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第10話『月額1,180円~』


 その日、俺は18時にパソコンの電源を落とし席を立った。当然のごとく先輩上司からは「なに勝手に帰ろうとしてんだあァん!?」とすごまれたがスルー。

 外に出ると、空はまだ明るさが残っていた。


「んん~~! 今の俺はムテキだ! こんなに早く仕事が終わるとなんでもできる気がして……むっ」


 ――プルルルル。


 スマートフォンが震えていた。

 早速、先輩上司からの呼び戻しコールだろうか。嘆息しながら画面を確認するも知らない番号。首を傾げながら電話に出る。


「はい、もしもし?」


『あー、もしもしー。わたくし仮倉市カリグラシ警の西ニシと申しますがー、侘木ワビキハナさんのお電話で間違いないでしょうかー?』


「え!? はい、間違いないです」


 警察から電話? 悪いことをした記憶なんてなくてもすこしドキッとする。


『あまり聞きたくはないかもしれませんがー、一昨日の暴行未遂事件に関して進展がありましたのでー、ご報告させていただければと思い電話させていただきましたー』


「あー、その話でしたか」


『今ってすこしお時間よろしいでしょうかー?』


「大丈夫です。仕事もちょうど終わって、退社したところだったので」


『ご出社なされてたんですか!?』


「そ、そう、ですけれど。なにかマズかったでしょうか?」


『いえー、マズいとかはないんですがー。ただ、今回のような件に巻き込まれた女性は、翌日の外出を控えられる場合が多いのでー。再犯、という可能性もないわけではありませんからー』


「……」


 考えもしなかった。

 一度夜道で襲ってきた相手に、もう一度襲われるかもしれないなんて。


「それで、ご用件は」


『そーでしたー。その犯人についてなんですがー、きちんと捕まりましたので―。もうご安心いただいて大丈夫ですよー』


「そう、でしたか。ご連絡ありがとうございます」


『いえいえー。もしまたなにかトラブルや、ご相談などがありましたらいつでもご連絡くださいー。仮倉市警の西、と伝えていただければわかると思いますのでー』


「仮倉市警の西さん、ですね。わかりました。その際はどうぞよろしくお願いします」


『はいー。それではー』


 ツー、ツーと電話が切れる。


「そうか、あの犯人捕まったのか」


 心底からの安堵と、それから恐怖。

 背中にイヤな汗が湧いていた。なにもなかったからいいようなものの、不用心だったにもほどがある。気をつけているつもりだった。


「……よし、決めた!」


 スマートフォンを取り出し検索する。俺は自宅とは逆方面へと足を向け、歩きだした――。


   *  *  *


「なにかお探しですか?」


 店員から声がかかる。

 視線の先――ショーケースには防犯グッズが並んでいた。ここは防犯グッズ専門店だ。


 俺はここ数日で自身の非力さをイヤというほどに痛感させられた。元が男だったから余計にそう感じてしまうのかもしれない。

 と同時に、気をつけているつもりでも男だったころのクセはなかなか抜けそうにない。


 ならせめて、いざというときの備えくらいはしておくべきだ。


「どれがオススメとかってありますか?」


「そうですねぇ。女性が持つなら催涙スプレーがいいと思いますねぇ、えぇ」


「そうなんですか?」


 俺にとっても悪くないチョイスだった。仕事柄、スタンガンみたいに電子機器に影響を与えそうな道具はなるべく避けたいと思っていた。


「スプレーだけでも、そこそこ種類あるんですね」


 ショーケースに並ぶ手のひらサイズの円筒を眺める。


「えぇ。ですが買うならこちらの棚の商品がいいと思いますねぇ」


「半液状、ですか?」


「えぇ、はい。霧状のものだと風が強い日なんかは、自分のほうに返ってきちゃうことがあるので。霧状にもメリットはあるのですが、私はこちらをオススメしてます、えぇ」


 たしかに。テンパって自分で自分をノックアウトする様子が容易に想像できた。


「ちなみに、かかるとやっぱり痛いんですか?」


「かなり痛いですよぉ。肌に着くと1週間は痛みが取れないくらい痛いですねぇ、えぇ」


「そ、そんなにですか」


「面白い話としては、これを股間にかけられた男がありましてねぇ……えぇ。それはそれは」


「ひぇ……!?」


 今はなき息子がヒュンとした、気がした。


「あとは射程や容量ですが、そのあたりはお値段次第という形になってきますねぇ、えぇ。ちなみに使いかたですが、たとえばこちらの商品なら――」


 色々と説明を聞き、最終的に2000円前後のものを購入することにした。ほんとは4000円のほうを買いたかったんだが、問題がひとつ。


 ――金がねぇ!


 今の今まで気づかなかった。

 いや、通帳を見たかぎり口座には金があった。だが俺にはこの金を引き出す手段がない。なにせ暗証番号がわからないのだ。


「俺のアホぉおおお! 急いでたとはいえ、なんでワンメーターに1万円も払ってんだよ! 『つりはいらねぇ』じゃねぇよバーカ!」


 今からでも催涙スプレーを返品するという選択肢もなくはないが……店員さんめっちゃ親切に説明してくれたし、もう買っちゃったし。


「……はぁ」


 後悔しても遅い。

 残金2434円。とりあえず明日の昼休み、銀行へ行ってみるしかない。それでなんとかならなければ……それはそのとき考えよう。


 しかし参った。金はないが、やることは山積みだ。 

 退職する前にクレジットカードも作っておきたいし、PCデータのサルベージも急がないと。それにスマホも新しいのを用意しないと……いつ、ロックが掛かって指紋認証では開けられなくなるかわからない。

 どれもこれも金がないと始まらない。


「あー、困った困った」


 言いつつ、自分の顔がにやけているのがわかった。

 これから忙しくなる。大変になる。けれど、ちっとも苦痛はなかった。こういうときは、そういうものなのだ。


 自分からなにかを変えようとするとき、人は苦労さえも楽しめてしまうものなんだから。






 ……残金1,254円。

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[気になる点] お金大事、印鑑と通帳を探してあげたい [一言] 待ってました!
[一言] マジで幸せになってほしい
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