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第6話 学生の街

「この天球では、地球よりも遥に多い人種が存在します。まず、我々と同じヒューマン。獣の因子を体に宿す、ライカンスロープ。硬き鉱物と灼熱を友とするドワーフ。森と共に生まれ、森に還るエルフ。竜の眷属であるドラゴニュート。その他にも、少数種族を含めれば、紹介しきれないほどの人種が存在します」


 三上先生は淡々と、教室内で天球の基礎的な内容について説明してくれている。

 ある程度の知識は地球人でも、ニュース番組や、特集を組まれた雑誌などを見ればそれなりの知識を得ることはできる。けれど、やはり実際に現地で暮らしてみると、思わぬ齟齬が生まれる物だ。

 だからこそ、三上先生は地球人と天球人の間に生まれがちな文化の違い、齟齬について詳しく説明してくれているようだ。


 うん、明らかに説明の内容からして地球人なんだろうけど、絶対に数か月とかそういう感じの滞在日数じゃない。がっつり数年ぐらい住んでそうな感じがするぜ。


「ただ、こちらの天球世界では現代に至るまでに異種交配ががっつりと進んでおり、神話の世界ならばいざ知らず、今では純粋種族の人間の方が少ないまであります」

「はい、先生」

「質問どうぞ、鈴木君」

「つまり、血が混ざり合っていて、厳密に種族が判別できないってことですか?」

「そうですね。こちらの人間は大体雑種です。純粋な種族の血を保っている一族はもうほとんど存在していません。なので、ええ、こちらでは『背が高い』や『足が速い』ぐらいのニュアンスで『エルフ耳』やら『ドワーフ身長』などという特徴が現れるのです」

「はい、先生ぇ!」

「質問どうぞ、三津木君」

「つーまーりぃ、エルフとか、ドワーフとか、ヒューマンとか、そういう判別じゃなくて、個人として判断すりゃいい感じですか? ××君って、エルフっぽいよねぇ。わぁ、超イケメン。魔術とか結構使えるんの? みたいな」

「概ねそのような形でよろしいです。ただ、やはり特徴の違いが激しい世界なので、差別用語の使用は控えてください。ええ、獣人的な特徴が出ている人に、『この狼野郎ぉ!』など、動物に例えて罵倒すると結構な確率でひどい挑発になります」

「「普通にしてたら、言わねぇよ、そんなこと」」

「普通に生きるのが一番難しいですよ、この学園では」


 三上先生の授業は滞りなく進んだ。

 初日にあの惨劇が巻き起こったとは考えられないほどまともな授業内容だった。けれど、考えてみればあれは天災の如き突発的な要因によるもの。それを排除すれば、三上先生は普通にドライだけれどわかりやすい授業をする教師だった。

 まぁ、神薙の失踪に関して「そうですか」で済ませてしまうあたり、ドライすぎてちょっと引く部分もあるが、なにせ、この学園の教師である。まともな人格を期待してはいけない。


「それでは、今日の授業はここまでです。基本的に授業は午前中だけなので、午後は死なない程度に自由行動です」

「うわぁい、死なない程度のあたりにリアリティを感じてしまうこの学園よ」

「死んでも気合いで復帰できる人ならば、死んでも構いませんよ。現状、昨日死んでしまった新入生たちは、蘇生後、未だに意識が戻っていませんが」

「それって意志力の問題なんですかね!」

「気合いがあれば大抵、何とかなります。とはいえ、何をするにも資金が必要でしょう」


 三上先生から銀色のカードが俺たちに手渡された。見ると、それには『ヴァルギルス銀行』と文字が書かれており、その他には翻訳されない幾何学的な模様が刻まれている。


「学園側からの支給金が始まりましたので、その現金カードで銀行から必要な額を引き出してください。銀行の窓口で頼めば、通帳も作ってくれます。一応、本人以外は使用できないようにカードには防犯魔術が使用されていますが、再発行は手続きが大変なので出来る限り無くさないように」

「「ひゃっほう!」」

「羽目を外し過ぎて、後で困窮しないように」


 現金カードを貰った俺と三津木は、露骨にはしゃぎ回った。

 それはもう、何せ、現金で十万円である。しかも、生活費は別。仮に、テンションに任せて使い過ぎてしまっても、命の保証だけはされるのだ。こんな好待遇で喜ばない方がおかしい。


