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第2話 魔力を測定する感じのアレ

「おぼろろろろろろろ……」


 俺は便器に吐しゃ物を吐きつつ、猛烈に後悔していた。

 舐めていた、正直、意外と何とかなるじゃん、と中盤は思っていた。けれど、終盤辺りはもう完全にグロッキーだった。あれだ、翼竜は人が乗るべき物ではない。少なくとも、訓練を受けていない一般人は乗ってはいけない騎獣だと思う。なんかもう、三半規管がやばいとか、そういう問題じゃないの。音速の壁を超えたあたりで、どうして自分が生きているのかよくわからなくなったもん。多分、何らかの魔術を使って保護されていたんだろうなぁ、とは思うけど。


「……く、薬、全部、吐き切ったら、薬を飲む……」


 俺は個室のトイレで、ハッカの匂いのする飴玉っぽい何かを噛み砕く。バスガイドのお姉さん曰く、これは噛み砕きながら嚥下する薬らしい。

 がりごりと、必死で飴玉を噛み砕くと、すっ、と奇妙な爽快感が喉から鼻腔へ抜けていく。唾液が絡まると、それはハッカとレモンが混ざったような味がした。


「…………ふぅ、生き返ったぜ」


 十数分の休憩時間を経て、ようやく俺はトイレから脱出することが出来た。一時期は、このトイレの住人になる事すら覚悟したのだが、やはり薬が効いたのだろう。きっちりと、最後までケアしてくれるバスガイドのお姉さんは流石だが、せめて、もう少し安全な飛行で送り届けて欲しいと思うのだ。


「ここに着いた途端、警備員に囲まれて捕まっていたからな、あのお姉さん。なんかこう、天球の交通法とかの違反で」


 ちなみに、最後まで高笑いを続けたお姉さんは警備員に捕縛された後、もう一体、別の翼竜をどこからか召喚。そのまま、場を混乱させて、まんまと逃げだしたと警備員さんから報告を受けている。警備員さんは涙目でした。


「さて、何はともあれ、目的地には着いたしな。さっさと集合場所に行くとしようか」


 俺が翼竜に乗せられて連れてこられたのは、地球と隣り合いながらも、別空間に存在している天球という世界。その天球の、どこぞのでっかい大陸から少し離れた場所にある東京都ぐらいの大きさの島だった。

 そして、俺はその島の港に居る。

 もっとも、港というよりも、空港と言った方が正しいかもしれない。この島には船では辿り着くことが出来ないらしく、俺のように空輸か、転移ゲートを用いた移動がスタンダードだと警備員さんから説明を受けた。


 後、翼竜による空間跳躍飛行は、地球で言うのなら高速道路を時速百二十キロで自転車がシャカシャカ疾走するレベルの交通法違反だとも。うん、意味不明以前に不可能だろうとツッコミたいのだが、実現してしまったのだから、仕方ない。


「ええと、ヴァルギルス学園、ヴァルギルス学園、新入生御一行、日本枠は……と、あれか」


 俺は多種多様な人種が交差するエントランスホールを抜けて、ロビーの方へ向かう。

 ワーウルフ。ワーキャット。ドラゴニュート。スライム。そして、ヒューマン。地球の人種差別が馬鹿らしくなるほどの多種多様さに苦笑しつつ、俺は自分と近しい姿形の集団の下へと足早に歩いて行った。


「いやぁ、お待たせしました。ええと、ヴァルギルス学園、新入生日本枠で良いんですよね?」

「はい。その通りです、鈴木春尾君。貴方が最後です」


 俺の言葉に応えたのは、黒いスーツを着た短髪の日本人女性だ。恐らく、二十代前半ぐらいのクールビューティである。政府側の道案内人かな?


