非常事態
「何だ、神殿からリスタートするんじゃ無かったのか」
俺は、青い空を見上げながらため息交じりに言った。
座った状態で首を動かし、妻を探す。
探すも何も、まだ妻は俺の横で寝ていた。
「おい、ルナ。月紫起きろ、終わったみたいだ……ぞ」
妻のキャラ名の後、つい本名で呼んでしまったのは寝惚けていたからだろうか。
しかし、その事に気づくよりも先に違和感を感じた。
「なんだ、なんで手が動かせるんだ」
妻のキャラの肩に手を伸ばして、揺する。
無意識に行ったこの行為に俺は動揺した。
「ん、んあ、おはようツクモ。
どうしたの、顔が怖いよ?」
起き上がる妻のキャラ。
それを確認してから俺は手で、目元、耳元を確認するために触ってみる。
「無い、ゴーグルとコントローラーが、無い」
「何言ってんのよ、じゃあ今どうやってキャラ動かしてるのよ」
などとは言っている妻だが、その妻も立ち上がったあたりで顔色を変えた。
「あれ? 私、自分の足で立ってる?」
俺達がプレイしていたゲームはVRMMOだ、だがそれは没入感を与えるための物であって、フルダイブ型などでは無い。
俺達のいた世界ではまだそこまでVR技術は発展していないのだ。
PCに接続したゴーグルとコントローラーがあってこそ動かせるキャラクター。
しかし今、その両方が手元にない。
そして何よりも五感がこの場所を感じていた。
青い空に浮かぶ太陽から注ぐ熱。
爽やかにそよぐ風。
その風が運ぶ草花の香り。
ゲームで感じられ無かった全てが感じられていた。
「フルダイブシステム、実装なのかな」
妻が冗談交じりに言ったが、引きつった笑みからは焦りを感じる。
確かにフルダイブ型のVRMMOが存在するならこの現象にも納得いくが、さっきも言った通り、そんな物はまだまだ未来の話で、現在はまだフルダイブシステムは完成していない。
「まずはこれがゲームか現実か確かめないとな」
そう言いながら俺は手をいつもゲーム内のキャラがメニューを呼び出す際にするように、手を横に振った。
すると、メニューが現れ、ステータス一覧や設定等の項目が現れたでわないか。
「よかった。
メニューを開けるってことはゲームの中か。
月紫いったんログアウトしよう。
この現象の事を運営に問い合わせてみるよ」
「え、あ、うん。
わかった」
冷静でいられたのは妻の目の前だからだろうな。
そんな事を思いながら俺はログアウトボタンを押した。