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魂を売っている国

作者: 鈴索

 晴れ渡る青空の底に広がる、大平原。

 海を真っ二つに割るように砂道が敷かれ、のんびりと歩く青年が一人。

 くすんだ紺のフライトジャケットに身を包み、いまいち印象に残らない顔に耳まで覆うたれのついた帽子を被って、幅広の真新しいゴーグルで留めていました。

 彼の目前には、灰色の城壁にぐるりと囲われた小さな国。

 日光に照らされる屋根の青い尖塔がちょっぴり見えます。

「こんにちは」

「ども」

 人の良さそうな門番が、青年に声を掛けました。彼も気さくな挨拶を返します。

「入国希望の方ですか?」

「えぇ。手続き、お願いします」

「では、こちらへ」

 門番は残るもう一人に仕事を任せ、青年を城門脇の小さな詰所へ導きました。

 小綺麗な室内で、青年は指示に従って用紙に必要事項を書き込み、国の法律をざっと眺めてから、遵守に同意するサインを入れました。

「ありがとうございます。えぇと、シュロットさん」

 門番は用紙から青年の名を呼んで、ちらと顔を上げました。

 シュロットは頭を掻きつつ、頷きました。

「しかし、こちらまでは徒歩で?」

「いや、エアクラフト(※飛ぶもの全般を指す)に乗ってきました」

「そうでしたか。見当たらないようですが……」

「近くに置いてきちゃって」

「国で預かれますよ?」

「ありがとう。でも、面倒だから遠慮しときます」

「分かりました。それでは滞在、お楽しみください」

 門番が通用口の扉を開け、帽子を取って笑顔で歓迎の意を示し、シュロットも会釈していざ国内へ進んでいくのでした。


 〇


 貰った地図とにらめっこしながら入り組んだ路地を抜けると、国の大通りに出ました。

 一本を太く貫くこの道は、左右にレンガ造りの家が建ち並び、奥は広場、更にその果てに見上げる程の白いお城が建っていました。昼間の為か家々の傍には露店が広げられ、多くの人々があちこちで物見をしています。

 なにより特徴的と言えるのは、建物の屋根でした。先に見た尖塔もそうでしたが、みな規則正しく青いパネルに覆われているのです。

 おまけに、お城の上部には首のついたお椀のような装置が、ぼんやりと空を仰いで照り輝いていました。

「ほぉ……」

 シュロットは、そんな国の様子を興味深そうに眺めながら石畳を軽快に歩くのでした。

 余所の人間とは目立つのか、見かける人それぞれから声を掛けられましたが、誰も愛想が良く。

 挨拶を返すことにも疲れた頃に、シュロットは広場に出ました。

 広場の中央には凝った造りの噴水が美しい画を見せ、かしこに置かれたベンチで休憩する老夫婦や、走り回る子供がいました。

「宿か飯、だな」

 呟いて、地図を片手に放射状に広がる通りを一つ一つ巡っていると、偶然そこを通りかかった、身なりの整った男と目が合いました。

「おや、旅人さんかね?こんにちは」

「こんにちは。そうです」

 男は立派な顎髭を擦って、言いました。

「突然だが私は作家をやっていてね。是非、創作の参考に旅の話を聞かせて欲しいんだが」

「俺、新米で、この国が初めてなんですよ」

 シュロットが申し訳なさそうに言うと、男は微笑んだ。

「それは光栄なことだ。では、一緒に昼食でもどうかね。奢るよ?」

「では……」

 奢るという言葉に反応してついつい了承し、シュロットは男についていくのでした。


 〇


 広場から伸びる一条の道を歩いて、二人はレストランの前にやって来ました。この平屋も例に漏れず、古風な造りでありながら、屋根は近未来的な青いパネルが乗っかっていました。