「十万円だぜ、三津木ぃ!」

「十万円だな、鈴木ぃ!」

「何買う? 何買う!?」

「あー、とりあえず、服? 後は、化粧品とか……」

「あははは、女子かよぉ! 俺は思い切って、外食しようかな! なんかすごい飯がありそうじゃん、この学園!」

「あー、俺は基本的に寮の飯で満たされているから。つか、ぶっちゃけ、外食するのに慣れてないしなぁ、俺」

「そっかぁ。まー、俺も昼食は寮に戻って食うけど。夜はジェーン婆さんに断ってから、外食かねぇ? 色々とコネクションを増やしに行くのだよ」

「クール系の見かけによらず、行動派だねぇ、鈴木」

「ふふふ、外はクール。中身はホットの男なんだぜ」

「はははは、なんだそれー」


 俺と三津木は、十万円という支給額に胸をときめかせながら寮に戻っていく。

 無論、頭の中は幸せな買い物計画で一杯だ。この学園内に存在する繁華街での物価は、さほど高くない。もちろん、魔法の触媒や高級な魔導具などを買うのには不足だが、それでも、日常を彩るあれやこれやを買うには充分過ぎる値段だ。

 そう、俺たちは浮かれていた――――寮の前で倒れ伏す、神薙を見つけるまでは。


「よ、よお、お前ら…………後で、授業のノート、取らせて、く、れ……ぐふっ」

「「か、神薙ぃいいいいいいいい!!?」」


 ギャルゲー主人公的なイケメン男子は、寮の庭先で倒れていた。

 しかも、割と腹部が真っ赤に染まっているのだから、さぁ、大変。

 俺は即座に、ジェーン婆さんを呼びに寮内へ。三津木は虚ろ覚えの知識ながらも、応急処置を施そうと駆け寄っていた。


「なんだい、騒がしいね、クソガキども」

「ジェーン婆さん! 回復魔術! 回復魔術とか使えない!? 神薙が腹部から血を!」

「誰か! 誰か止血と、輸血の準備を! ガチでやばい!」

「…………まったく、その程度で騒ぐんじゃないよ、クソガキども」


 俺たちの狼狽とは裏腹に、ジェーン婆さんの声は落ち着きの払った物だった。


「手を貸しな、水の精霊。清浄なる癒しの雫を、さっさと生み出せ」


 それが魔術だったのか、それとも、もっと系統の異なる何かだったのか、俺たちに判別は付かなかった。けれど、結果としてそれは俺たちにとって奇跡に等しい何かに見えた。

 ジェーン婆さんが指先を神薙へと向けると、虚空から湧き出るように無色の雫が生まれた。それは、神薙の腹部の上から零れ落ちて行き、まったく間にその傷を癒していく。

 気づけば、数秒も経たない間に血が止まり、服に付いた赤色さえも綺麗に洗浄されていた。


「ふん、これで充分だ。さぁ、クソガキども、さっさとその馬鹿を運びな……飯にするよ」

「「りょ、了解でありますっ!!」」

「何をかしこまっているんだい、馬鹿らしい」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、食堂に向かって行くジェーン婆さんの背を俺たちは追いかけた。

 恐らく、この時の俺たちは純粋な子供のように目を輝かせていたのだろう。何せ、こんな如何にもな魔術を、奇跡を見せられたんだ。未だ、浪漫を捨てきれないクソガキである俺たちが、憧れないはずがなかったのだ。


「ふ、ふふふ、気を付けろ、二人とも……この学園では、美形は大抵、地雷だ……」

「そして、お前は一体、何があったんだよ?」


 なお、神薙は俺が担いで食堂まで連れて行きました。

 軽く諦めていたけど、生きていてよかったぞ、ご同輩。



●●●



 学園島には、四つの区画が存在する。

 まず一つ目、校舎及び、学園内の公共施設などが集められた公共エリア。

 二つ目、学生寮やマンションなど、学生たちの住居が集合している居住エリア。

 三つ目に、学園内の食糧供給を担っている農業エリア。

 最後の四つ目が、学園内での商売が許された繁華街、商業エリア。

 大体、公共エリアを中心に、三つの区画が囲っているような地図の形になる。どのエリアからでも、直ぐに講義を受けに行けるようにとの配慮として、この区分けになっているらしい。


 その証拠に、魔導電車やバスなどの交通網は公共エリアを中心として蜘蛛の巣状に広がっている。さながら、この島自体が一つの都市であるかのように。

 いや、名実共にここは都市国家なのかもしれない。

 何故ならば、この学園内においては法律や主義、思想も学生を縛らない。校則はある物の、人を殺してもなお退学処分にならない校則に、さほどの意味があるとは思えなかった。

 ただ、それは即ちこの学園が無法地帯であることとイコールにはならない。


「…………おぉ、壮観だなぁ」


 俺は銀行で三万円分の貨幣を下ろしてくると、そのまま商業エリアの繁華街へと足を運んだ。

 時間帯は少しばかり、陽が傾き始めたぐらいだ。当然、このくらいの時間帯ならば人も多い。雑踏と人の話し声、店頭なら流れるメロディーが混じり合い、混沌としたざわめきが俺の鼓膜を揺らしていた。


