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優しくなりたい若者たち  作者: 松坂 ジンシ
1/1

優しさとは何か

 以前から小説家になりたいという夢がありました。

 そのテーマは「優しさ」と決めていました。僕自身が幼い頃から、「優しい人間になりたい」と考えていたからです。

 しかしながら、僕の未熟さゆえ、優しい人間にはなれず、右往左往しています。この答えを見つけるべく、小説という形で、考えていこうと思いました。

 私は、心理学を専門としていますが、人の感情というのは、研究では概念化されていて、各研究によって定義づけされています。この定義が少し変わるだけで、その研究が捉えたいもの、研究結果の解釈、などが異なってきます。

 要するに、研究に変わる形で、この小説の中で「優しさとは何か」を明らかにしていこうという試みなのです。



 何ともならないことを悶々と考えて、息苦しくて仕方がない。

 電車に揺られながら、本を読んでいるふりをしていた。

 ガタンッ。たく、田舎の電車は揺れすぎる。

「ドアが開きます。」

 ガコッ、シュー、くそ、ドアの開きまで悪いのか、お前は何ができるんだ。

 もう22時を過ぎていた。3月の終わり、暖かくなってきたとはいえ、この時間はまだ寒い。

「あ、あの…」

 一瞬、身構えたが、目に入ったのはベンチで俯いている女性だった。

「…助けて」

 よく見ると、女性は震えていた。

「大丈夫ですか?どうしました?」

「……」

 女性は震えが酷くなり、顔色もみるみる悪くなっていく。

 どうする。着るもの。すぐ戻るから、と駐輪場に停めてある原付を駅の出口の前まで移動させ、原付の中に入れてあったウインドブレーカーを女性に着せた。

「ちょっとかさばるけど我慢ね」

 3月の終わりといえど、女性は薄着だった。

「しんどいと思うけど、原付で病院まで行くよ」

 原付の二人乗りは、ダメとわかっていたけど、救急車を待っていられない。

 僕の身体にしがみつく女性の腕には、まだ力がこもっていた。これなら大丈夫。

 スピードを抑えて、5キロ先の病院に向かった。もう時間が遅く、道は空いていて、10数分で着いた。

「着いたよ。一緒に受付まで行ける?」

 女性は原付からは降りられたものの、その場で動けなくなってしまった。

「病院の人、連れてくるから!」

 受付まで走り、事情を話すと、担架で女性は運ばれていった。「あの、もう帰りますね。」

 二人乗りした罪悪感もあり、そそくさと家に帰ることにした。

 風もあるはずなのに、しばらくは甘い香りが残っていた。




「すみません、はい、ありがとうございます」

 天井の一点をボーッと眺めたまま、部長に休みの報告した。入社して、初めて有給を使った。

 パタンッ、ベッドに腕ごとスマホを放り投げた。

 さすがに風邪ひくわな。あ、音、聞こえてたかも、まあいいか。

 あいつは何ができるんだ。って言われてるだろうなぁ。



「部長、昨日はすみませんでした。もう大丈夫です」

 翌日、完全ではないものの動けるようになり、出社した。

「そうか。じゃあ、これ見て、記事書いて」

 あっさりしたものだ。昨日のぶんの書類もある。やっといてくれる優しい人はいない。

悠里ゆうり先輩、ちょっと来てください」

 入社が1年遅い後輩の野坂茜音のざかあかね。年齢は同じ。

「なんだよ、こんなとこに連れ出して」

「あのね、部長がね、手伝わなくていいって、言ったんだよ。私の尊厳のために言っとこうと思って」

「そんなことかよ。別にいいんだよ。部長は家でストレスたまってんだよ、きっと」

「あと、先輩じゃねえし、下の名前で呼ぶな。勘違いされるだろ」

「ん?勘違いされたら何か都合悪いの?」

「はあ、めんどくさい。もう行くぞ」

 野坂は楽しそうに微笑んでいた。


 はあ、終わった。やっと帰れる。

 結局、残業して何とか仕事をやり終えた。ビルから見渡すと、

すでに週末をエンジョイしている酔っぱらいゾンビが店を探して彷徨っている。

 誰も居なくなった職場、最後に鍵を閉め、薄暗いビルから去ると、パソコンの光とは違う妙な灯りが目に飛び込んでくる。

「家に帰ったら、嫁がこわいのよ〜、ハハハ」

 ここのゾンビは、嫁という武器に弱いらしい。似たような話が、ちょくちょく聞こえてくる。

