「見つけたわよ、魔……お、う!?」
ベッドに横たわる俺の視線の先で、勇者の顔が真っ赤に染る。部屋は消え、俺の体温上昇に耐えられるものは無くなった。なので勇者の鎧どころか服と下着まで溶け、そこに広がるのは理想郷。
無理矢理首を動かしてガン見していると、勇者に聖剣で殴り飛ばされた。遥か遠くに吹っ飛んだ俺の前にはさっきのメイドが立っている。
「無事ですか、魔王様」
「ああ。ところで誰なのだ、お前は」
怖すぎて熱上がった。