「さながら、お祭りだ」


 繁華街には様々な店が、様々な言語で書かれた看板を掲げていた。それらの看板は、一瞬後に俺の脳内で翻訳され、料理店、喫茶店、スポーツ用品や、本、雑貨屋など、数多の種類の店名を教えてくれる。

 加えて、繁華街の一角はフリーマーケットとして開放されており、学生たちがさまざまな品を持ち寄って、商売のやり取りをしている。

 中には、等身大の動く西洋人形なども取り扱っている場所や、『惚れ薬』やら『性転換薬』など、怪しげな魔法薬を売り出している場所もあった。

 まさに、混沌。

 驚くべきは、この繁華街ではこれが日常風景ということか。


「さぁて、どうするかね」


 俺はざっと繁華街を歩き回って、一つの結論を出した。

 うん、これは素人が下手に手を出したら、そのまま有り金を毟られるような商人どもの坩堝であると。何せ、活気が物凄い。かなりファンタジーな光景なのに、一歩踏み込んでみるとがっつりと生々しい商談がそこかしこから聞こえてくるのだ。


 特に、学生同士でやり取りするフリーマーケットでは値切り交渉は当たり前。競合すればオークション。足りない金を補うために、物々交換など、もう滅茶苦茶だ。

 滅茶苦茶であるのだが、どの学生もこちらを圧倒するような熱意で商売をしている。これでは、生半可な覚悟の俺ではただの餌だ。

 ならば、普通の店に入ればいいじゃないかと思うかもしれないが、それでは面白味が少ない。わざわざ学生服まで着て、奇異の視線を集めているのだ。多少なりとも冒険して、楽しみたい。だが、ぼったくられるのは御免だ。


「……困ったときは、テンプレ行動だよな、やっぱり」


 だから、まずはコネクションを作ろうと思う。

 必要なのは、学園内の先輩。それも、この手の事情に詳しそうな学生である。

 ならば、多少なりともアンダーグラウンドな場所に足を踏み入れるのは、必要なリスクだ。


「異世界に行ったら、まずはギルドに、ってね」


 俺が読んでいたネット小説では、異世界には冒険者たちがたくさんいて、その冒険者たちの仲介をしていたのが冒険者ギルドという組織だった。その冒険者ギルドには、AやBなどというランク付けがされているのが定番だ。実績に応じて、主人公のランクがぽんぽん上がっていく様は読んでいて爽快だった記憶がある。


 だが、俺が向かうのは冒険者ギルドでは無く、学生ギルドだ。というか、そもそもこの天球における冒険者は、地球におけるユーなチューバーポジションなのだが、それはさておき。

 学生ギルドというのは、学生同士の依頼を仲介する組織である。多分、自治体。だって、学園説明に詳しく書いてなかったし。なんかこう、課題の手伝いだったり、部屋の片づけを手伝ってー、だったり、共同研究やりませんかー? という依頼を掲示板に貼り付けて、それを見た学生たちが依頼を受けて、報酬をもらうというやり取りを問題なくやり取りするための組織のようだ。


 何故、仲介者であるギルドが必要なのかというと、基本的に学園側は学生たちのやり取りに不干渉なので、詐欺や報酬の不払いなどが起きやすく、それを防ぐために学生たちが自主的に運営しているのが学生ギルドらしい。

 無法であっても、無秩序ではない。

 人が集まればルールが生まれるという現象を象徴するかのような組織だ。


「こんにちはー、新入生でーす」



 俺は酒場の入り口で元気よく挨拶して、店内へと足を踏み入れた。

 学園ギルドは、繁華街の中でもひときわ大きな酒場で運営されている。天球内では普通に、学生でも飲酒オッケーなのだ。そして、学生同士の交流の場でもあるので、食事も充実している…………と店頭でキャッチの人に説明されたので、夕食がてらギルドに寄る予定を立てていたのだ。


「お、異世界人?」

「地球人だっけか?」

「珍しい服だな」

「あっちでは人間全員ヒューマンとか、マジかよ」

「気を付けろ? サムラーイだと、目が合った瞬間、切り捨てられるぞ」


 店内の学生たちが酒を片手に、勝手に騒ぎ立てる。

 物珍しい地球人である俺の行動を肴に酒を飲むようだ。それでいい。まずは、俺が注目を集めなければ何も始まらない。

 そのための学生服であり、そのための店頭での挨拶だ。

 俺は密かににやけつつ、真っ直ぐ店内のカウンターへ。


「すみません、新入生の鈴木春尾という者なのですが、ギルドに登録をお願いします。ええと、できればその、色々説明をお願いしたいんですが」

「はいはーい、まかせてニャー」


 俺が声を掛けると、猫耳のお姉さん――ワーキャットのウエイトレスさんがやって来た。勝気な瞳に、可愛らしい形の猫耳。小柄な身長。

 うーん、どこかで見たことがあるような?


