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四話 自分の居場所

アルバンと里長が、溶けた雪でぬかるんだ土を踏みしめ速足で歩いていた。アルバンを連れ出した後も、里長は何も語らない。そんな様子を察して、アルバンは何も里長に尋ねることはしなかった。


 エルフの里は居住地を中心に、少々の作物を育てる畑や、そのほか多目的で使用する場所が点在している。その周りは木々が生い茂る森があり、近いところなら子供のエルフの恰好の遊び場となっている。


 ぬかるんだ地面に足跡が付いていなことから、今歩いている場所は里のエルフも滅多に訪れることのない場所なのだろう。


 そんな場所で一体何を。アルバンの額には冷たい汗が浮かんだ。


「こんなところまで連れてきてすまない」


 里長の気遣いの言葉には、感情は一切乗っていなかった。普段の気さくな里長の雰囲気は無かった。


「ここに入ってくれ」


 指し示された場所は、石作りの頑丈な建物だった。材料の石も切り出したものらしく、辺も削り取られ質も良い建築素材なのだと思う。エルフにしては珍しい建物だ。

 ひと月とはいえエルフの里に暮らした身としては、この建物はどことなく冷たく感じられる。


 厚みのある重い扉を開け中に入る。里長が入口の扉を閉めると鍵を閉めた。重く冷たく乾いた音が、アルバンの背筋に冷たいものを走らせた。


「里長……何が、あったんですか?」


 乾いた喉からはうまく言葉が紡げない。固唾を飲み、里長の言葉を待つ。


「単刀直入に言う。アルバン。スルブルグ家がエルフ狩りをしているらしい」


 スルブルグ家。アルバンの実家だ。


「とは言っても、確定的な情報は何も得てはいない。今日訪れた農村で、良くしてくれている人間がわしに話してくれた。スルブルグ家のエルフ狩りに気をつけろ、とな」


 エルフ狩り。数百年前、この大陸が統一される前に行われていた非道な行いだ。エルフはその美しさからか、貴族や金持ちに重宝されていた。観賞用や、夜の相手。さらには、永遠の命を授かるための妙薬を作るために、エルフの胎児を材料にしていたという。ありもしない妙薬などばかげた話だ。考えただけで吐き気がする。各地に存在するハーフエルフも、エルフ狩りの被害者の子孫だ、という説もある。


 うまく話が飲み込めない。


「里長! スルブルグ家はそのようなことは神に誓ってしていません。それに、俺はずっと実家の事業を手伝っていたんだ! すぐにわかる!」


 混乱する頭で、アルバンは里長に詰め寄る。


「わしはお前を信じておる。それに、こんなことただのうわさに過ぎない」


 アルバンは鍵の掛けられた扉を見る。まるで牢屋だ。アルバンの視線に気が付いた里長は、口を引き締め、辛そうに肩を落とした。


「うわさ、とはいっても、里の皆の耳には入れたくない。万が一聞かれぬようこの場所を選んだ。本当にすまない」


「俺だって、バカじゃない。エルフ狩りをしていたのは、数百年も前の戦乱期のことだ! 今は戦時中でもないし、内政も安定している時期です。そんな時代錯誤なことなんて……!」


「わかっておる! わかってはおるが、真実がどうであれ、このうわさが里に広まれば、お前はこの里にいられなくなるかもしれん」


「そんな……」


「人間にとっては、歴史に埋もれた過去のことであっても、エルフの中には、その忌まわしい出来事を覚えている者もたくさんおる……このわしもその一人だ」


 里長の瞳には、言い表すことのできない怨嗟が渦巻いているように見えた。人間にとっては、数百年前ははるか昔でも、エルフはその限りではない。


 里長は下げた視線をアルバンの足元に固定し、体をこわばらせている。次第に唇が震え出し、歯がカチカチと音を立てた。


「……里長」


 アルバンが声をかけると、里長の体が大きく跳ねた。アルバンを見る瞳の奥には、恐怖の色が見て取れる。


 普段はおくびにも出さないが、里長の記憶の中には人間に対して、どのような畏怖があるのだろう。それでも里長は人間との交流を図った。エルフの未来のために。


 アルバンは歯を噛みしめる。


「里長。俺は一度、王都へと出向きます。スルブルグ家に」


「アルバン……なぜ?」


「スルブルグ家がエルフ狩りなどしていない証拠を得るためです。兄たちに……必要であれば、父の墓も暴いてでも」


 アルバンは狼狽する里長を尻目に、建物の扉へと手をかけた。里長はただ、アルバンの背中を見つめているだけだった。


「結婚式までには必ず戻ります」


 それだけを言い残し、アルバンは実家のある王都へと出発していった。







 エルフの里を出て、丸一日歩いた。

 途中、大きな街で馬を借りもう一日走った。


 盗賊などに襲われる危険もあったが、アルバンの脳裏に浮かぶのはエルフの里のことのみだ。ただのうわさに違いないとは思うが、王都が近づくにつれ、体の奥底に燻ぶっていた不安の火種は大きくなりつつある。アルバンはとにかく王都へと急いだ。


 ルシールに「一度実家へと帰る」と告げると、一瞬狼狽した様子を見せたが、すぐに「そう」とだけ告げると、それ以上は何も聞かれることはなかった。正直なところ安心した。隠し事をするのは心苦しいが、不安を煽るよりはよっぽどいい。


 王都が近づくにつれ、街道には行商人や巡礼者などが往来し騒がしくなってきた。つい、エルフの姿を探して辺りを見渡してしまう。まるで自分がエルフになってしまったと錯覚し、笑みがこぼれる……が、直ぐに唇を引き締めると、スルブルグ家へと馬を走らせた。