 店内に入ると、これまた人で賑わっています。

 幸運にも空いていた、手近な席に座り、メニューを吟味した末、忙しなく働く美人のウェイトレスさんに注文しました。

「この国はどうだね?」

「とても綺麗です。それと、活気も溢れていますね」

「第三者から見てそうなのであれば、事実なんだろう。私も嬉しいよ」

「あの、民家や城の青い屋根は何なんですか?」

 疑問を投げかけたシュロットに、男性は得意気に答えます。

「あれは、人呼んでソーラー・パネル」

「そーらー……?」

「即ち太陽の光で発電をする装置だ。仕組みは私にはさっぱりだが」

「それは……凄いですね」

 シュロットは素直に感心して、男性もそれに頷きました。

「国がまだ発展途上にあった頃だ。極度のエネルギー不足問題を解決するため、二人の科学者を中心として開発されたそうだ」

「成るほど」

 話をもそこそこに、今度は大柄なウェイターが湯気立ち香る料理を運んできました。

「お待たせしました」

「おおっ」

 その正体は、鉄板に焼かれる肉厚のステーキでした。傍には、こねた小麦粉の塊の山が。

「いただきます……!」

「おお、一番高い料理を……いやいや、構うまい」

 シュロットは男性の細やかな苦悩も気にせず、みるみる食べ進めます。

「あ、そういえば」

 最後の一口まで平らげて丁寧に手を合わせると、思い出したように訊ねました。

「俺、友人から、ここが『魂を売っている国』だと聞いて来たんですが、何か知っていますか?」

「魂……?」

 おじさんは顎髭を撫でつつ、しばし思考に耽りますが、

「残念ながら、私には思い当たらんね」

「そうですか」

 シュロットは別段残念がるわけでもありませんでした。

「あ、でもちょっと、待てよ。心当たりが浮かんだかもしれん」

 唐突に男性はそう言って胸ポケットからメモを取り出すと、さっと何やら書き付けて、シュロットに手渡しました。

「これは?」

「家の近所の、物知りなお婆さんの住所だ」

「その人が、魂を?」

「知っているか、或いは本当に売っているかもしれんな」

 男性はは冗談めかして笑って、先に勘定を払ってから、

「話せて良かった。それではね」

「こちらこそ、ありがとうございました」

 店を立って行きました。

「いいおじさんだったな。腹も膨れたし、宿だ、宿」

 シュロットも早々に店を出て、再び地図を参考に、宿を見つけ、明日の訪問に備えて一泊しました。


 〇


 翌日日の出と共に起きたシュロットは、ストレッチで体をほぐし、袖に潜める暗器の手入れを行って、美味の朝食を堪能した後、紳士のメモを頼りに出発しました。

 昨日訪れた噴水広場に戻り、今度は宿の道と反対側に続く通りを歩いていきます。

 住宅街を逐一確認しつつ、湿った空気で呼吸しつつ、とうとう国の端っこ、城壁のそばにひっそりと建つ小さな家屋が目につきました。

「あそこだな……」

 躊躇なく戸口に吊るされたベルを鳴らすと、のっそりとドアが開かれ、腰の曲がった、小柄で偏屈そうな老婆が現れました。

「何か用かい?」

 容姿そのままの険のある口調で、老婆は聞きました。

「旅人の、シュロットと言います。この国で魂を売っているという話を聞いたのですが、あなたなら何かご存知かと思って」

 と、実に率直に訪問の内容を話すと、老婆はしばしシュロットの目を見つめ、

「……そうさね。ちと、茶でも飲んでいかないかい?」

「えぇ、ぜひ」

 そうしてシュロットは、老婆の家に招き入れられました。

 内装も外見に違わず古びたものでしたが、促されて椅子に座ると、台所から、円筒形でクリーム色をした機械が、平べったい頭にティーセットを載せてやって来ました。

 機械は細いアームを器用に動かして、二人分の紅茶を淹れ、差し出しました。

「おおう、ども」

 思わず礼を言うと、機械は気にせずまた台所に帰っていきました。

「……驚いたな」

「あの子は別の人が作ったものだけどね。随分、助けられているよ」

 言って、老婆は茶を少し啜って、天井を見上げました。

 窓に木々が茂っているからか、午前だというのに薄く照明が灯っていました。

「……昔話をしようかね。この国には科学者がいたのさ。その中でも優秀なのが二人。男と女だった。どういう訳か性格も噛み合って、交際の末結婚した」

「これから穏やかな生活を送ろうとしたその時だ。ちょうど、国内でエネルギー不足の問題が出てきた」

 シュロットは注意深く聞きながら、相槌を打ちました。

「全ての技術者と科学者が政府に呼び出され、また彼らも自分の意志でこれに応じた。最終的に、国中の人達の尽力で、特殊な発電の方法とエネルギー再利用の仕組みが編み出された」