「はーい、学生証を確認しますニャー。判別術式でー、んー、ちゃんと本人ですニャー。はい、じゃあ、これがギルドカードですニャー。特にランクとかは無いけど、依頼を成功した数とか、実績とかが暗号化されて乗るので真面目に働くことをお勧めするニャー」

「はい、わかりました…………うん、なんかこう、思っていたのと違うと言うか、こう、自動車の免許証みたいな……」

「そんなもんだニャー」

「そんなもんかー」


 名前とか生年月日とか、種族とか、学年とか、そういう一通りの内容がギルドカードに書かれている。そして、顔写真も載っているので、ほぼ免許証みたいな外見だ。こう、利便性重視は良いのだけれど、もうちょっとファンタジー的なスタイリッシュさが欲しかったぜ。


「店の掲示板に貼り付けられている依頼表を持ってきて、ギルドカードと一緒に受付に申請すればオッケー! ギルドの使い方なんて、簡単ニャ!」

「おお、確かに、簡単ですな」

「たーだーし! 明らかに実力に合っていない奴とか、依頼表に書かれている条件を満たしていない人は受付の時点で弾くニャー。ほら、例えば【回復魔術使える人希望】とか。【ゴーレム作成技術のある人希望】とか」

「ほうほう」


 さすが、ファンタジー世界の依頼表。地球人の俺がこなせそうな奴はほぼ無いな。というか、あったとしてもこれは、雑用程度になりそうだ。


「まー、最初は私たちウエイトレスが、新人さんに合った依頼を選ぶから、信頼して任せて欲しいニャー。あっちのでっかい掲示板に貼り付けられているのは、報酬の大きい奴で、報酬の小さい奴は掲示板に乗せずに新人さんに回しているから」

「あ、じゃあ、俺もそれでお願いします。とりあえず、今の俺でも出来そうな事ありますか?」

「ふっふっふ、もちろんあるニャ! というか、私からの依頼なんだけど」

「お姉さんからの?」


 ウエイトレスのお姉さんは、可愛らしくウインクをして言葉を続ける。


「依頼内容は、『地球人と一緒にデートしてみたい!』ニャー。条件は【地球の人限定】。地球からの新入生なんでしょ、君? 良ければ、あちらの話を色々と聞かせて欲しいな。報酬は、ここの一番良い食事のセットを一つでどうかニャ?」

「はっはっは、可愛らしいお姉さんからの依頼を断る地球人は居ませんとも」


 俺は微笑んで、ウエイトレスのお姉さんの依頼を快諾した。

 なんだろう、この流れ? 来ているのかもしれない、俺の異世界ドリームの流れが。こう、さながらネット小説のようなサクセスストーリーが、可愛らしいワーキャットのお姉さんとの出会いから始まる、そんな気がする。

 いや、そんなことどうでもいい! とにかく、可愛いお姉さんとのデートだ!


