第6話『VTuber・イン・ザ・トイレット(前編)』
『もしもしー? 聞こえますー?』
「はい、大丈夫です。聞こえてます」
コンビニのトイレ。俺はスマホの画面に向き合っていた。
現在時刻は19時ジャスト。VTuberオーディション二次審査の開始である。
『あ、どうもー。本日、面接を担当させていただきます南方ですー』
「侘木です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
『はい、こちらこそよろしくお願いします―。じゃあ、簡単に経歴と自己紹介を説明していただけますー?』
「か、かしこまりました」
いきなり厳しい要求だ。結局、仕事に追われて時間が取れず、自宅にあるパソコンのロックは解除できていない。私の経歴を俺はほとんど知らないのだ。
「えーっと……ごほん。それでは改めまして、侘木ハルです。学校を卒業したあとはシステムエンジニアとして勤めてまいりました。それで、えーっと……あのー」
――もう言えることを言いつくしてしまったんだが!?
『そんなに緊張しなくても大丈夫っすよー』
「すいません。ありがとうございます」
どうやら緊張のせいで話が出てこなかったと勘違いされたらしい。
話題が次へと移る。
『じゃー経歴についてこっちから質問するので、それに答えていってもらえますー?』
「はい」
『まず最初に、高校卒業したあとすぐに今の会社で働きはじめたってなってますけど、これアルバイトとかパートタイムって認識で合ってますー?』
「はい、間違いありません」
『ふむふむなるほどー。正社員になろうとは思わなかったんですかー?』
「ええっと」
俺は同僚や先輩上司から聞いた断片的な情報をツギハギして回答していく。
「ゆくゆくは正社員にしていただけるという約束で働きはじめたのですが、『忙しいから』と後回しにされてしまって」
『うわー、そりゃ最悪っすねー』
「えぇ、まぁ」
『それ社長に直談判とかしに行かなかったんすか?』
「したのですが、取り合ってもらえなくて」
『ヒドい会社っすねー。ウチの会社は完全にクリーンなんで、その辺は正反対すっねー』
「VBOXさんの母体もSIerでしたよね。羨ましいかぎりです」
※SIer……エスアイアー。システムインテグレーターの略。システムの開発のみでなく、提案から運用まで統括して請け負う企業のこと。
『いやー、大したことないっすよー』
会社のホームページを確認したときの記憶を頼りに、会話を繋ぐ。
『じゃあ次の質問なんですけど、エントリーフォームの回答によると……希望するキャラクターは「鶴山小織」のみになってますけど、間違いないですー?」
知らんわ! 完全に初耳だわ!? ……なんて内心はおくびにも出さず。
「はい、間違いありません!」
と、元気に返事する。
オーディションには主に2種類ある。
ひとつは、すでに配信者として活動している人や一芸のある人が応募し、採用された人に合わせてキャラクターが作られるオーディション。
もうひとつは、すでに作成したキャラクターに合ったライバーを探すキャラ有りオーディション。
今回、私が応募しているのは後者だ。
まぁ、こんな激務じゃ配信者として活動できていたはずもなし、当然だろう。
「ほかのキャラクターでの採用は希望しない、ということになってますが、こちらも間違いないですー?』
「はい」
相槌を打ちながら、記憶からオーディションの募集ページを掘り起こす。
鶴山小織は白装束を纏った、白髪で、目尻に朱を引いた少女だ。
プロフィールは『人の姿を借りた鶴。人に助けられた経験からもっと多くの人と関わりたいと思い配信をはじめた』。
『んー、ほかのキャラクターを希望しないとのことですけど、今回募集しているキャラクターではなく、今後のキャラクターで侘木さんに合っていると思ったキャラクターが出てきた場合、こちらからオファーさせていただくことは可能ですー?』
「それは……いえ、ありがたいお話ですが申し訳ありません」
一瞬、気持ちが揺らぎかけたが断った。
すでに決めたことだ。どんな結果になろうともこれが最初で最後の機会だと。
『そうですかー』
「すいません」
『いえいえー、お気になさらずー。断ったからといって今回の審査で不利になる、なんてことはありませんからねー』
それからいくつかエントリーフォームの回答に対する質問が飛んできては、答える展開が続いた。
『そういえば。使える言語の欄にJavaとかHTMLとか書かれてましたけど、アレって本来、英語とか中国語とかって書く欄っすからねー。アレってワザとですー?』
「……え!? す、すいません!」
――おい、私ぃいいい!? システムエンジニア採用の面接じゃねーんだから!
『あ、いえいえー。本気で間違ってたんすねー。責めてるわけじゃなくって、私、アレ読んでめっちゃ笑っちゃって――』
そんな感じで、幸いなことに話ははずんだ……と思う。まぁ、実際のところなんて――相手の心なんてわからないが。
『じゃあ最後の質問、というかじつはずっと気になってたことなんですけど。……もしかして今って自宅じゃないです?』
「……えーっと、はい。そのとおりです」
『やっぱりそうっすよね! いやー、てっきり私の勘違いかと思ったんですけど! え、ちなみにどこで通話されてるんです?』
さすがに『コンビニのトイレです!』とは答えられない。そんなところで面接を受けているなんて……ナメてるとしか思われないだろう。
ここはうまい言い訳を――。
『もしかしてエイトトゥエルブのトイレです?』
――ダメだったぁあああああ!?
えっ、なんでバレてんの!? と思ったら、トイレの壁に張り紙がしてあった。
――マズイマズイマズイ!?
俺は絶体絶命の状況へと追い込まれていた。