第4話『情報漏洩と炎上』
事の発端は5分。
舞い込んできた当日期日の案件を終わらせ、なんとか定時に帰れそうだと安堵の息を吐いたときだった。
電話が鳴り響いた。
発信者は取引先のうちの1社。電話を取ったのは先輩社員だったのだが……先方の担当者は激昂して声を荒げており、それこそとなりのデスクにいる俺の耳まで届くほどだった。
先輩はなんども謝罪を繰り返したあと、『すぐに対応します』と答えて電話を切った。
そして、ちょうど定時を迎えて帰ろうとしていた俺の前に立ちふさがり――。
『なにしてくれやがんだテメェはよォおおおおおお!!!!』
今までで一番の怒声を、俺へと浴びせかけたのだった。
そうして――今に至る。
話を聞いてみると、いつもの理不尽かと思いきや……なるほど、先方や先輩社員が激怒するのもムリない内容だった。
――個人情報の漏洩。
ウチの会社でWebサイトの修正を引き受けたらしいのだが、その修正の際、確認のためサイトのソースコード内に個人情報の内容を出力していたようだ。
そして、それがそのまま本番環境に適用されてしまったらしい。
それによりwebサイトでソースコードを表示させると、すべてが丸見えになってしまう状態になっていた。
もし、それだけなら問題はなかった。本人の情報を見えるのが本人だけなのだから。
だが今回、URLのID部分を書き換えると対応する他人の情報もまるっと見えてしまうようになってしまっていた。
しかも、そのことがネット上で話題となり現在進行形で炎上しているらしい。
……そりゃ、激怒して当然だ。
で、その案件の担当者が俺だ、と。
――いやいやいや、俺がそんなミスするわけ……。そもそもこんな案件受けたことなんて……ハッ!?
俺は気づく。
――私かぁああああああああああああ!?
俺じゃなく、私が担当していた当時のミスか!?
なんてことを……と思うが、一方的に私のことを責めることもできなかった。
こんな生活を続けてたんじゃ、かなり疲れが溜まっていたはずだ。集中力が落ちていても仕方ない。そしてなにより、プログラムを勉強する時間なんて取れなかっただろう。
いやむしろ、ほかのコードや修正がきちんとできていたことのほうを褒めるべきだ。
年齢からして、まったくの未経験で働きはじめた可能性が高い。むしろ、今までミスを起こさなかったことのほうが奇跡。よほどがんばって仕事に取り組んでいたのだろう。
「テメェはヒトサマに迷惑をかけることしかできないんですかァ!? 先輩に頭下げさせて恥ずかしいとは思わないんですかァ!?」
むしろ責めるべきはこの、なにも教えてくれなかっただろう先輩社員のほうだ。
が、そんなことを今ここで述べても仕方ない。
「すいませんでした! ほかのみなさんも……すいません!」
俺は大声で周囲へ向け謝罪した。
迷惑そうな視線を俺へと向けていた同僚たちが、スッと目を逸らした。みんな、自分の手持ちの案件で精いっぱいだ。自分たちにミスのしわ寄せが来ることを警戒していた。
「で、どうすんだあァん!?」
「わかりました。ひとまず本番環境のバージョンを戻して、修正作業に入ります」
「『わかりました』だァ……? なァに『仕方ないからやります』みたいな言いかたしてんだァ!? 言われなきゃやらねェってのかあァん!? 今回ミスしたのはだれだ! 『します』じゃねェ、『修正作業させてください』だろォがァ!?」
「……修正作業させてください」
俺は頭を下げた。
幸い、修正の内容としてはそこまで難しくはない。動作確認は少し手間だが15分……いや10分もあれば終わるはずだ。
「最初からそう言いやがれ! 先方からメール来てるから確認して、その内容で対応しろ! わかったなァ!?」
「わかりました」
俺は先方から届いていたメールを確認し……そして、先ほど立てたばかりの見通しがあっさりと瓦解する音を聞いた。
――ダメだ!? こんな内容……ムリだ! 間に合わない!?
先方から求められている情報は以下の通りだった。
1.今すぐサイトを以前のバージョンに戻す。
2.情報漏洩に関する説明文をサイトトップに表示させる。
3.バグを修正する。
4.本番環境に修正内容を反映させる。
5.情報漏洩した可能性のある顧客をすべて調べ、リスト化する。
6.個別に謝罪のメールを送信する。
7.先方に今回の件が発生した経緯と今後の対策を説明する。
しかも『それぞれの対応のあとに先方のチェックが入る』と書かれている。こんなの、終わるまでどれだけ時間がかかるかわかったもんじゃない。
――やられた。だから先輩は『修正』じゃなくて『対応』って言ったのか。
「会社やオレらに迷惑かけやがってよォ! でもオレたちは優しいからなァ……本来なら会社から賠償金をテメェに請求するところをタダにするどころか、パソコンを”タダで”使わせてやる。感謝しろよ?」
「……ありがとうございます」
暗に『これは残業じゃない』と言われたが……どうでもよかった。ていうか、ミスしていなくたってどうせ残業代なんて出ないだろうし。言い返しているヒマがあったら手を動かすべきだ。
それに、もし先方がすぐチェックしてくれれば……。
まだ間に合う可能性がゼロと決まったわけではない。
俺は慌ただしくキーボードを叩きはじめた――。