プロローグ
7月30日、夏の日差しが身体を焦がし、蝉の声は逃げ水とともに白昼を飾る。
屋外活動に向かないこの時間に沢村修二19歳、大学二年生は市立図書館にてペンを動かしながらも頭は虚ろであった。
頬をつきながらどうしようもない退屈な時間を持て余す。
(ああ、面倒くさいなあ。)
このまま怠惰に過ごすのも癪に障るから本でも読もう、そう思ったとき・・・
プルルルルルルルルル・・・館内に予期せぬ音が響く。
(しまった切り替えるのを忘れていた。)
周囲の視線と無視を背に受けそそくさとその場から立ち去る。
鳴り続ける電話をあやすとその声の主は懐かしい少年期の記憶を引き出した。
田舎に住む祖父である。
「久しぶりだなあ、修二!わしのことは覚えとるか?ハハハ!」
しばらくあっていないのに、まるで友達であるように話す祖父。少し驚きながらも返答する。
「久しぶりだな、爺ちゃん。」
「おっ、なんか声が暗いな。元気ないのか?前はもっと明るかったろ?」
「違うよ。もう俺も小さくねえんだよ。」
祖父の相変わらずの快活さに少し笑みを浮かべ、話を続ける。
「修二、盆あたりは暇か?」
「えっ・・・まあ特に予定はないけど。」
祖父の発言と己の返答の板挟みに苦しんだ。部活動は中学生時代から帰宅部一本、バイトも持っていない。
それだけならよいのだが、友人と呼べる存在がいないため遊びの約束すらない。俺のカレンダーは空白で埋まっている。続けて祖父が言う。
「もしよければ、アルバイトをしないか?知り合いが高時給の短期バイトを募集中でな、若い人手がいるならすぐ採用すると言っているんだ。やる気があるならどうだ?」
それを聞いたとき、目じりが下がり、口角が上がった。もちろん答えは決まっている。
「いいよ。そのバイトやるよ。で、いつからなの?」
「盆入りからだから、えっと・・・8月の13日からだな。」
「じゃあ、8月7日あたりにそっちに行くよ。そっちの観光もかねてさ。」
「よし分かった!」
こうして俺の8月の予定は少し書き換えられた。何事もなかったような足取りで本の館を出る。
まだ日差しが強い。灼熱と湿気が全身を包む。蒸された都市の中をけだるげに歩く。
頬を流れた汗の数だけ冷たい風と水を望んだ。飛行機雲がかけられた夏の空を見ながら家路へ急ぐ。