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第7話『VTuber・イン・ザ・トイレット(後編)』


『――もしかしてエイトトゥエルブのトイレです?』


 VTuberオーディション二次審査の最中、ついにコンビニのトイレで面接を受けていることがバレてしまう。

 ……やむを得ない。俺は決断した。


「じつは……」


 これまでの経緯を説明する。

 会社でトラブルが起こり、そのフォローに追われていたこと。家に帰る時間が取れずにトイレで面接を受けることになったこと。それを非常に申し訳なく思っていること。


 あまり会社がブラックであることを強調しすぎても……陰口を言っても面接で不利になりかねない。ここはほどほどで――。


『えー、あれ? じゃあ、毎日配信できるってことでしたけど、厳しくないっすか?』


 ――おほぉおおおおおおん!?!?!?!?


 一番痛いところを突かれてしまう。

 いや実際、今の会社に勤めてちゃあ配信する時間なんて取れっこな……あれ?


 冷静に考えてみるとそのとおりだ。今の会社に勤め続けてちゃあ、配信なんてできっこない。

 ということは、私も退職するつもりでいた……? 俺が勝手に『辞めてやる』なんて言ってしまった、と思っていたのだが。

 それなら……。


「いいえ、転職する予定なので問題ありません。ちょうど本日、会社の上司や同僚にその旨は伝えてまいりました」


『え!? あー、えっと。それはつまり、今回採用されたらVTuber一本で食べていくつもりってことです……?』


「いえ、今回のオーディションとは関係なく転職する予定でした」


 こうなったら仕方ない。俺は会社のアレコレを話しはじめた。


「現在の勤務先ですが先ほども言ったとおり、いささか……いえ、かなり問題のある会社でして。ぶっちゃけ超ブラックなんです。正社員の約束どころか社会保険も適用されておらず、サービス残業は月200時間オーバー。パワハラセクハラ上等で、今日一日だけでもこんな暴言を――」


 上司に言われたセリフを並べる。

 ……話してたらなんだか怒りがぶり返してきた。


『えーっと、むしろよく今まで生きてこれたっすね……?』


「メンタルには自身があるので。でもアイツら上司ってヤツはほんとにわかっちゃいないんですよ! あれは私が――」


 ……。


「――したときなんかもう、ほんっと酷くて! 先方に――」


 …………。


「――だったんですよ! いやね、わかってるんです。わかってるんですよ私も! けど現場が――」


 ………………。


「――だから私は言ってやったんですよ! 私の……」


『あのー……あのー! 侘木さーん? あのぉ~!?』


「……ハッ!?」


『あ、気づかれました?』


 ――あぁああああああああ!? やっちまったぁあああああ!?


「すいませんすいませんすいませんすいません!」


 時計を見て愕然とする。会社のブラックさについて語りはじめてから、いつの間にか30分も経っていた。話が止まらなくなっていた。

 なんなら途中から私の話じゃなくて俺のときの話も混ざっていた。


 ほんとうにやっちまったぁあああ!

 前世から溜まり続けていた不満がこんなタイミングで爆発するなんて!


 ――あぁ、もうダメだ……絶対に落ちた。あぁぁ……はぁ……。


『いえいえー、そんな謝らなくても大丈夫ですよー。かくいう私もですねー、侘木さんの話が面白くて聞いちゃってただけなんでねー。ただ、そろそろ次の予定の時間があるのでー』


「本当に申し訳ありません!」


『だから気にしなくていいですってばー。それで、そろそろ終わりなんですけど……んー、私からひとつ提案あるんですけど聞きますー?』


「なんでしょうか……?」


『いやねー、会社を辞められるとのことっすけど、すでに次の勤務先は決まってますー?』


「いえ、転職活動をする時間もなかったので」


『あ、じゃあなんですけどー、せっかくなんでウチの会社受けてみます? システムエンジニア採用として』


「え!? あぁ……やっぱり私、VTuberオーディション落選ですか」


『あーいえいえー、そういうわけではなく! オーディションと並行してそっちの面接も受けてみないかって話っすよー。VTuberオーディションの合否は、ほかの担当者とも相談してから決めるんで、判断はまだまだこれからっすねー』


「ほっ……そういうことでしたか」


 そうなると、この提案はとても魅力的だ。雇用条件はまだ全然聞いていないし、決まってもいないが……おそらく、この担当官は俺を社員VTuberとして使いたいと考えているのではなかろうか?


 社員VTuberなら、向こうからすれば使い勝手がよいだろうし、俺からすれば新しい就職先も手に入って一石二鳥。Win-Winに見えた。


「そういうお話でしたら、ぜひ。私のほうからもよろしくお願いいたします」


『はいはいー。ていっても、開発部長に面接してもらって、その内容次第っすけどねー。でもまー、話聞いてるかぎり技術的にも問題なさそうだし、大丈夫じゃないっすかねー?』


「ありがとうございます!」


『最後に、侘木さんのほうからは質問あります?』


「……トイレで面接受けたことって、評価のマイナスに繋がります?」


『あっはっは! 評価には繋がりますけど、まぁ、面白かったからいいんじゃないっすかねー? それじゃあ、時間も時間なのでこのあたりで』


「本日はありがとうございました!」


『いえー、こちらこそありがとうございましたー』


 スマートフォンに向けて頭を下げる。

 一秒、二秒……通話が切れた。


「……はぁ~~~~!」


 盛大に溜め息を吐き、身体を脱力させる。


 ――これ……どうなったんだ?


 VTuberオーディションという割には、想像よりもずっとしっかりした企業面接だったと思う。その辺は俺も今まで何度も面接を受けてきた経験を活かせて助かった。

 だが……ここまでイレギュラーな状況は当たり前だが初めてだった。


「ええっと、返答ははやいと1週間って言ってたな」


 いったいどうなること――。


 ――ドンドンドンドン!


「ひぇい!?」


『あのぉ! いつまで入ってるんですか!? もう限界で……! はやく出てくれます!?』


「す、すいません! 今出ますー!」


 俺はペコペコと頭を下げながらトイレをあとにした。それから適当にコンビニで買い物をして外に出ると、冷たい夜風が頬を叩いた。

 不思議な気分だった。


 今後がどうなるかはまださっぱりわからない。わからないが、不思議と悪くない気分だった。


 まだ時刻は20時を回ったところ。こんなに長い夜は久しぶりだ。

 俺はコンビニ袋に詰まったお酒とおつまみの重さに頬をほころばせ、ゆっくりと歩いて帰ったのだった――。


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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポよくストレスなく読めました そういう面接もあるのかぁ [一言] 次回更新をゆっくり待ってます
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