第1話『VTuber、転生する』
「――まだ3D配信見てねぇええええええええ!!!!!!!!」
そう叫んだのはベッドの上だった。
「あれ?」
あたりを見渡す。見覚えのある部屋だ。というか自分の部屋だ。
「もしかして夢? あ、あはは。そうだよな。あんな簡単に人が死ぬわけないよな。……ふぅ、本当によかった」
額の汗を拭って安堵の息。
しかし、すぐに気がつく。
「……え!? ちょっと待って!? じゃあ3D配信ってのも夢!?」
ベッドから跳ね起きてスマートフォンを探す。
えーっと、昨日の晩どこに置いたっけ? ……あったあった。
床に散らばるプログラミングの教材や化粧道具を掘り返し、デコレーションされたスマートフォンを見つけ出す。
指紋認証でロックを解除しネットで検索するが、ちっとも引っかからなかった。
「はぁぁ……やっぱり夢――うん?」
なにかがおかしい。
あたりを見渡す。姿見鏡が視界に入る。そこをそーっと覗き込むと、写り込んだのは10代前半に見える小柄な女の子だった。
「……???」
右手を上げれば左手が挙がる。
右頬を引っ張れば左頬が引っ張られる。いひゃい。
トリックミラーかと思ったが、間違いなく普通の鏡だ。
ていうかこれ――”私”じゃん。
「って、なんじゃこりゃぁああああああああ!?!?!?!?」
え? え? どゆこと? なんで俺、”私”になってんの!?
これまで男として人生を過ごしてきた自覚がある。さっきまでのできごとだって鮮明に思い出せる。
しかし、ここにいる俺はどこからどう見ても女の子だ。見下ろしても、触ってみてもその事実は変わらない。むしろ一層事実だと知らしめてくる。
自分の身体だ、という認識がある。
女の子の身体を触っているというのにちっとも興奮すらしない。
それに不思議と、思い出そうとすれば女として生きてきた日々も、ぼんやりと頭に浮かんでくるのだ。それこそ、この部屋が”自分の部屋”だと誤認してしまう程度には。自身の姿に違和感を覚えるのに時間がかかった程度には。
「いったいなにが起きてるんだ」
頭を抱える。長い髪が腕に当たった。本物にしか思えない。というか本物だ。
『転生』の二文字が脳裏をよぎり……。
――ピコン!
「っ!?」
スマートフォンが震えた。びっくりして落っことしてしまう。
おそるおそる画面を覗き込むと、そこにはメールの送信者と件名が表示されていた。
――――――――――――――――
送信者:南方秀樹
件名:VBOXオーディション二次審査のご案内
――――――――――――――――
「……はい?」
メールを開いてみると、本文には『VTuberオーディション』『一次審査通過』『二次審査の内容』などの文字が並んでいる。
何度か読みなおしてようやく内容が咀嚼できた。
「はいぃいいいいいい!?」
どうやら俺――いや私は、VTuberオーディションに応募していたらしい。……VBOXという会社名もプロジェクト名も部署名も聞いたことはなかったが。
「は、はは……ていうか、これ日付間違えてらぁ」
現実逃避するみたいに、メール本文の粗を指摘する。
一次審査は書類と動画による審査だったらしい。そして二次審査はカメラ通話による面接らしいのだが、『ご都合のよい日にちをご返信ください』という質問の選択肢がが2018年2月8日~2月14日になっている。
「まったく、これじゃ何年前の話……ん? あれ?」
メールの受信日もまた2018年2月6日だった。
このメールはまさに今、受信したばかりのはずなのに。
「……」
サァァァと頭から血の気が引いていく。
「いやいや、ははは。そんなわけ……2018年って平成じゃねえか。今を令和何年だと思ってるんだよ。ねぇ?」
空笑いしながらあたりのものへと視線を向ける。
時計もカレンダーも全部、2018年で止まっていた。いや、ちがう――戻っているは、俺だ。
「……マジで?」
インターネットでほうぼうのサイトを巡った。当然のようにどれもこれもが2018年だ。どうやら俺は本当に逆行かつTS転生してきてしまったらしい。