「よかった。私、ギルドの仕事はもう、これで上がりだから。ちょっと待っていてニャー。準備したら一緒に行こ?」

「超待ちます」


 柔らかな笑みを浮かべると、ひらひらと手を振ってウエイトレスのお姉さんがカウンターの奥へと引っ込んでいく。

 いやぁ、学生服を着ていてよかったなぁ。例え、地球人だからという前提条件が付いても、ここからお姉さんとの交流を深めていけばいいわけだし、うん。


「……おい、誰か教えてやれよ」

「嫌だよ、死にたくない」

「可哀そうに」

「まだ、この学園の暗黙のルールを知らないから……」

「こんなことをしているから、地球人が来ないんじゃない?」


 なお、この時の俺は周囲の学生たちが不穏な会話をしていることも知らなかった。耳に入ってきても、都合のいい頭が情報をシャットダウンしていた。

 可愛い猫耳のお姉さんとのデートという素晴らしい未来が、俺の頭を馬鹿にさせていたのだ。


「お待たせ♪ さぁ、鈴木君、行こ?」


 私服に着替えて戻って来たウエイトレスのお姉さんが、微笑んで俺に手を差し出す。

 ふふふ、まさかこんな少年向けの恋愛漫画みたいな展開があるなんて。


「行きまーす、うへへへ。あ、そういえば、お姉さん、お名前は?」

「ミハネ。姉の名前はアティーシャ。姉妹合わせて、よろしくニャー」

「はい! ミハネさん!」


 俺はウエイトレスのお姉さんから差し出された手を握り、そのまま酒場の外へ。

 これは思わぬ収穫だ。まさか、コネクションを求めてやってきたら、いきなりこんな可愛らしいお姉さんと、デートが出来るなんて、こんな、『可愛らしい』お姉さん……んん?

 そういえば、神薙が美形には気を付けろとか言っていたけど、まぁ、考えすぎだよな!


「あ、鈴木君。そのまま、体重を私に預けて?」

「ふふふ、ミハネさん、こんなところで大胆――――んなぁっ!?」

「いよっと」


 考えすぎでは無かったかもしれない。

 俺は足払いを掛けられて、強制的に体重をミハネさんに預ける形に。ミハネさんはその華奢な肉体に似合わぬ力で俺の体を抱えて、そのまま跳躍。酒場の屋根を悠々と超えて、地面から十メートル以上も高く跳んだ。


「フィーネ!」

『KRuuuuu!!』


 さらに、ミハネさんの呼び声に応えた謎の影が、跳躍したミハネさんを俺ごと、その大きな背で受け止める。

 ふかふかの羽毛の感触に、眼前に広がる白と茶色のまだら模様の翼。

 うーん、これはあれですね、つい最近体験したパターンですね。


「姉さんから聞いてて、気になってたの。地球人なのに、姉さんのドラゴンライディングに付いて行ける男の子が居るって……だからね、鈴木君。実は私、昨日からずっと貴方の事をデートに誘いたかったの、ふふふ♪」

「すみません、死にたくありません」

「大丈夫、大丈夫よ、鈴木君……死ぬときは一緒だから寂しくないニャー」

『KRu!』

「あああああああああああああ!」


 既視感と共に感じる、急速な上昇による内臓への負担。

 無我夢中に抱き付いた相手の、体温の暖かさ。

 俺は、この後の展開を知っている。


「さぁ! グリフォンライダーである私が、最高のデートを見せてあげるニャー!」

「空間跳躍飛行は! あれだけは勘弁を!」

「にゃははははは! もっと強く抱き付いて! 骨が軋むぐらいに!」

「わぁい、俺、女の人にこんなに強く求められるのは二度目ぇ!!」

「だって、姉妹だもん♪」


 俺は生存本能のままに、ミハネさんに全力で抱き付く。

 おかしいな、猫耳美女姉妹に連日抱き付くという幸せな体験をしているはずなのに、耐えがたい恐怖が記憶を塗りつぶしてくるんだが?


「にゃはっ! じゃあ、まずは軽ーく、世界一周旅行へ! 領空なんて知ったことか! 全てを置き去りにして、飛べ! 私の翼ぁ!!」

『KRuuuuuu!!』


 俺の知らない所で、世界一周旅行のRTAが始まってやがる。

 ちくしょう、もうどうせ逃げられないんだ。今更、下ろしてくれと泣き叫ぶのも格好悪すぎる。なら、せめて命を懸けて格好つけてやるさ!

 俺はミハネさんに抱き付いたまま、精一杯の強がりを叫ぶ。


「上等だぁ!! 付き合えばいいんだろ、最後までぇ!! 連れて行けよ、俺を音速の向こう側へ!!」

「ひゅう♪ さっすが、お姉ちゃんが見込んだ男の子ぉ!」


 ここから俺の記憶は曖昧になる。

 意気揚々と何かを語るミハネさんに、ハイテンションが吹っ切れた状態で何かの言葉を返す俺。眼下に広がるのは、空に浮かぶ城塞だったり、動く森林だったり、俺の常識を超えた光景だった。

 いや、もしかしたらそれは、極限状態で見た俺の妄想かもしれない。

 けれど、ただ一つ言えることは――――俺たちは音速の壁を超えて、その向こう側に辿り着いた。

 それだけは、曖昧な記憶の中でもはっきりと覚えていたのだ。


「こらぁあああっ! そこの暴走グリフォン! 止まりなさい! 音速超過飛行は止めなさい!」

「やっべー、ポリ公ニャ! 逃げろ逃げろ!」


 飛行中の大半が、国家機関からの逃避行だったから。

次の更新は気が向いたら。

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