 駅の周りは、特に人が多く、パチンコの音、飲み屋やお姉さんの店のお誘いの声が、絶え間なく聞こえてくる。

 一人で歩いているのは、良い的なのか駅までの僅かな時間で、何回もお誘いを受ける。お兄さんたちも、そろそろ顔を憶えて、断る人だと諦めてくれないものか。

 たった数百メートルの距離だが、とどめを刺すようなストレスだ。さらに、時間が遅いぶんまだマシだが、人が溢れる急行列車。これまた酷く疲れる。

 いつも、この酒くさいゾンビに囲まれるのが嫌で、各停の列車に乗って帰る。時間はかかるが座れるのはいい。

 電車の中は、意外に静かだ。寝ている人、スマホをいじる人、音楽を聞いている人、何もしていない自分が、変わった人みたいだ。

 今日は、本を持ってくるのを忘れた。何しろ、読むフリをするだけの本なので、興味も感じていない。

 頭の中で仕事のことをシュミレーションしたり、人間観察をしたり、読書家を演じられない今は、ただの変人だろうか。

 約30分、こんな妄想をしている間に、最寄り駅に到着した。


「あ、あの!」

 駐輪場で見知らぬ女性に話しかけられた。

「どうかされましたか?」

「あの、中西唯なかにしゆいの妹ですが、」

「え、中西?」

 思い当たる人は出てこなかった。

「ちょっとわかりませんね。人探しですか?」 

「あ、そうか、名前知らないんですね」

「一昨日、姉を助けていただいたみたいで」

「ああ、あの人!大丈夫だったんですか?」

「はい。急性アルコール中毒ということで、一日点滴生活でしたが、すぐ退院しまして、今日はまだ動けませんが、代わりにお礼と上着を返しに」

「そうだったんですか。回復されて良かったですね」

「ほんとにダメな姉で、ご迷惑おかけしました」

「いえいえ、そんな。それより、こんな寒い中で待ってたんですか?」

「いえ、車の中ですよ。昨日と今日と、この時間にいて、姉から赤の可愛い原付と聞いたので、待ってました。昨日は原付がなかったので、帰っちゃいましたけど」

「ああ、昨日は仕事が休みだったんです」

 風邪で休んだとは言えないなぁ。

「でも、会えてよかったです。姉に連絡先を聞いてきてと言われていて、よかったら聞いてもいいですか?」

「そんな、もういいですよ。気になさらないでください」

「でも、姉も直接、お礼が言いたいって」

 正直、お礼も面倒くさいが、断るもの申し訳ないか。

「じゃあ、ラインでいいですか?」

「はい、ありがとうございます」

 中西椛なかにしかえでは、丁寧に一礼して帰っていった。



 翌週の金曜日、あと原稿のチェックをして、部長に提出すれば今日の仕事は終わりというときに、

「ちょっと、二人で外回り行ってきます。行くよ悠里先輩!」

「おい、なんで俺も行くことになった!」

「いつも仲いいねー。行ってらっしゃーい」

 野坂に腕を掴まれ、淹れたばかりのコーヒーを置いて、取材に連れ回される羽目になった。同僚にも茶化されて、賑やかな会社でいいんだけど……

「今日は、カフェ特集で3件回るからね」

「カフェって先月もやったよね」

「今度はランチタイムの特集で、またモーニングのときとは違う人気のカフェがあるんだって」

「カフェの運営も大変だなぁ」

「まあ、コーヒーのチェーン店も全国展開してきてるし、コンビニでも美味しいコーヒーが飲めるようになったからね」

「カフェにしかない差別化が必要ってわけか」


 1つ目、2つ目と回ったが、思いのほか時間がかかった。

「あと1件。もう腹パンパンだよ」

「試食と試飲でそれぞれ3品ずつ出してもらってるからね」

「ちょっと時間の間隔も短すぎないか」

「それが、たまたま店の都合で今日に重なったの」

「お、あれか」

 少し大通りから外れて、人目につきにくいところに、店があった。

「ログハウスか。雰囲気いいね」

「ここなら駐車場もあるし、来やすいな」


 カラン、カラン。

「いらっしゃいませ、お待ちしていました」

「遅くなってすみません」

「いえいえ、こちらこそ、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます。私、藪本夢空やぶもとゆあと申します」

 店主は店の雰囲気に合った、大人しいかんじの女性で、周りを見ると、4人がけテーブル席が2つに、2人がけが4つ、あとはカウンター席で座席は6つ、広い空間を残して配置されていて、もう少し客は入りそうだが、これはこれで落ち着く内装だ。

