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長い夢  作者: 猿の手
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長い夢の始まり

この街に帰ってきた。

何も無い田舎に。


地元は長崎の海の側で、長い石段を登った先に家がある。家の庭からはなんの障害もなく海辺の花火が見えるので絶景なのは間違いないだろう。

ただ、学校のためと理由をつけて都会に住み着いた私にとってはもう見飽きた景色など面白味もなかった。

今回の帰省の理由は親族の三回忌。遠縁なのと大学が多忙な時期のせいで葬式には来なかったのだが、不思議な風習で三回忌は何があろうとも出席しろとのお達しだ。お陰でひとつ提出するレポート内容をこちらででっち上げなげればならない。

まあ、そのくらいの強制力がなければ帰る気もなかったのは確かだ。父も母も毎日元気にメッセージを飛ばしてくるし、盆正月に帰るのはひたすら面倒だ。その時期は交通費が高く付くし。

近頃は都市再開発だかで駅の近くは飲み屋街に開発されているらしい。高校の友人達を誘って繰り出すことだけは今回の帰省の唯一の楽しみだったりする。

見飽きた海を背後に、最後の石段を乗り切る。大学と家の往復ばかりで運動不足の体には堪える。

ふと見飽きた景色に足りないものを感じて向かいの家を見る。石段を挟んだ向かいはここらでは目立つほどハイカラな家で、庭で放し飼いされていた垂れ耳の犬がよく自分に懐いていた。頭がいい犬で、よく私の足音を聞きつけては柵の間からボールを差し出して遊んでと来ていたものだった。向かいの家は相変わらずハイカラで、生い茂る気も豪奢な犬小屋も小さな噴水も記憶のままだ。

何度か犬の名前を呼んでみるが小屋は気配がない。たまたまどこか違う所にいるんだろうか、と気にしないようにして久々の我が家に向かった。

家族は相変わらずで、父は日曜大工をしながら、母はなにやら豪勢な料理を作りながら陽気に出迎えてくれた。

お喋りな母の世間話(毎日のメッセージでも同じような内容だが)で近所の様子や親戚の動向なんかを把握する。三回忌はどうやら大掛かりになりそうで、私も会ったことのない親戚が来るらしい。親戚はたくさんいる。祖母は六人兄妹の末妹で、今回の三回忌は最長男のものになる。

父に今は何を作っているのかと聞くと、

「最近は民族工芸に凝っててね!複雑な木組なんかで模様を作って箱を作ってるんだ。凝った模様にすればどこが開ける口か分からなくなるんだよ。面白いだろ~!」と手元と構成図を見せてくれた。父は昔から本で見た色々なものを作ってみせてくれる。その手先の器用さがなぜ遺伝してくれなかったのかと今でも思う。

そういえば面白い本を祖父の蔵で見つけた、と父が私に渡した。やけに分厚いが、古くてボロボロだ。表紙の革が茶色なのか黒なのか、変な模様はあるが煤けが酷くて詳しくは分からない。

中を開いてみると、虫食いや黄ばみはあるものの小さな英文の羅列や複雑な円形の模様が記載されてある。これは一般的に魔法陣とか呼ばれるものじゃないだろうか?今夜飲む旧友たちとのいい話のネタになるかもしれない。

