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プロローグ 世界接合

 世界が変わる瞬間を、見たことがあるだろうか?

 俺は、ある。


「質問。ここは日本だろうか?」

「…………は?」


 学校からの帰り道。

 俺はいつも通り、適当に古本屋で百円セールの安い文庫本を買いあさってから、だらだらと自宅に向かっていた所だった。

 俺の地元は、それはもう田舎で、コンビニなど存在しないほど過疎っている村だ。精々、週刊誌を少し早めに売ってくれる雑貨店があるぐらいだ。後は田んぼしかねぇ。

 だから、偶然かもしれないが、俺が『それ』と出会ったのはちょうど、周囲に誰も人が居ないような薄闇の中だった。


「に、日本ですが……ええと、貴方はどちらの頭の残念なコスプレイヤー様ですか? 一応、イベントの時以外のコスプレは悪目立ちするので良くないですよ?」

「回答感謝する。そして、少し、待て」


 『それ』を一言で表すのならば、『エルフ』だった。

 永久凍土の朝を切り取ったかのような、輝く銀髪に、鮮血よりも鮮やかな赤い瞳。その肌は極上のシルクよりも滑らかで、穢れ無き白雪よりもなお、白い。しかも、耳が尖っている。纏う服も、まるでファンタジー世界の隠者の如き土色のローブ。

 自分で言っておきながら、コスプレと疑うには『それ』はあまりにも現実離れした存在だった。

 現実を超越するほど美しく、圧倒的な美少女だった。


「私は、お前の言う『コスプレイヤー』ではない。言語検索の結果、適した言葉で当てはめるのならば、神か、異世界人である」

「え、は? いや、その――」

「エルフは定義が別れているので、適していない」

「エルフでは無いんだ!?」


 こんなにもエルフっぽい耳なのに?

 いや、そんなことは置いといて。なんだろう、こいつは? 明らかに、存在がおかしい。なんで、こんな日本のド田舎の村によくわからないやばいのが現れているんだよ? 田舎の田園風景の中にエルフ出現とか、意味わかんねぇぞ?


「重ねて、質問。この国の体制における権力の集中地帯は?」

「権力の集中地帯? ええと、国会議事堂とか?」

「それは、何処にあるだろうか?」

「ちょ、ちょいと待ってくれ。ええと……」


 俺はスマートフォンを取り出して、検索機能を使いながら一生懸命、国会議事堂の場所に関して説明する。さながら、観光名所を探す外国人へ説明する地元民の如く。

 あれ? そういえば、こいつ、異世界人とかよくわからないこと言っている癖に、妙に日本語が上手だな。変な訛りすらなく、綺麗な標準日本語だ。日本人離れした美貌……いや、文字通り人間離れしている美貌の癖に。


「なるほど。説明、感謝する」

「ど、どうしたしまして?」


 自称異世界人は、無表情のまま頷くと、ローブの懐から何やら水色の透き通った固形物を渡してくる。見た目は宝石というよりは、子供が精一杯探して見つけた、綺麗な石という感じではあるが、なんだろう、これ?


「これは、お礼だ」

「ありがとうございます。ええと、その、これは? 賢者の石とか、そういうアイテム?」

「綺麗な石だ」

「綺麗な石」

「触ると、すべすべ、つるつるでとても気分が良い。落ち着く」

「なるほど」


 俺は、綺麗な石を手に入れた。

 …………いや、うん、本気で期待していたわけじゃないけどさ、もっと、こうさぁ。


「少年、名前は?」

「あ、はい。鈴木すずき 春尾はるおです。高校一年生になったばかりの、どこにでも居るようなクール系男子なんで、どうぞ、よろしく」

「ふむ、分かった。覚えておこう、鈴木春尾」


 やはり、無表情のまま頷く、自称異世界人。

 うっかり、問われるままに本名を答えてしまったが、大丈夫だろうか? いや、害は無さそうというか、そもそも、人間かどうか怪しい相手だもんなぁ、どうしようね、これ。

 いや、本当にどうしようかね?

 ――――そろそろ、どんどん薄闇の空から出現する巨影に目を逸らすのも、限界が来ているしなぁ、まったく。


「私はレーナ・ヴァルギルス。第六の超越者にして、世界調停者だ。糸を手繰る奇縁の導きがあれば、また会おう」


 自称異世界人――否、本物だった彼女はローブを翻して俺の前から立ち去った。

 薄闇の中で、音も無く羽ばたく巨影を、無数の巨影を引き連れて。

 春の薄闇の中に、溶けるようにして姿を消した。


「…………」


 まるで、白昼夢のような出来事。

 されど、俺の手の中にはきちんと、綺麗な色の石が握られている。

 うわぁい、つるつるのすべすべだぁ。


「落ち着いた。うん、さっさと家に帰って、飯食って寝よう」


 こうして、俺と超越者の遭遇は終わった。

 恐らくは、異世界人と現地人の初めての交流だったと思う。思うのだが、きっと、これは世界にとっては全然意味のない邂逅だったのだろう。

 ここで、俺と彼女が会話しようがしまいが、世界の流れは変わらなくて。

 でも、俺にとってはこの邂逅は少しだけありがたい物だった。


『えー、日本国民の皆さん、落ち着いて聞いてください――――実は、異世界人は居ました』


 何故なら、翌日から世界中を巻き込んで大混乱を起こすイベントの中で、俺だけは落ち着いて動くことが出来たのだから。

 【世界接合】という、未曽有のイベントに対して、心の準備が出来ていたのだから。


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