#07-03 精霊の主
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1年Aクラス。
レイトがディアナ、デュークを伴ってその部屋の扉を開くと、部屋ですでに待機していた数名が一斉にこちらに注目した。
レイトはそんなことを気にした様子もなく、左前の自分の席へと向かい、座る。
その後ろの席には、ディアナがニコニコしながら座っている。
「無事兄様と同じクラスになれました」
「よかったじゃん?」
「しかも、兄様の後ろの席とは、これは勉強を頑張ったかいがありました」
「大げさだなぁ……」
「おーい、オレは無視?」
「申し訳ありませんが、通していただけます?」
「!――ああ、悪い」
前方から掛かった声に従って、デュークが道を開ける。
そこを通り抜けていき、ディアナの後ろの席に座ったのはローズ・アドルート。赤い髪と瞳を持った少女だった。
「ローズさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ディアナ様。デューク様。それと、レイト様は初めまして」
「初めまして、ローズ嬢。レイト・ルナフォードです」
「宮廷魔術師秘匿首席様にお会いできるとは思いませんでした」
「どこでそれを知ったのかな?まあ、別に構わないけど。秘匿してるつもりはないし」
「そうなのですか?――申し遅れました、ローズ・アドルートです」
「よろしくね。あと様付けとかしなくていいから」
少し話している間に、クラスの席は殆ど埋まっていた。
そして、その全員がこちらに注目している。
「君たち」
『はい!?』
レイトが全員に声を掛ける。
それに驚き、思わず姿勢を正してしまうクラスメイト達。
「同じ部屋に高位貴族が固まってるのは居心地悪いと思うけど速く慣れないと疲れるよ?」
「さすが、兄様です。お優しい」
「なんだ、マナーとか気にしなくていい、とでも言ってやるのかと思ったぜ」
「僕は気にしないけど、他の貴族にそんなことしたらひどい目に合うからね。慣れるのが一番いいのさ。まあ、別に僕からどうこう言う事はほぼないと思うからね。それなりに世間知らずなのは自覚しているし」
「そもそもお前は陛下にも王太子殿下にも宰相閣下にも直接物言える立場だから、あんまりそういうの関係ないんじゃないか……?」
「わかっていませんね、デューク。これが謙虚さというものです」
「いや、絶対違うと思う」
レイトが声を掛けたことによって多少緊張感がほぐれたクラスメイト達は、近くの級友たちと会話を始める。
そんな中、クラスの戸が開き、一人の女子生徒が駆け込んでくる。
「すみません、少し遅れましたか?」
「い、いえ、まだ大丈夫です」
「それは良かったです」
戸の近くにいる男子生徒がしどろもどろになりながらなんとか答える。
その女子生徒は、ノースウィンド公爵家の次女――レイカ・ノースウィンド。
ある意味貴族らしい貴族であるノースウィンド家は、下級貴族や平民たちにとっては最高クラスの警戒対象になる。
「おはようございます、皆さん」
「……おはようございます。何か御用ですか?」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか……」
「北風閣下は余計なことしかなさりませんので」
「まあ、私もそれについては思うところがありますが……今はそんなことはどうでもいいのです」
レイカはレイトへと向き直ると、その顔をじっと見つめた。
どこか兄・トウキと似ている気もするその顔。しかし、表情は柔和で、両親とはあまり似ているように感じられない。育ち方の違いだろうか。
「レイト様、お兄様からです。すみませんが、ご確認ください」
「……わかった」
受け取った封筒を開くレイト。
それの様子を心配そうに見つめるディアナ。
「――なるほど。わかりました、とだけ伝えておいてくれないかな?」
「は、はい、承りました」
「兄様、どのような内容で?」
「後でね。ほら、先生が来たよ」
「はい、それでは皆さん、席についてください」
担任と思われる教師に着席を促される。
まあ、他のクラスメイトは既に席についているようだ。
「それでは自己紹介から、私はシモン・グレアストです。一応、現王の弟の息子という立場ですが、普通の男爵で、継承権は抹消されてますので普通に接してください。あ、ちなみに私の父親ですが、随分前に反乱興して処刑されておりますで、皆さんはそういったことのないように」
開口一番異様に重い自己紹介から始まった。
「それでは、とりあえず、ルナフォード君から自己紹介をお願いします。後は席順に」
「はい、レイト・ルナフォードです。よろしく」
「次、ルナフォードさん」
「はい、妹のディアナ・ルナフォードです」
「兄妹そろって少々シンプル過ぎるのではないかと……まあ、いいです、次」
こんな調子でホームルームを終え、あっという間に下校の時間となった。
入学式の日などこんなものである。
レイトが席を立つと、ディアナもそれに続く。
それに合わせてローズ、デューク、レイカまで立ち上がり教室を出ていく。
「……なぜレイカさんがここに?」
「いてはいけませんか?」
「……構いませんが」
ディアナは不服そうであるが、レイカはレイトの後ろに張り付くようにして移動している。
「お前、これさぁ」
「デューク、余計なことは言わなくていい」
「まあ、お前がそういうなら」
「ディアナ、どこかで少し遅いランチでもして帰ろうか?」
「いいですね。ローズさんもいかがですか?」
「いいんですか?それでは同行させていただきます」
「あ、私もいいですか?」
「……構いませんが」
レイカの声にディアナが露骨に嫌そうな表情をする。
「ディアナ」
「ですが……まあ、いいです」
「あ、オレに一緒に行っていい?」
「好きにすればいいのでは?」
「相変わらずオレだけ扱いが雑だな」
校舎を出るため玄関に向かうと、そこには上級生が部活と派閥の勧誘合戦をしていた。
「おっと、これは面倒だ」
「ほんとに、ガキの頃から派閥とか何言ってんだよって話だよな」
「わたしも家の関係で騎士派から異様に迫られているんですよね。剣は振れませんって……」
ローズがため息をつく気持ちもわかる。だが、レイトはすでにいくつかの勧誘を受けており、派閥に関しては殆ど集結している。
今年の首席組の登場に上級生たちがわっと、集まってくるが、その前に2人の人影が割って入る。
「おっと、彼はうちがもらい受ける約束ですから」
「ローレンス、舐めたこと言ってるとぶっ殺すわよ?契約を破るのかしら?」
「……ちょっとした冗談ではないですか」
割って入ったのはライナ・クラモールとローレンス・スフィア。
それぞれ研鑽派と精霊派のトップである。
「レイト、約束の物を」
「こちらを」
「わかりました、引き受けます」
レイトが受け取ったのは2枚のエース。
「ディアナにはクイーン、デュークは3とかでいい?」
「おい」
「嘘よ。はい、ジャック。これさえ持ってればまあ、そうそう声を掛けてくるような奴はいないでしょう」
「ライナさん、ローズさんにもあげてくれませんか」
「10でいいならあげるわよ」
「いただきます。正直騎士派は性に合わないので」
「騎士団長の娘なら、って気持ちはわかるけど女の子にそれはないわよね……」
「受け取るものも受け取ったので帰りますか」
「そうですね、兄様。昼食はどこでいただきましょうか?」
「いつものレストランじゃダメかい?」