#07-01 とある兄妹
良く晴れた春の朝。
青い空を背景に飛びながら、囀る小鳥が、何とも春らしい陽気を感じさせてくる。
レイト・ルナフォードは門を出て、後ろを振り返る。
ぼう、っと後ろを眺めていると前を行く妹から声が掛かった。
「兄様?何をしているんですか?入学式に遅れますよ?」
「ああ、今行くよ」
今日は朝から上機嫌の妹に急かされて、すぐにその後を追う。
すると妹はふふんと鼻歌など歌いながら、レイトの腕を取り、そのまま胸に抱きしめた。
「念願の兄様との登校ですね」
「そんなに嬉しいかい?」
「ええ、嬉しいですとも!」
レイトの腕には彼女の小さくない胸がしっかりと当たっており、貴族の――それも公爵家の子女としてはかなりはしたなくみられるかもしれないが、妹・ディアナは離れようとしない。
「兄様と同じクラスになれればいいのですけど……」
「学院長的にそれは難しいんじゃないかな?」
「その時はお母さまに直訴して変えてもらいます」
「絶対変えてくれないと思うよ」
「……そんな」
「クラスぐらいでそんな絶望した顔されても……」
ルナフォード家の邸宅から学園まではさほど遠くもない。
そんな無駄話をしていると、そろそろ校門が見えてくる頃である。
「ほら、着いたよ。そろそろ離れた方がいいんじゃない?」
「いやです」
「今日は何か頑なだね?」
「今まではライナと王女殿下が少なかったですが、こんなに大勢の女生徒がいるところで兄様を野放しにしたら一体何匹引っ掛けてくるか……」
「信用がないなぁ」
困ったようにレイトが頬を掻いていると、突然、彼の背後にふわりと何かが現れた。
プラチナに輝く髪と、アメジストのように美しい瞳を持つ美女は、レイトの肩に手を置きつつも、その体をふわふわと宙に浮かせている。
周囲にはそれなりに人間がいるのだが、彼女に注目しているのはレイトとディアナのみである。
『今日は朝から元気なのね……?』
「おはよう、ルナ。起きたのかい?」
「おはようございます。ルナ様」
『そういえば、学校に通うんだったわね?まあ、今更あなたたちが何を学校で学ぶことがあるのかいささか謎ではあるけどね?』
「まあ、そういわないで」
『しかも、レイトは本当だったら去年入学だったのにね?』
「その点だけはデュークに感謝したいところです」
「お?オレが何だって?」
背後から掛かる、軽薄そうな声に振り向くと、そこには幼馴染、デューク・クラモールの姿があった。
「いや、何でもないさ。おはようデューク。よく遅刻せずに来れたな」
「流石に入学式には遅れねぇって……姉貴にしばき起こされるし」
「ああ、そう……」
「おっと、ルナ様、おはようございます。ディアナも」
「おはようございます」
「なんだ、またブラコンこじらせてるのか?」
「煩いですよ」
「まあ、いいさ。ところでそろそろ行動に入らないといけないんじゃないか?」
「おっと、そうだった」
「デュークなんかと話している暇はありませんでしたね、兄様」
「ひでぇな」
3人連れだって歩く。
講堂には多くの人間が集まっており、がやがやとしている。そのせいかルナの姿は見えなくなっているが、気配は感じられるので側にはいるのだろう。
「で、最近どんな感じだ?」
「随分精霊たちの力も馴染んできたみたいで、総合魔力値も3万ぐらいまで伸びたよ」
「うへぇ、流石にそこまでは無理だなぁ。まだ2万にすら届くか、ってとこだもんよ」
「まあ、クラモール家の凡骨がそこまで成長したならよかったじゃないか」
「それもこれもお前のおかげだがなー……」
「兄様、デューク。はやく入りますよ。席が埋まってしまいます」
「ああ、そうだね」
「じゃ、行くか。今年の首席様はどんな高尚なお話を聞かせてくれるのやらねー」
「ははは……」
「つまらないこと言ってないで行きますよ」
入学式は粛々と行われる。
やることといっても、学園長の挨拶と在校生代表の挨拶、それに新入生代表の答辞が行われるぐらいであるが、その前に一つメインイベントがあった。
それは成績優良者の発表である。
『成績優良者の発表を行います』
一気に会場がざわつき始めるが、読み上げの教師が咳払いをして静まらせる。
『第5位、879点――レイカ・ノースウィンド』
過去最高得点は877点であったが、この時点でその記録が塗り替えられることになる。これは長い歴史を持つ学院でも異例の事態であるが、一番驚いているのは、彼女――レイカとその周囲の人間であろう。なにせこの点数でトップになれなかったのだから。
『第4位、899点――デューク・クラモール』
「マジかよ。親父に殺される」
「結構いい点数じゃないか」
「姉貴よりは高かったがね、レイトとディアナ以外に負けたらぶっ殺すってよ」
「あ、僕たちはいいんだ」
「お前らはイレギュラーだからな」
『第3位、906点――ローズ・アドルート』
「あー、火聖のとこのに負けたか」
「――ああ!そういえば、デューク、筆記で101点も落としたのか」
「まあ、そうだけど、今言うなよ」
「またしばらく勉強だね」
「姉貴でも877点だったってのによ」
「でもあの時はまだシステムが違うからね。今年からは魔法の点数はとりやすいはずだし」
『第2位、998点――ディアナ・エル・ルナフォード』
「う、一問間違えました」
「上等だよ、ディアナ。僕も鼻が高い」
「ほんとですか!」
「ああ、ほんとだよ。撫でてあげよう」
「やった!」
「おい、いちゃついてないで聞けよ、出番だぜ、首席様」
『第1位――ええっと……これは……せ、1000点――レイト・ラガファヴァナ・ルナフォード』
「まあ、上々だね」
「いや、おかしいだろ、あんな馬鹿みたいに難しいテスト満点とか」
デュークのつぶやきに周囲の生徒が頷く。
『それでは首席のレイト・ルナフォードさん、前にお願いします』
「わかりました」
レイトが登壇する。
どんな奴がこんな意味の分からない点数を取っているのだと皆が注目するが、そこに現れたのは、魔力の低そうな――前時代までであれば――全体的に色の白い青年だった。
「ご紹介にあずかりました、レイト・ルナフォードです」
その青年の瞳は、初めアメジストを思わせるような紫の輝きを秘めていたが、途中でその色が真紅へと変化し、黄金に変わり、新緑を思わせる緑になったと思えば、冷たいアイスブルーへと変わった。
誰もがその瞳に惹きつけられる。
また、アイスブルーへと変わった瞳を見たとき、上級生席に座っていた男子生徒が、小さく笑い、女子生徒が緊張し、新入生の一人の少女が動揺した。
「――以上をご挨拶と代えさせていただきます」
ここから、レイト・RGFVN・ルナフォードの学園生活が始まるのだ。