非常事態Ⅱ
まあ、予想通りというか何というか。
「ログアウトは出来ない、か」
「え、嘘でしょ!?」
呟いた俺の言葉を信じられない、というよりは信じたく無い、といった方が良いのか。
月紫は俺がしたようにメニューを眼前に広げるとログアウトボタンを悪質セールスのインターフォン連打よろしく押しまくっていた。
「ログアウト出来ない、感覚がある。となればこれは異世界転移の類いか……」
冷静だった訳ではないと思う。
アニメや漫画、小説、俺は今まで見てきたそれらの作品の事を思い出しながら、今の自分達がおかれている状況とすり合わせていただけだ。
「会社どうしよう」
共働きの俺達夫婦、しばらく呆けた後、二人揃って口から出たのが今の言葉だ。
まったく、こんな非常事態に出勤の心配とは、やはり日本人は働き過ぎなのかも知れない。
「月紫、いったんここを離れよう。
じっとしていても助けが来る保証もないし、ログアウト出来るようになるとも限らない」
「うん、まあそうなんだけどさあ」
木陰に腰を下ろして頭を悩ませていても、状況が好転する事などはまずありえない。
ならばこの世界の情報を集め、元の世界に帰る方法を……。
そこまで考えて、俺はふと思った、まだ状況は把握しきれていないが、異世界に来たのに元の世界に、日本に帰る必要はあるのかと。
月紫はここにいる、日本に帰ったところで、仕事漬けの毎日が待ってるだけ。
両親に心配させてしまうのは心が痛むが、今の状況で連絡出来る筈もない、となれば。
「せっかくの異世界だ、なあ月紫、この世界を楽しまないか?」
「ツクモ……陽君はこんな時でもマイペースなんだね」
「まあマイペースなのは認めるけど。
でもさ、異世界だぜ異世界、楽しまなきゃ損だって!」
「ほんと昔から変わんないね」
暗い表情だった月紫がこちらに来て初めて見せた笑顔。
その笑顔に俺も笑顔で応える。
この時ふと違和感を感じた。
さっきまで膝を抱え、下を向いていた月紫だったが少し顔が若返って見えた。
どうやら錯覚では無いようだ。
月紫にダブって表示されているパラメーターの年齢が16と表示されている。
こちらに転移して少し時間がたっている、あえて言うなら最適化、とでも言えば良いのだろうか。
ゲーム内で設定したパラメーターがこの体に適用されているのかも知れない。
「月紫、パラメーターの確認しておこう、魔法やらモンスターやらが存在する世界なら、いつでも戦えるようにしておかないと危険だ」
「陽君、ずいぶん若返ってない? 声が高校生の時くらいになってるよ」
「今更かよ、まあその事も踏まえてパラメーター確認しようぜって言ってるわけ」
「ういー」
メニューを開き、パラメーターの欄を指で触る。
レベル、筋力、体力、俊敏性、その他多数。
俺達が長年プレイしてきたアストラルオンラインに見られる項目は全て存在した。
アイテムもスキルも、転移前のアストラルオンラインで俺が所有していた物が全て存在している。
もちろん転生した事によりレベルが1になっている事もきちんと適応されていたのだった。