最期の1日①
棚田。
お前の17年の人生には、一体どんな真実があったんだろうな。
正直、お前の印象は辛気臭くて、好きじゃねえ。
だけど、あったんだろうな。
お前には。多分。
生まれてきた、意味ってヤツが。
生まれ、生きた、思い出も友の一つもない。
俺なんかが語れる事じゃねえのかもしれねえけど。
羨ましいという言葉ひとつでは到底表現出来ない。
遠すぎる、というのが、率直な感想かもしれない。
ただ、俺は、行き場のない慟哭をたった一つだけ許すように、ジッポを強く揺らして煙草に火をつけた。
「これを、見て」
冴子のセリフと同時に、視界が一気に開け、機械、風、声、足音…それらが耳を突き抜けてきた。
線路沿いの道に、古い住宅と商店が並ぶ。
舗装されたアスファルトは心なしか茶色い。
多分昔は多くの人が行き交う駅だったのだと推測出来る。
狭い通路がくねくねと重なり合い、計画性なく作り続けた町のようだ。
それはとある日の夕刻で、
どんよりとした曇り空の下、俺達は3人立っていた。
道を歩く姿は老人と、学生だけだ。
道行く人々の顔は一様に「無」だ。
その、無表情の群れの中に、ある学生がいかにもつまらなそうに歩いていた。
猫背で、目線は下を向いている。
右手はポケットに入れ、左手はスマートフォンを操作している。
少し茶色い髪の、男子高校生だった。
色素の薄い茶色い瞳を曇らせて、ただつまらなそうに、歩いていた。
「…俺?」
掠れる声で、棚田はようやくそれだけ、言った。
「そうよ。これは、あなたが亡くなる日の夕方よ」
「過去に戻ったんですか?」
よもや最期の1日を、やり直せるのか?
棚田がそれを少し期待していたのか、うんざりしていたのか、声色から窺い知ることは出来なかった。
「残念だけど、これはただの録画映像よ。」
特に表情を変えることなく、冷静に彼女は返答する。
「映像?」
「そう。リアルでしょう?」
「…」
棚田は何か口にしかけたが、それに被せるように冴子が続ける。
何せ、時間がない。
『奴ら』に棚田の魂の気配が知られていないうちに、ケリをつけなければ。
「とりあえず、最期の1日をおさらいするわ。それから、あなたの歯車が狂った日を測定して突き止める。棚田くん。最期の1日の、大まかな流れを思い出せる?」
棚田は、とぼとぼ歩いていく生前の自分を一度じっと見つめてから、目を伏せて考えていた。
「朝、普通に起きて、学校に行って、その日はバイトもなかったので、学校が終わったら家に帰って…。多分、今歩いている『あいつ』は、学校からの帰り道だと思います。」
冴子は頷いた。俺は目を閉じて、頭の中のデーターベースを読み起こす。
棚田の死亡時刻は午後10時29分。電車の脱線事故の際に吹き飛ばされた車にひかれて全身打撲。
俺と冴子には、すでに資料として死亡時の情報が入っている。
しかし、ここは、棚田自身が自分を認識する事が重要だし、棚田自身の行動とその動機を俺達は探さなければならない。
「学校から帰ってからはどう過ごしたの?」
画面がブラックアウトする。
冴子は、場面を古いアパートに切り替えて再生した。