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岩石と食いしんぼう

「助手君、見たまえ! 素晴らしい! 素晴らしい発見だぞこれは!」

 黄ばんだ白衣に発掘用のゴーグル、右手にツルハシ。見たところ何かの研究者らしいかっこうの、若い青年が喜ばしい悲鳴を上げた。

 青年のとなりには二三歳年かさに見える「助手君」がいて、青年とおそろいのゴーグルの向こうで、満面の笑みを浮かべて応えた。

「そうですね博士! 本当に素晴らしい! これはおそらく、異世界からきた鉱物を含んだ岩石ですね!」

「まことに、まことに! 見たまえこの赤い鉱物の輝きを! そして何とも大きいな、漬物石くらいあるんじゃないか? これは相当高く売れるぞ!」

「博士」と呼ばれた青年は、何とも生ぐさい発言をして嬉しそうにひひひ、と笑う。何のことはない、この二人本当は博士でも助手でも何でもない。

「博士」はこと発掘に()けた盗賊で、許しも得ずに所有主のある鉱山をこっそり掘り回し、無断で鉱物を掘り当てては裏のルートで売り飛ばすのが商売だ。

「助手君」はもともと良いところのおぼっちゃん、有名大学を出て語学の研究を始めたものの、研究仲間の美人に告白して見事にフラれ、傷心のところに「博士」と出逢い「僕はこの方の型破りな生き方に感銘を受けた! 僕はこの方について旅をして、将来は盗掘王になる!!」と決意して、「博士」にくっついて旅をしている。知能指数の高いバカというやつである。

 そんな二人がたまたま鉱山のすみに埋もれていた、異世界からの母岩つき鉱物を掘り出したのである。もちろんこいつらに「鉱物のまわりをとりまく目立たん岩」に対する興味はない。

 見る人が見れば、この地味な岩にしか見えない母岩もお宝だ。「異世界の大地の歴史をひもとく貴重な資料」として、研究のための価値がある。

 しかし繰り返すが、この二人には用なしの邪魔な地味な岩。彼らはさっそくハンマーとツルハシを互いに手にして、「邪魔な岩」からきらきら輝く赤い鉱物を掘り出しにかかった。

 二時間後。まったくもって姿の変わらぬ「母岩つき鉱物」の目の前で、盗賊二人は汗だくになってへたばっていた。

「はあ、はあ……て、手ごわいな助手君、この岩は……!」

「まったくもって……最後の手段の人工ダイヤのハンマーとツルハシでも、まったく歯が立ちません……!」

 とちゅうであきらめて岩石のかたまりごと運ぼうかともしたのだが、何しろ重い! まわりの岩石がそこそこでかいので、目当ての赤い鉱物だけ取り出せば何とか運べそうに思えるのが始末に悪い。彼らはあきらめるにもあきらめられず、半ばべそをかきながら恨めしそうにそろって赤い鉱物を見つめた。

 ああ、これだけ大きな鉱物ならば、取り出して磨けばさぞや価値のある宝石になって、いっぺんで荒稼ぎできるだろうに!

 彼ら二人の脳裏には、うまい酒、肉汁滴る最上牛のステーキ、美人のねーちゃん数ダースなどの幻影がありありと浮かんでいる。

 そのイメージがしゅううと霧散して、二人で仲良く情けないため息をついた時、ふいにまわりの空気がむらむらと歪んで、あっという間に小さな虫の群れが二人の周囲を取り囲んだ。

「うわあ!? 何だなんだ、蚊の化け物か!?」

「……ち、違います! 博士、妖精です! 妖精たちの群れですよ!」

 なるほど、よく見ればとんぼや(ちょう)の美しい羽根に小人のような可愛い姿、異世界から来た妖精のようだ。助手は博士よりよっぽど落ち着いた様子で妖精たちと何ごとか話し合っていたが、やがて博士に向き直り、嬉しさを爆発させた笑顔でこう告げた。

「博士! どうやらこの妖精たち、岩石を食して生きる種類らしいです! 岩石の美味しいにおいにさそわれて、この石の故郷にあたる異世界からわざわざやって来たそうですよ!」

 ここは語学を研究していた助手君の、初めての腕の見せどころ! 助手君は嬉しさに体中で笑いつつ、救世主をあがめるように妖精の群れを手で示す。

「そうして博士! この方たちは赤い鉱物のまわりの邪魔な岩石を、食べさせてほしいとおっしゃってます! 博士! 僕たちは異世界の赤い珍しい鉱物を、手に入れることが出来るんですよ!」

 博士が助手君の見事な通訳に少し気後れしているうちに、もう妖精たちはがふがふと地味な岩に食いついていた。いやその食欲の旺盛(おうせい)なこと! みるみるうちに地味な岩は穴あきチーズのように削られ、赤い鉱物がどんどん(あら)わになっていく。

『いやあ、美味しいねえ! いろんな鉱物が入っててさあ……!』

『まったくねえ! こいつは人間でいうところの「五目ごはんのおにぎり」ってやつだろうねえ!』

『ちょっと君、ここの朝石(ちょうせき)を食べてごらんよ! 白くて素朴でしみじみ美味い!』

『いやいや、そんなパンチのきかない白石より、俺は玄雲(くろうん)()が良いな! この薄く()がれる何とも言えない歯ごたえが!』

 助手君の耳ににぎやかな歓喜の声を響かせ、妖精たちはまたたく間に食事を終えた。

『いやー食った食った! ごちそうさまでーす!!』

 その鮮やかさ、まさに虹色の嵐のごとく。妖精たちはぱんぱんになったお腹を抱えて、あっと言う間に元の異世界へ姿を消した。

 後には赤色の鉱物と、呆然と立ちすくむ盗賊二人とが残された。助手君はあんぐりと口を開けて固まり、同じく固まっていた博士は、やがて泣きながら笑い出した。

「…………は、博士……!」

「いやいや良いさ、いいさ助手君! どのみち彼らの手を借りなけりゃ、鉱物は手に入らなかったんだ。手間賃てことで良いだろう! ほら、見たまえ! ずいぶんと運びやすくなったじゃないか!」

 博士はやけくそで笑いながら、きらきらと朝日に輝く赤い鉱物を指し示す。

 なるほど、妖精たちは「地味な岩だけをいただく」とは一言も言っていなかった。二人の目の前には、デザートがわりに食いつかれ、どう見ても二回り以上は小さくなった鉱物が、それでも美しく輝いている。

「ほらほら、助手君! 二人で快哉を挙げようじゃないか! ほら、ばんざーい!」

 博士はまるきり泣きべそをかく助手の手をとり、世界一情けない万歳(ばんざい)をした。から元気の叫び声が、鉱山じゅうに空しく響く。

「――あーっ! あんだこら、てめえたちゃーっ!!」

「やばい! 向こうから来るのはどうやら本当の鉱山の持ち主だ! 逃げるぞ、助手君!」

 二人はあわてて鉱物を抱えて逃げようとしたが、そうしてみると珍しい宝物は重すぎる! 盗賊二人はぎりぎりまで腰を痛めてがんばったあげく、とうとうお宝をあきらめて、痛んだ腰をさすりながら逃げ出した。

 ……赤い鉱物? どこかの王宮に買い取られて、三日後にはもう金庫から無くなってたって話だよ。まるで、誰かに食べられちゃったみたいにね!(了)

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