「あの、営業は何時まで?」

「今日は19時までですけど、あまりお客さんが来なくて」

「え、でも特集で人気があるからって」

「……先輩、実はこのお店は私の友達の紹介で、紹介してあげてほしいって。話を聞いてたら、応援してあげたいなって」

「すみません。お願いします」

「そうだったのか。部長の許可が下りるかだけど、話によっては、良い店の発掘ってことでいけると思うよ」

「じゃあ、早速コーヒー淹れますね」

「はい、おすすめを淹れてください」

「あと、ケーキとお菓子も置いていたら」

「わかりました。少々、お待ちください」




「どうぞ、こちらがキリマンジャロです」

「凄い香り!」

「あ、焙煎豆を粗挽きと細挽きにして、混ぜて淹れているんです。こうすることで、香りが強く、酸味も味わいよくなるんです」

「へえ、これも記事にできるな。じゃあ、早速……」

 艶やかにも見える色合い、少し口に含むと、柔らかい酸味と芳ばしい香りが体中に広がっていく。

「これは……優しい口触りだけど、しっかり主張して、酸味の中に甘さまで感じるよ」

「よかった!豆はおじいちゃんのお友達から買っているんです。キリマンジャロはダンザニアから送ってもらっているんです。」

「そんな、本場から。凄いね」

「おじいちゃんは、若い頃からずっとカフェをやりたくて、仕事してお金が貯まると、海外に行って、お店巡りしていたんです」

「そのおじいちゃんは?」

「一昨年、病気で亡くなりました」

「そっか……」

「病気で倒れる前に、このログハウスが完成して、一人で細々とカフェをやるつもりだったらしいのですが……」

「でも、なんで藪本さんが?」

「私も継ぐつもりはなかったのですが、おじいちゃんには凄く良くしてもらって………東京の大学に通っていたのですが、辞めて継ごうと思ったんです」

「なるほど。でも、もともと細々とやるつもりで建てた立地だから客が来ないんだね」

「はい、それで大学の友達が野坂さんのことを教えてくれて……」

「いや、エピソードも込みで良い記事になるよ。これなら確実にオッケー出るから安心してください!」

「よかったです……よろしくお願いします」




「次の電車は……17:12だって」

「しかし、お腹がパンパンだよ……苦しい……」

「でも、珍しく楽しい取材だったでしょ」

「そうだなー」

「あ、私このまま直帰するけど、…………悠里、は?」

「んー、俺は会社に戻るよ。忘れないうちに構想だけでも考えとく」

「折角の金曜日なのに………遊んだり飲んだりしないんですか?」

「遊ぶ相手もいないし、酒は飲まないからなー。あ、電車きたよ」

 電車に乗り込むと、田舎ゆえに帰宅の時間でも座ることができた。

 しばらくして、大きい駅で乗り換えると、そこには普段と同じ、人の波ができていた。

「じゃあ、私、帰りますね!」

「ああ、また来週なー」


 そう言って、会社に戻ると同じように残業をする仲間が若干名いた。

 仲間といっても、ほとんど話したこともない。でも、同じ空間でコツコツ頑張る人は仲間と認識する自分がいる。

 一段落、構想を作り上げ、席を立った。かなり集中していたようで、今日も最後になっていた。

 人には目もくれないゾンビたちの間を縫い、駅に向かう。珍しくキャッチにも会わず、帰ってこられた。

 思えば、先週よりも時間が遅く、店の外にいる人は少なかった。

 電車は、飲み帰りの酒臭さがあった。油断すると気分が悪くなりそうだった。

 最寄り駅に着き、改札を過ぎる。時刻は23時を回っていたが、原付に乗ろうとしたとき、バタンとドアを閉める音がした。

 おそらくハスラーから女性2人が降りてきた。

「悠里さん!ですよね?」

 間違いなく、女性2人のどちらかから発されたものだった。

 駅の照明に照らされて、2人の顔がわかると、中西椛とおそらく結だった。

「すみません。待ち伏せのように」

 口を開いたのは椛の方だった。

「いえいえ、でもどうして?」

「姉がちゃんと会ってお礼したいということなので。ほら」

 椛に促されて、結は小さな声で

「ありがとうございました」と発していた。

 先週、メイクや服装のかんじから今時の陽気そうな子だと思っていたが、人見知りなんだろうか、俯いたままだった。

「わざわざ、ご丁寧に」

 そう言うと、「お礼に」と紙袋を渡された。

「そんな、ありがとうございます。折角なのでいただきます」

 一瞬、結と目があったと思ったら、無言で一礼して、そそくさと早足で車に向かっていった。

 それに続いて、椛も「それじゃあ、また」と帰っていった。

 さて、コンビニで飯を買って帰るか。

 それにしても、結って子、あんな顔だったっけ。

 少しだけあたたかい気分で金曜日を終えることができた。


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