最終話 未来へと
「今日のアルバンせんせー。やっぱり変なかおー」
真っ白なドレスを着たメリルが、アルバンの顔を指さし大きな声で笑っている。そのまま、他のおめかしした子供のエルフと一緒に、式場の方へと走り去っていった。
「……今日は否定できないよなぁ」
アルバンは自分の頬をぐにぐにとつまんだ。鈍い痛みが顔中に響く。
アルバンの隣には、悲痛な表情の里長が頭を下げようとしていた。
「さ、里長。もういいですから。これ以上頭を下げられても恐縮してしまいます」
「いいや、何度でも頭を下げさせてもらう。クリストフがとんでもないことをしてしまった」
あの夜の出来事から、数日。
騒ぎを聞きつけた里長は殺してしまうのではないか、というくらいの剣幕でクリストフを責め立てた。クリストフは怯え切っており、頭を抱え子供のように泣きじゃくっていた。
クリストフに執拗に乱暴を受けたアルバンだったが、奇跡的に骨や内臓は無事だったようで、今日というめでたい日を迎えることができた。
顔の腫れは引いたと思っていたが、メリルに茶化されてしまった所を見ると、完全には治り切っていないみたいだ。完璧な均整の取れたエルフから見れば分かるのかもしれない。
「それで、クリストフはもう里を出たのですか?」
「ああ……朝早くにな。しばらくは帰ってこないだろう」
「そうですか……」
里長はクリストフの追放を伝えたが、アルバンがそれを止めた。クリストフにも認めてもらわないことには、完全に受け入れられたとは思えなかった。それでも、クリストフは追放を甘んじて受け止め、里を出ていった。
「クリストフが言っておった。『人間を見てくる』と。あいつも外の世界を見て、考えを改めてくれればいいんだが……」
里長が青く晴れた空を仰ぎ、目を細めた。
「さ、さあ。もうそろそろルシールの着替えも済んでいる頃だろう。花嫁を迎えに行くぞ」
里長に連れられ、たどり着いた建物は一本の柱が、天を貫かんばかりに屹立していた。真っ白な壁に空いた窓には、色とりどりのガラスがはめ込まれていた。
「ここでルシールはお前を待っておる。さあ、ルシールを迎えに行ってこい」
背中をぽん、と叩かれアルバンは緊張した面持ちで白い建物の扉を開けた。
――そこはまるで、天上の楽園のようだった。
内部は大きな一つの部屋だけとなっており、端の方には色とりどりの花が輝きを放っていた。赤や緑、青色の窓ガラスからは太陽の光が差し込み、部屋の内部を幻想的に照らしていた。
しかし、そんな美しい光景も、部屋の中心で佇む花嫁には到底及ばなかった。
一点の穢れもない、真っ白な衣装はルシールの体のラインをくっきりと映し出している。かぶっているヴェールは金糸が使われており、窓から入る光に反射し水を含んだような輝きを放っていた。
そんな極上の一品をもってしても、ルシールの輝きの前には劣って見えてしまう。
「綺麗だ」
これ以上の言葉はいらない。
ルシールは少し照れたような表情を浮かべ「ありがとう」と小さく言った。
近づけば消えてしまうそうなルシールに、ゆっくり近づいていく。
「愛している」
ルシールはその言葉を聞くと、白い肌を紅潮させた。
「あ、あんまりそういうこと軽く言わないでよ……ありがたみがなくなっちゃうから」
「わ、悪い……」
アルバンは今になって、照れてしまう。
「頼りない俺だけど……いつかは俺のことを愛してもらえるように頑張るから」
ルシールがアルバンの顔を見て、目を見開いた。なぜか、徐々に目が吊り上がり怒りの表情を浮かべる。
「やっぱり忘れてる」
そう言うと、ルシールはぷい、とそっぽを向いてしまった。
「そりゃあ、あの時、私が『アルバンなんか愛していない』って言ったのは悪いとは思うけど、いつまでも忘れたままっていうのもどうなの?」
ルシールがアルバンを指さしながら、ぐいぐいと迫ってくる。
「え? なんだ? 忘れたって何を言ってるんだ?」
「うううう、もう!」
ルシールは突然、アルバンの胸元に手を突っ込んだ。アルバンが幼いころにエルフから貰った木彫りのペンダントを取り出す。
ルシールは自分の耳についた宝石を外すと、木彫りのペンダントの穴にはめ込んだ。
「もう一度会えますように」
その言葉に、アルバンの脳裏には十年前のことが思い起こされる。
あの時、ペンダントをくれたエルフは……女性だった。それは、たしか……。
「私がこのペンダント渡したの……忘れたの?」
「あああっ!」
完全に思い出した。あの時のエルフ――あれはルシールだ。
「あの時のアルバン……本当に可愛かったのに……『大きくなったら結婚してください―』なんていってたのに……私もその気になっちゃって……本当に損した! もー。私アルバンが来てからイライラしっぱなしなの!」
「わ、忘れていたのは本当にごめん! でも、十年前だし……! そりゃあ忘れても……」
「十年前なんて、ついこの間でしょ? いくら人間にとっては昔のことでも、そんな思い出を忘れるなんて酷くない?」
アルバンはまくし立てるルシールの勢いに押されっぱなしだ。
「だから」
突然ルシールは迫る足を止め、アルバンの胸にふわり、と体を預けた。鼓動を聞くように、穏やかに目を瞑る。
「私はあの時から、あなたのことを想っています」
愛しい思いが溢れてくる。
アルバンはルシールをやさしく抱き留める。
差し込む光が、新しく誕生した夫婦をいつまでも、やさしく包んでいた。