腕試しのつもりだったと後に嫁は語った。
この世界のルールが分からない現状、まずは宿を確保したい。
知らない世界で野宿などは勘弁だ、日本国内ですら山の方では熊に襲われて命を落とす例がある。
メニューを開く度に視界の端に映るミニマップに、オレンジ色や赤色の点が点在する事から、アクティブ、ノンアクティブの違いはあれど、敵対する存在が確認出来た。
「陽君、モンスターいるよ、ほらあれ、スライムみたいな奴」
「みたいな奴っていうかスライムだろ、あれは」
草原に生えた人の腰当たりまで位の草花の間からニュルッと現れたそれは間違いなくスライムだった。
スライムの上辺りに体力と魔力の表示されたバーと名前が半透明で見えているし間違いない。
「リーフスライムか、アストラルにいたな同じ名前のモンスターが」
この場所はアストラルオンラインの世界と同じなのか、はたまた違うのか、今いる草原、1本しか生えてない大樹。
ダメだ、今は考えている場合じゃない。
どうやらリーフスライムは俺達二人を今日の夕食にしたいらしい。
ゲームなら1番最初に戦う敵で、レベル1でも数発殴れば倒せるモンスターだが、はたして今の状況ではどうだろうか。
「よーし! 初めてのリアルな戦闘だし、ギルド“月と太陽”の弾丸娘こと、この私が相手しちゃうよ!」
さっきまでの落ち込み具合はどこへ行ったのか、月紫は右腕を回しながらスライムの方へと向かって行ってしまった。
「おい月紫!! ゲームと同じか分からないんだぞ! もっと慎重に状況を――」
俺が言うより、月紫の拳がスライムに振り下ろされる方が速かった。
うちの嫁は何故自分が弾丸娘と呼ばれているのか知っているのだろうか。
と、心配した俺が馬鹿だったようだ。
月紫が振り下ろした拳は、スライム目掛けて一直線に振り下ろされた。
しかし、月紫自身予想外だったのはその威力だろう。
月紫の拳はスライムを突き抜け、地面に当たった。
まあ当たっただけなら良かったのだが、その瞬間だった。
月紫の拳は地面を割り、岩盤すらひっくり返すかの勢いで草の下の土の層の下のさらに下の岩の層すらかち割って地面を捲り上げた。
衝撃で地面が揺れそれが此方にまで伝わってくる。
そしてリーフスライムはと言うと、月紫の拳の速度と圧力で弾け飛んだのか欠片すら残ってなかった。
「うっわー、マジかー」
こちらを見る嫁の顔が強張っている。
いやいや、マジかーは俺の台詞だと思うんだよ月紫ちゃん。
「スゲえ、クレーターが出来たな」
そうだった。
忘れていた、俺達はアストラルオンラインでステータスを引き継いで、転生したのだ。
ゲームのシステムが俺達の体に反映されている現状、武器は初期の物でもステータスは数多の強大なモンスターを遙かに凌駕する程に強大だ。
強くてニューワールドか。
これは力の使い方一つで英雄にも魔王にもなれるって事なのかも知れない。
そして、一つ俺に目標が出来た。
当面の俺のこの世界での目標は、嫁に殺されないようにしないといけない、ということだ。