暑い日
その日はとても暑かった。
洗濯物を干す間のほんの少しの時間で額には汗が滲んでいた。
軽くなったカゴを持ち上げて涼しい室内に戻る。
足元に擦り寄ってくる飼い猫の蒼に微笑む。
「伊織に追い出されたのか?」
小さな丸い頭を撫でると可愛らしく声を上げる蒼を抱き上げる。
先程まで滲んでいた汗はとっくに引っ込んでいた。
「蒼、お昼寝でもしようか」
陽の光がちょうど良く差し込む場所に置いてあるソファに寝っ転がり、腹の上に蒼を乗せる。
蒼の喉を鳴らす音が、陽の光が、ちょうどいい室温が心地よく欠伸が出た。
つられて欠伸をする蒼を横目で見て、目を閉じる。
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いつかの夢を見ていた。
青い空の下で泣いている一人の男の子を少し離れたところで見ていた。
(そう、俺はここで一人泣いていた……何がそんなに悲しかったのかは覚えていないけど、泣いていたんだ)
男の子に近づいて触れようとした手はすり抜けて何もできない。
涙を拭うことも、頭を撫でることも、抱きしめることも、声をかけることすらできない。
「大丈夫だよ」
届かないと知っていても声をかけることはやめられなかった。
「今は一人でも、絶対に助けてくれる人と君は出会うから」
声をかけ続けていると、どこからか声が聞こえた。
「唄」
俺の名前。
柔らかい声。
落ち着く。
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「唄、風邪ひくぞ」
「……伊織」
ゆっくりと目を開けると苦笑いを浮かべる伊織の顔が見えた。
「暇だったから、つい」
いつの間にか胸の位置まで上がってきていた蒼を撫でながらもう片方の手で目を擦る。
「もう夕方だぞ」
「まじか」
グッと体を伸ばして起き上がると同時に蒼が床に飛び降りた。
「夕飯何食べたい?」
エプロンを着けながら訪ねると「一緒に作れるものにしようか」と言われた。
「珍しい」
クスリと笑いながらそう言えば笑い返された。
「今は一緒にいてほしいって思ってるくせに」
頭を伊織の大きな手が撫ぜる。
「ばれたか」
「お前の考えてることは大体わかる」
細く長い指が俺の髪を梳かす。
「んじゃ、簡単なものにするかー」
「まっかせとけー」
2人でキッチンに行き何を作るか話しながら考える。
伊織はすごいんだ。
俺のしてほしいこと、言ってほしいことを的確に当ててしまう。
出会った時からそうだった。
誰にも、俺自身にだってわかってない俺のことを理解している。
それにいつも救われている。
甘えてるなぁ……と自分でも思う。
「唄、これいつまで剥けばいいんだ……」
「え?」
はっとして意識を戻すと玉葱を小さくなるまで剥いている伊織にため息を吐いた。
「茶色の部分だけって言ったろ……」
「いや、上の部分が茶色かったから……」
もう一つ溜息を吐いてからお互い顔を見合わせて笑いあう。
伊織といると安心できる。
伊織もそう思ってくれているのだろうか。