「男子が二十九人。女子が十一人。総勢、四十人の新入生になります。ええ、こちらが要求した枠ギリギリを満たした数ではありますが、契約上、問題ありません。それでは、我らが学園に案内しましょう。着いてきてください」

「はぁい」


 なんと、返事をしたのは俺だけである。他の三十九人の学生の元気が無い。まるで、十三階段を昇る死刑囚の様だ。

 というか、このスーツのお姉さん、学園側かよ。政府側の見送りは無しかよ。とことん、扱いが生贄染みているなぁ、俺たちは。


「そういえば、お姉さん。お名前は?」

三上みかみ 京子きょうこと申します、鈴木君」

「学園側の人なんですかー?」

「はい、そうです」

「…………ご出身はこちら側で?」

「プライベートに関する質問は受け付けておりません」


 後を着いていく間、質問を重ねてみるが、スーツのお姉さん――三上先生との会話は驚くほど弾まない。表情も、声のトーンもほとんど変化しないので、人に良く似たサイボーグと会話しているような気分になるぜ。


「さて、ここが第一校舎への転移ゲートとなります」


 羊飼いに連れられて行く羊の如く移動すること、数分。俺たち新入生は転移ゲートとやらの前までやって来た。


「このターミナルは、『学園島』内での移動に良く使われますので、案内板をよく見て、間違えないように利用してください」


 三上先生は淡々と説明しているが、俺の中では戸惑いが生まれていた。

 そう、転移ゲートと紹介されたそれは、なんというか、ゲートというか、大きな篝火だったのである。ゆらゆらと揺らめく、熱を感じない蒼炎が、四方を石柱で囲まれている。

 それは、今まで見ていた現代的な空港のような内装に比べて、一気にオカルト染みているというか、原始的なシャーマニズムを感じる代物だった。


「この転移ゲートを潜れば、直ぐに健康診断がありますので、転移先では勝手に動き回らず、整列してお待ちください」

「…………三上先生。ひょっとして、この青白い炎の中に突っ込む感じですか?」

「はい、そうです」

「燃えませんか?」

「燃えません」


 どうやら、炎の中に突っ込んでも燃えないようだ。

 確かに、熱は感じないが、視覚的なビジュアルからしてかなりの抵抗がある。比較的に元気な俺でさえそうなのだから、他の新入生もさぞかし…………って、あれ? 皆さん、俺を差し置いてさっさと炎の中に消えて行っていますよ? 何その、度胸。


「鈴木君、何を驚いているのですか? こちらに来る際、似たような物を潜ったでしょう?」

「あ、いえ、自分は猫耳バスガイドのお姉さんに、翼竜で輸送されました」

「…………不憫な」

「憐れまれた!?」


 鉄仮面が如き無表情クールビューティに、憐れまれたぞ、おい。どれだけ評判がアレなんだよ、バスガイドのお姉さん。


「ま、まぁ、無事に着きましたし! 良い体験させてもらったので、問題無しですよ!」

「やけくそでも、そのように言える精神性は評価します。では、残りは私たちだけなので、生きますよ、鈴木君」

「うぃーっす」


 俺は三上先生と共に、転移ゲートの炎の中に足を踏み入れる。

 一瞬の浮遊感と、視界が真っ青に染まる以外は何も感じない。熱も、衝撃も感じず、踏み入れたとほぼ同時に、違う場所へ転移されていた。

 さながら、漫画の場面転換のように、あっさりと、何事もない様に。


「…………釈然としない」


 いや、別にいいんだけどね? ワイバーン楽しかったし。バスガイドのお姉さんに思いっきり抱き付けたし、むしろ、プラスマイナスで行くとプラスよ、現状。そうさ、軽く死にそうなほどの乗り物酔いを体験したぐらい、何でもないさ。


「さて、これから健康診断を始めます。各自、看護師の案内に従ってそれぞれの測定器具の前まで移動するように」


 ちなみに、転移先は学校の体育館ぐらいの大きさの運動場だった。

 こちらへの配慮のためか、全てヒューマンで構成された看護師陣が、それぞれの測定器具の前に待機している。どうやら、ここで俺たちの健康状態、及び、色々な素質を測ることになるらしい。


「ふ、ふふふ、来たか、この時が」


 俺はジーンズのポケットに入れた、綺麗な石を撫でつつ、湧き上がる興奮を抑える。

 いける。【世界接合】の際、超重要人物とエンカウントした運命力を持つ俺ならば、この流れならば、いける! 何かしら、秘めたる力の一つや二つ、見つかる流れだ! ネット小説で見た流れだぞ、これは!


