副担任
今日もいつも通りの登校だ。
僕にとっては彼女に会える日常が今日も続くのだ。
僕は現在、男子寮で暮らしている。
彼女はと言うと学校の教室が寮みたいなもの。
(映像生命体は寮に帰る必要性がない)
だから毎日教室で彼女に会えるのだ。
しかし、今日は彼女の様子がちょっと違う。
狼狽えているというか。
そういえば、クラスの様子もいつもと違う。
何か緊張しているような。
チャイムが鳴りホームルームが始まった。
教室に入ってきたのは天使の西極先生
僕のクラスの副担任だ。
西極先生は教壇に立つと僕らにこう伝えた。
「え〜と、今日は担任の液野先生はお休みです。
この世界最強の液状生命体といえども弱点はあるのです。
今日の1時間目の社会も液野先生に代わって私が担当します。
あなたたち、異存はないですね」
少し一呼吸を置きさらに話は続きます。
「あ〜、面倒くさいんだから。
あの人、必ず月一で休むのね。
その度にあの人の授業内容の復習、そして授業。
私は天使だから一応は全教科出来るのだけどそれにしても面倒くさいわ。
あの人、性格は良いのだけど本当に取っつきにくいというか。
まぁ愚痴を言ってもしょうがないわね。
とりあえず立橋さん(僕の彼女)、前に出てくれるかしら」
そう言われると彼女は教壇の前まで歩いて行った。
それから僕らの前で2人でこそこそと話し合っていた。
しばらくすると西極先生は
「これから立橋さんに協力してもらって液野先生を出してもらいます。
出すって言っても彼女に今の液野先生の映像を出してもらうだけだけど。
一応液野先生の自宅にカメラがあってそれを立橋さんにダウンロードしてもらっているの。
今、直接彼女に会うのは危険だから。
立橋さんはしばらく消えますが見えないだけでそこにいますから安心してください。
液野先生があなたたちに伝えたいことがあるみたいです」
そう言うと僕の彼女は徐々に消えていった。
しばらくすると教卓の上に無色透明の5センチぐらいの液野先生の人形が現れた。
「え〜と、これはダウンロード成功って事かしら。
こんな姿で悪いけれど、これが今の私の姿よ。
原寸大のね。
人間の姿は今はこの大きさが限界。
私の腰に付いている管は本体に繋がっているもの。
本体は私の部屋で厳重に封印されているわ。
まずは今の私の体に起こっていることを説明するわね。
私は液状生命体。
本来の姿は液状そのものなの。
家に帰ると即液状に戻るしね。
この人間の姿はかなり疲れるの。
でも人間と同じ生活をするにはこの姿を保たないといけないの。
だから月に1回、限界を迎えてしまうの。
それが今日。
その時は自分自身、自我を失ってしまうから人に会うのは非常に危険。
近づくものを無差別に殺してしまうから。
自我を保てるのも今はこの大きさが限界。
だからお見舞いとか絶対に来ないでね。
一応は厳重に封印してあるから周辺住民を襲うことはないのだけど。
だから今日は西極先生のいうことをよく聞いてね」
そう言うと液野先生は消えてしまった。
そして徐々に僕の彼女が現れてきた。
そしてホームルームが終わり1時間目が始まった。
西極先生は
「本当、面倒くさいわね。
私は一番社会に興味が無いのに」
そう言い、やる気の無い副担任の社会の授業が始まった。
授業が終わると西極先生は
「次の授業は音楽だからね。
一秒でも遅れたらぶち殺すから。
この授業は正直ストレスでしかかなかったから次の授業は張り切るわよ。
ハイレベルの授業をやってあげる。
ついて行かれない人は順番に殺すからね」
と笑顔で言っていた。
ちなみに「殺す」という言葉は西極先生の口癖。
決して本気で殺すと言うことではない。
でも天使らしからぬ物騒な言葉だ。
液野先生もこんな口の悪い天使は初めて見たと冗談交じりで言っていたっけ。
社会の授業が終わった後に僕はいつも通り僕の彼女と話していた。
彼女は
「ダウンロードって人が思うより結構大変な作業なの」
とため息をつきながら話し始めた。
彼女は
「確かに私は常にいろんな情報に接しているわ。
それも膨大な量のね。
それを私はほとんど理解できない。
いちいち理解していたら精神が持たないから。
でもダウンロードって言う作業は私に未知の領域を無理矢理理解させることなの。
それって結構苦痛なことだと思わない。
知りたくもないことを知る訳だから。
まぁ、先生の頼みだし重要なことだから仕方が無いことだけど。
本当に疲れたわ。
私たち映像生命体は本当は疲れることを知らないのだけど感情を持つ私にとっては本当に辛い作業なの。
そう西極先生に言ったのだけどあれだけ懇願されては断れないわ。
でもメリットがない訳じゃない。
このことをしたおかげで次の授業休んでも良いことになったから私の分も一生懸命受けてね、じゃぁ」
そう言い、彼女は消えて言ってしまった。
恐らく電脳空間に戻ったのだろう。
僕はふと時計に目をやった。
もうすぐ2時間目が始まる。
音楽室に遅れると副担に殺されるかも知れない。
もちろん殺されるというのは大げさだがあの副担は性格が悪く何をしてくるか予想も出来ない。
天使のくせに。
僕は急いで教室を飛び出した。