 王都へ入ると、さらに人でごった返していた。馬車の音、人の往来や話し声が辺りに満ちていた。このひと月というもの、森のさざめきや水の音、エルフの穏やかな声しか聞こえてこなかったため、久しぶりの王都の喧騒はアルバンの耳をつんざく。


 ほとんどの貴族は自分で領地を持ち管理しているが、スルブルグ家は、何代にもわたり王に仕え実務をこなしてきたため王都の領地内に邸宅がある。


 馬を納屋につなげ、ひと月前まで住んでいた家を眺める。貧乏貴族とは違う豪華な邸宅を見上げても、特に魅力は感じられなかった。むしろ、どことなく異質な感じさえ受ける。


「……アルバン様!」


 若い使用人の女が、アルバンの顔を見るなり驚きの声を上げた。


「やぁ、久しぶりだね」


「帰ってこられたのですか? どうして……」


 もう二度と、帰ってこないと思っていたのだろう。女の使用人は驚愕の表情で、視線を泳がせていた。

「兄さんはいるかい? ちょっと用事があってきたんだ」


 女の使用人は「は、はい」と言った後、弾かれるように邸宅の中へと入っていった。


 周りでは数人の使用人がアルバンの顔を見て、ひそひそとささやき合っていた。アルバンはそれを見て、二度とこの家には帰ってこられないな、と思った。







「お久しぶりです。兄さん」


 部屋に通されると、兄は気難しそうな表情で椅子に座り、調度品が散りばめられた机で書き物をしていた。ひと月ぶりの再会ではあったが、アルバンの顔を見るでもなく、視線は羊皮紙に向けられていた。

「それで、何の用だ?」


 兄はうっとおしいと言わんばかりの声色でアルバンに語り掛けた。仮にも、十八年間同じ家で過ごしてきた兄弟だ。家族に向けられる態度ではない。アルバンは別の感情が沸き起こってくるのを、必死に抑え込んだ。


「兄さん。俺に何か言うことがあるんじゃないのか?」


 カマをかける。それでも兄は、アルバンを見ようともしない。


「エルフ狩り」


 兄の走らせていたペンが止まる。ゆっくりとアルバンを見る。


「……お前は何を言っている?」


 兄の顔色は変わらない。


「やっているんじゃないか? スルブルグ家が」


 兄の表情は変わらなかった。しかし、遠くからでも兄の持つペンが軋むのが分かる。だが、狼狽や動揺ではなく、怒りだ。


「愚弄するつもりか? この私を。スルブルグ家を。エルフ狩りなど非道な行いを」


 兄は冷淡ではあるが、外道ではない。アルバンに対する冷遇も父から受け継いだスルブルグ家のためだ。アルバンもそれはわかっている。だからこそ、現在では非道な行いとされているエルフ狩りの容疑を掛けられ憤慨しているのだ。


 スルブルグ家はエルフ狩りをやっていない?


「エルフの里の近くにある農村で、そんなうわさがたっている。俺は真実を確かめるためにここに来た」


 アルバンを見る兄の目にはさらに怒気がこもる。兄にとっては、元家族である弟がスルブルグ家を怪しむこと自体が憤慨の対象なのだ。鋭い刃物のような兄の視線がアルバンの精神を切り刻むようだった。


「……分かった。うわさの件については、スルブルグ家で何とかしよう。報告、ご苦労だった」


 目の前に剣を突き立てられているかのような怒気は、なりを潜めていく。兄の視線は再び机に向いた。

「どうした? もう用事は済んだはずだ」


 さっさと出ていけ、と言わんばかりだ。そんな兄の言葉に対し、アルバンは動かなかった。


「証拠が欲しい」


 その言葉に、押し込んでいた兄の怒りが目に見える形でアルバンに向けられた。

 兄は怒りに任せ机を激しく叩くと席を立つ。床を踏み鳴らし迫ってくる。アルバンの胸倉を掴むと、力任せに壁に押し付けた。


「……う、っく!」


「愚弄するのもいい加減にしろ! エルフ狩りなど、真の外道のすることだということが分からんか! 貴様はそれでもスルブルグ家の――」


 そこまで言った所で、兄の手が緩められた。アルバンは壁を背にその場に倒れこんだ。激しく咳き込みながら、兄を見上げる。


「お……俺はもうスルブルグ家の人間じゃあない……エルフの里に妙な心配はかけたくないんだ……頼むよ兄さん」


 兄は懇願するアルバンの顔を、ちらりと見ると天井を仰いだ。その背中はスルブルグ家当主としての背中だ。強く握られたその手は重過ぎる責任を支えなければならない。


 しばらくすると、兄は机に戻り羊皮紙に何かを書き込んでいる。サインを終えると、羊皮紙を封筒にしまう。蝋を垂らすとスルブルグ家の印を押し、封印をする。


「我がスルブルグ家の資産と取引の台帳を閲覧する許可証だ」


 この許可証があれば、いつでもスルブルグ家の金の動きを把握することができる。エルフの取引には莫大な金が動く。金の動きが分かるのならば、もし、本当にスルブルグ家がエルフ狩りをしていれば、隠し通せるものではない。


 この許可証はスルブルグ家がエルフ狩りをしていないという、確かな証拠になる。

 アルバンは許可証を受け取ると、外套の中に大切に仕舞った。


「……ありがとう。兄さん」


 そう声をかけた。


 兄の視線はアルバンが部屋を出るまで、机に向けられたままだった。


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