「参ったな、まったく。今までうまく隠して来たつもりだけど、こんなところで、実力の一端を衆目に晒すことになるなんて」


 まったく、根拠は無いが、欠片も存在しないが……俺は自信に溢れた笑みを浮かべた。

 さぁ、俺の中の隠された能力よ! その姿を露にするがいい!



●●●



「保有魔力はゼロ。ま、地球人なら九割九分こんな感じですんで」

「あ、はい」

「身体能力に問題ありませんね。はい、次に行ってください」

「はい」

「潜在している病気の類はありません。おめでとうございます、完全な健康体ですよ」

「ありがとうございます」


 健康診断、及び、素質の測定はスムーズに進み、十五分ほどで終わった。

 結果は、完全な健康体。そして、魔力とか、超能力とか、そういう素質がゼロだということが分かりました、ええ――――知ってた。


「ふふふ、そうだよな、そりゃそうだよな……今まで生きて来て、何一つ疑問が生まれない普通の人生だったもの」


 特別なシュチエーションを体験したからと言って、特別な自分であるとは限らない。つまりはそういう事だ。というか、俺も含めた新入生のほとんどは、俺と同じ魔力ゼロの素質ゼロの健康体である。あ、たまに栄養が足りていない感じの人も居るらしい……現代日本でどれほど追い詰められた人生を送ってきたのだろうか?


「んお? 魔力測定器がぶっ壊れましたねー」

「あ、珍しい、地球人の割には結構な魔力量」

「こういう事もあるんだねぇ。はい、エルフ用の魔力測定器握ってー」


 なお、特別な魔力量の持ち主が一人居たが、普通に驚かれて、普通に対応されて終わっていた。特別な人間だからと言って、特別な反応をされるとも限らないというか、天球のハードルが高すぎる気がするんですよ。


「…………いいなぁ、あいつ、魔力持ちとか」

「優遇されるんだろなぁ」

「魔力持ちだと、支援額が一気に上がるんだろ?」

「くそ、何で俺は素質ゼロなんだよ……せめて、少しでもあれば、借金が……」


 そして、当然の如く、新入生の大半が、魔力持ちの少年を妬み始める。わぁい、多数派による露骨な差別が始まったぞぉ。こうして、魔女裁判とかが始まったり、少数派が排除されていくんだろうなぁ。

 俺としてはどちらにも関わりたくないので、集団から少し離れた場所でのんびりと休憩中で御座います。あ、隣には死んだ目のチャラ男が居ます。なんか、妹の写真らしき物を何度もポケットから取り出して、自分を励ましている模様です。闇が深い人間が多いな、新入生。


「健康診断が終わった者から、案内に従って教室に行ってください」


 三上先生は、有象無象の感情などまるで意に介さず、淡々と指示を出す。

 健康診断の終えた新入生は、小魚の群れの如くぞろぞろと一塊になって移動し始めた。魔力持ちの少年と、俺、チャラ男はその集団から離れて、微妙な距離感で追随中。懐かしいな、この絶妙な仲間外れ同士の微妙な距離感。中学時代を思い出すぜ。


「移動中の注意ですが、稀に――――ふむ」


 三上先生は途中で説明の言葉を止めると、同時に無言で片手を上げる。


「んー?」


 俺はその仕草を疑問に思いながらも、背筋に嫌な悪寒が奔ったので、とっさにしゃがみ込む。隣のチャラ男が手の届く距離に居たので、ついでに襟首を掴んで無理やり引きずり下ろす。魔力持ちの少年は、俺の手が届かないので自助努力で。