「ソーラー・パネル、ですね?」

 老婆は懐かしむように、首肯しました。

「そうだよ。それで、国は救われた。だが、不幸なことも起こってしまった」

「……と、いうと?」

「国ではなくて、二人の間にさ。彼らは幼い一人息子がいたんだが、仕事にかまけてろくに自分らの手で育てることもせず、その子を病気で死なせてしまった」

「……」

 老婆は静かに目を伏せました。

「ひどく悲しんだよ。それに、とても後悔した」

「それで、どうしたんです?」

 老婆は黙って、シュロットの顔を再び覗き込みました。彼は臆せず面持ちを崩さしませんでした。

「造ったんだよ。息子の魂を」

 その発言には、流石に困惑しましたが。

「魂、を?」

「あぁ。或いは人工知能、とでも呼ぶかね。父と母は息子の死を振り切ろうとして、死に物狂いでヒトの知能を創り上げる研究を始めたんだ。それは一生涯をかけて作られ、半ばで男の方は先立ってしまったがね」

 そこまで言うと、老婆は急に立ち上がって、奥に引っ込み、手に収まる小さな端末を持って戻ってきました。

 そして、それを静かにテーブルに置きました。

「これが……」

「そう、あんたの言った魂……私の息子だよ。傲慢に言えばね」

 老婆は座り直して、言いました。

「これをあんたに託そう」

 彼女の急な提案に、シュロットは目を丸くしました。

「どうしたんですか、いきなり?」

「なぁに、可愛い子には旅させよって奴さね。旅人なんだろ、あんた」

「まぁ、ほんの駆け出しですけど」

「一緒に育ってくれたらいいよ。それが私の本望だ」

 老婆は震える骨ばった手で、シュロットに端末を差し出します。

 シュロットは一瞬のためらいの後、それを両手で受け取りました。

「側面のスイッチを押せばその子は起きる。あとは……どうか大切にしておくれよ」

「……分かりました。お話、ありがとうございました」

 シュロットは玄関に立って、老婆も見送りに来ました。

「達者での」

「あなたも、どうかお元気で」

 さて立ち去ろうとした所、シュロットは思い出したように踵を返しました。

「そうだ。彼の名前、教えてください」

 老婆はハッと気が付くと、笑いながら、涙交じりに答えました。

「その子の名前はね___」


 〇


 昼時の大平原。シュロットは奇しくも入国と同じ時間帯に国を出て、今は離れた場所にぽつねんと立つ、一本の木の下にやって来ていました。

「魂の謎、案外あっさり解決したなぁ……」

 そんな独り言と共に、胸元のポケットにしまった端末を取り出しました。一面は液晶が黒い沈黙を浮かべ、周りを銀色のカバーが覆っていました。側面にほんのちょっと出っ張りがあって、それが老婆の言ったスイッチのようです。

 一瞥した後、やっぱり一旦しまって、シュロットは木陰に隠したエアクラフトを隠すシートを取っ払いました。

 それをこなれた手つきで丁寧に畳むと、身軽にコクピットへ乗り込み、荷物とシートを後部座席に纏めました。

 一段落つき、深呼吸をしてから、シュロットは意を決してスイッチを押しました。

 僅かに端末は震えて、液晶の中央に微かな緑が点きます。

「ふわぁ……あ」

 機械の中から少年のような合成音声が、いかにも人が目覚めたかのように欠伸をしました。

「……起きたか?」

 あまりに自然な動作に、シュロットもそんなことを言ってしまいます。こんな些細なことで、いや些細であるからこそ、あり得ない位に彼の心の存在をありありと浮かべていました。

「君は誰?」

「シュロットって言うんだ。お前の、そうだな……相棒だ」

「相棒かぁ……いいね。良い響きだ。じゃあ、これからよろしくね。シュロット」

「あぁ。スーウェル」

 スーウェルから、両親の名前は出ませんでした。或いはわざと入れなかったのかもしれません。

「こちらこそ。じゃあ、行くか」

 シュロットは帽子を被り、ゴーグルを着用して、エアクラフトのエンジンを掛けます。

「空を飛ぼう」

 のびやかな唸りが平原を穏やかに揺らし、国をあとにしていくのでした。




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