そうでもなけりゃ、私の頭がおかしくなったのだろう。
しかも、ここは現実の2018年じゃない。
「――ここ、”はこつく”の世界だぁあああああ!?」
頭を抱えてうずくまる。
”はこつく”。
正式名称『理想の箱を作ろう!』。令和にリリースされた携帯端末向けゲームだ。もっといえば、現実をベースにして作られたVTuber育成シミュレーションゲームだ。
内容としては――プレイヤーはマネージャーとしてVTuberをスカウトし、次々と起こるトラブルを解決し……好きな企画を立てたりカップリングを作ったり、理想の箱を作っていく。
そして、自分の箱の知名度や登録者数、フォロワー数を増やしていく、というもの。
(※意訳 プレイヤーはマネージャーとしてキャラクターをガチャで入手し、次々とクエストをこなしてレベルを上げ……イベントに参加したりキャラクター同士のシナジーによるコンボを発動させたり、強力なパーティを作っていく。
そして、自分のパーティの戦闘力を上げプレイヤーランキングのトップを目指す、というもの)
最初は『すこし俺の記憶と歴史がちがうな』くらいの印象だった。しかし、その差異を詳しく見ていくと、あまりにもそのソシャゲの設定との共通点が多すぎるのだ。
具体的にはVTuberのデビュー時期が異なっていたり、一部の不祥事がなかったことにされていたり。
なにより決定的なのは……元の”俺”がこの世界にはいないこと。Twitterや学校を検索してもまったくヒットしなかった。そして現実にはなかった箱のオーディションが実施されていること、だ。
このVBOXという箱だが、ほぼ間違いなく、本来ならゲーム中でプレイヤーが育てていくことになるだろう箱だ。聞き覚えがなかったのは、箱の名前はプレイヤーが自由に決められるからだろう。
「……VBOX、ねぇ」
読みは『バーチャルボックス』らしい。OS動かせそうな名前してんな。
ちなみに俺がプレイしていたときは『バーチャルクラブ』という名前をつけていた。もちろん、ピュアな心の持ち主だけが……おい、だれだ! 今、パクリとか言ったやつ!?
……あー、ごほん。
ともかく。俺はそんなVTuber育成ゲームの世界に転生してしまった(可能性が高い)らしい。
「しっかし……俺がVTuberオーディションだって?」
VTuberヲタクだった俺がVTuberになる――前世でその選択肢をまったく考えなかった、といえばウソになる。VTuberが好きでずっと観続けてきた。自然、VTuberになることやその世界に憧れた。
だが仕事の多忙さで応募する以前に断念していた。
だが、今ここにはその選択肢がある。
それはVTuberデビューとは推し同士のてぇてぇが最前線で見られるプラチナチケットだ。
「――いや、ダメだ!」
自身がVTuberになることは同時に、推し同士のてぇてぇに首を突っ込んでしまう危険性を孕んでいる。それは上等な料理にハチミツをブチまけるがごとき悪行! 決して許される行為ではない。
俺はジレンマに揺れた。揺れに揺れた。
……きっと。
もし審査を受ける理由が自分の欲だけだったら、俺は迷わなかっただろう。躊躇いなく辞退を選択していただろう。けれど今の俺の中にはもうひとりの想いがあった。
『どうして”私”はVTuber審査に応募したんだろう?』
己の内に問いかけてみると、言語化できない感情が胸中に溢れる。それが憧れなのか好意なのか……はたまた憎しみなのか、俺には判断がつかない。
けれど俺にはどうしてもそれをムシすることができなかった。
だから俺は――。
「――いやでも、推し同士のてぇてぇに首突っ込むほうが重罪だよね!」
うん、審査は辞退しよう! そう返信しようとしたら、胸中ですさまじい焦りと抗議の意思が暴れまわった。くっ、小癪な……。
結局、俺は運命を天(と採用担当)に任せることにした。
受かったらVTuberとして堂々とデビューする。ただし落ちたらもう二度と応募もしない。そう決めたのだった。
本格的にVTuberが出てくるのは第2章のデビュー編から。
気長に楽しんでいただけると幸いです。