礼を言って鞄にしまい込む。料理好きな母の凝った料理をつまみ食いし、旧友に会いに街に出た。


「カズ!」

「部長!ヨッシー!久しぶりだな」

6年ぶりの再会のハグを交わす。

「そうだよ!カズお前、成人式にすら来てないじゃん?東京行った途端俺らのことなんか忘れやがってよお~」

肩を抱きながら詰ってくるのはヨッシーこと吉井隆也。いつも軽口でその場を賑やかす調子のいい男だ。

「カズも変わりなさそうでよかったよ」

高校の面影そのままにぐっと大人びた、部長こと高橋肇。トレードマークの四角眼鏡は相変わらずだ。

そしてカズこと私、三浦和典。

この3人で高校の頃は様々なことをした。私が校則の厳しさを憂えると、ヨッシーがそれを全校の意見として統括させ、部長が校則緩和の為の集会を開くよう校長に掛け合う。

私が都市伝説に興味を持つと、ヨッシーが都市伝説部を設立し、部長が活動の一環として校内放送で都市伝説を語る時間を作る。部長が部長になったのはそこからだ。

休み前の集会ではつまらない校長の話で電波ジャックをして心霊現象だと触れ回ったりもした。

好き勝手をしても矛先が向かないのは、部長がお偉い方に好かれやすいお陰だった。

生徒の間ではよく知られた悪ガキ3人組で、次は何をするのかと期待されていたりもした。

「ごめんごめん。今日はお詫びに面白いもの持ってきた。祖父の蔵にあったらしい」

人の少ない薄暗いバーを選び、父からもらった本をカウンターに出す。

「うわ・・・なんだこれ!最高にエキサイティングじゃん!これヤバいんじゃないの!」

ヨッシーが興奮した様子で語り出す。

「いや俺今実家の寺継いでんだけどさ、これ多分やべえよ、なんか本物って感じする。お祓いだって持ってくるものと同じ感じ」

「ヨッシー貸せ・・・カズ、中見るぞ」

微かに埃を立てながら黄ばんだページを捲っていく。

「なんだこれ、魂を・・・呼び出す・・・儀式・・・悪魔の召喚?こっちは生贄について・・・」

部長が小さな文字を辿ってスラスラと読み解いていく。

「えっ部長英語読めるんだ!凄いな」

「ああ、今外資系だから英語できないとダメなんだ。・・・なあこのページ。ここだけ虫食いも煤もないぞ」

ページを捲る手が止まる。

「・・・やばいんじゃないの」

ヨッシーがわくわくしながらのぞき込む。

「・・・悪魔に願い事ができる魔法陣。満月の光に当てるだけ。どうしてここだけ綺麗なんだ」

「願い事。願い事ができるだけ。召喚も何もしなくていい・・・。ヨッシー、部長、やってみようか」

ヨッシーが爆笑しながら「言うと思ったぜ!」

部長も仕方ないなと乗ってくる。やっぱり5年経ってもみんなあの頃のままだ。

スマホで月の満ち欠けを調べると、なんとお誂え向きに満月は今夜。そのまま酒を飲み干し、街灯が届かない場所を探す。

「近くに水場があるのが条件だってある。電灯が壊れてる波止場があったはずだ。そこに行こう」

「アハハ、満月の夜に満開の星!波の音!魔法陣!悪魔!いや~ロマンチックだなあ」

「さて・・・最後までロマンチックだといいなヨッシー」

私達は軽口を叩きながら、海辺の暗闇に向かった。


「本を開いて・・・えーと砂場に置こうか。で、願い事はどうする」

部長にそう言われて気付いた。願い事が必要なのか。

「えーと・・・ヨッシーは?」

「ええ、お前無計画だな!えーと、じゃあ3人の・・・えーと仲が続くことを祈って・・・?」

「はは、いいな、それで行こう。縁が切れずにいますように!」

3人で期待の目を本に向ける。そして・・・

そして、30分が経った。

「なあー俺もうすっかり酔い覚めちった」

「いつ叶うか分からないし・・・いやもう叶ってるのかな」

うだうだとなり始めた私たちに、

「あと10分何もなかったら解散な」

部長が時間を見てそう言った。私も明日の三回忌は遠出をするので遅くまではいられない。

残り1分をカウントし始めた頃に、海からパシャッと音がした。

「魚でも跳ねたか」

部長が眼鏡を掛け直しながら目を凝らす。月の光と遠くの街灯だけではどうにも様子が分からない。

「気にしすぎじゃね・・・いやなに・・・なんか黒い・・・なにあれ気持ち悪い!あれ!」

ヨッシーが後ろに下がりながら指をさす。

何か黒くて手のひら程の生き物が、浜辺に上がってきていた。

「大きい黒トカゲにしか見えないんだけど・・・あれ、まさかこっちに来るんじゃないか」

「やばいってあれ!カズ本!本閉じろ!」

そんなことを言われても黒トカゲは本の魔法陣の上に辿り着いた。ただの偶然にしても不気味だ。

「本はいい!行くぞ!ヨッシー!カズ!」

部長の号令をきっかけに、3人で走り出す。

ようやく落ち着いたのは駅前の繁華街の明かりの下だった。しばらく走り続けたせいで、秋口なのに汗ばんで気持ち悪い。

「ごめん。あんな本持ってきて」

「いや、いいよ。・・・忘れよう」

「そうだな、なんかアレやばい奴だったし。まあ勘だけど」

「ヨッシー、お前今日やばいしか言ってないんじゃないか?」

部長の呆れ声に思わず噴き出してしまう。

「いやー怖かった怖かった!懲りずにまた会ってくれよカズ!久々のスリルだったなー!」

「ああ、まだもう少しはこっちにいるから会おうよ。またな」

確かに怖かったけど、なかなかスリルな体験だった。旧友たちと久々にちょっとした冒険ができて満足だった。本は無くしてしまったが。父にはお礼を言わないといけない。

また長い石段を登りながら、明日は筋肉痛だなと考えながら癖で向かいの家を見る。

先程はいなかった垂れ耳の犬が小屋の前で寝そべっているのが見えた。よかった、元気そうだ。いつも足音で起きてくるのに、よっぽど疲れているんだろう。私は声を掛けることなく家に帰った。

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