「んがっ!? おま、何す――――る?」


 チャラ男が抗議の声を上げるが、それすらも途切れさせる、甲高い音が一つ。

 きんっ、という氷が割れるような音と共に、視界が……いや、体育館がずれた。しゃがみ込んだ俺の頭二つ分ぐらい上から、全てが斜めにずれていく。


「はははは! はははははっ!! もう少し、戯れようぞ、青の鬼神っ!」

『ガァアアアアアアアッ!!!』


 哄笑と、咆哮。

 それと、肌が震えるほどの衝撃の波が幾つも、無数に重ねられて。

 この体育館が、何者かによって斜めに、右袈裟に切断されたというのに気づいたのは、嵐のような二つの声が消え去ってからだ。

 たった数秒の間の出来事だったが、まさしく天災の如く、右袈裟に崩れ落ちて体育館の大部分が強制的にオープンブレイク。コバルトブルーの青空が良く見える。

 まぁ、俺の周りは鮮血と臓物に塗れた悲惨な有り様になっているわけなのだが。

 どうやら、先ほどの切断を回避できなかった大多数の新入生は、上半身と下半身が泣き別れしてしまったらしい。ほぼ即死だったのが、不幸中の幸いだろう。


「おぼぉえっ!」

「な、なんだよこれ、なんなんだよ!?」


 新入生で無事なのは、俺とチャラ男、後は自力で回避した魔力持ちの少年の三人だけである。凄いな、魔力持ちの少年、ここまでまるで主人公の如き動きだ、期待できるぜ。



「このように、稀に超人共の諍いに巻き込まれて死ぬ場合があるので、注意するように。生き残った者は、このまま教室に向かってください。死んだ生徒は保健室でリスポーンする仕様になっているので問題ありません」

「あ、はい」


 ちなみに、三上先生は普通に片手で切断をガードして無事でした。どうしてガードできたのかとか、そういう原理はさっぱりだけど、明らかに常人じゃないな、この人。


「大丈夫? チャラ男君。ほら、背中擦ってあげるから、さっさと落ち着いて教室に行こうぜ」

「う、うおえええ……人が、人が、死……」

「大丈夫さ! 保健室で蘇る!」


 恐慌状態に陥っているチャラ男を、隣に居たよしみで介護する俺。

 この島内……つまり、学園内に居る間は、どれだけ無惨な死に方をしても、死に切らない。肉体は保健室で再構成されて、強制的に現世に留まらせた魂を再ぶち込み、瞬く間にリスポーンされる仕組みになっているらしい。どれだけ学園内で超人共が暴れても、絶対に命だけは保証するのがこの学園の特徴の一つ。そういう風に入学前のパンフレットに書いていたが、まさか、マジだったとは。

 ふふふ、命がやすーい。


「…………なぁ、お前は何で平気なの?」

「んん? 田舎出身で、家畜の解体経験があるからかもしれんね!」

「そっかぁ」


 魔力持ちの少年は、この惨状を見ても平静を保てている俺に対して、ドン引きしていた。

 言っておくが、チャラ男の反応が普通で、お前も大概だからな、主人公野郎め。


「ともあれ、生き残った三人でしばらくは仲良くやろうぜ。俺は神薙。神薙かんなぎ 俊也しゅんやだ。よろしく頼む」

「鈴木春尾だぜ、どうぞ、よろしく」

「…………う、うえ、み、三津木みつぎ 礼二れいじだ、う、げ……」

「「無理すんなよ、三津木」」


 俺と神薙は、三津木に肩を貸してやりながらなんとか歩き出す。

 先ほどの切断を普通に回避していた看護師たちが、新入生の死体を掃除している姿を横目に、俺たちは、何事も無かったかのように三上先生の後を追ってほぼ全壊状態の体育館を脱出した。


「ひどい場所だな、ここ」

「今の所、反論の余地がないなぁ」


 苦々しく言葉を吐き捨てる神薙に、俺も同調して苦笑する。

 これから最低三年間、この学園内で過ごしていけるのか先行きが不安過ぎる現状だった。


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