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春の朝の出来事

 近所の小高い丘で、カタツムリが枝を這っているのを見かけた。昨日が雨だったので、その名残のようにも見える。


「ねぇ、このカタツムリ可愛いと思わない」

「カタツムリを可愛いと思うとはなかなかに変わった女の子だなお前。あっちで飛んでるヒバリの方が可愛くないか?」

「どっちも可愛いと思うわ」

「そうか」

 日曜の予定がない早朝は、この丘に散歩へ行き友達の仁志と会う。この丘は花や草木も多く、この近所では一番景色が良い。

「歩くのも疲れたし、あそこのベンチで休もうか」

「そうね」

 私達は丘の上にあるベンチに座る。ここでゆったりと会話するのが日曜の日課になってる。

「この風景、まるで春のあしたね」

「なんだそれ」

「昔の詩よ。春の早朝に丘の上でヒバリとカタツムリがいる。神は天にいてこの世に事件は起きないって感じの平和な詩」

 春のあしたはイギリスの詩人、ロバート・ブラウニングの詩だ。本来は『ピッパが通る』と言う劇詩内の一節で、文学家の上田敏が詩として訳した部分を春のあしたと言うらしい。

「確かに……ヒバリとカタツムリは一致してるな。神様は見えないが」

「そんなの見えたら、それこそ大事件でしょ」

「確かに」

 私と仁志は笑い合う。上田敏の訳した『春のあした』っぽく言うなら、「すべて世は事も無し」。何の出来事も起きない穏やかな時間が流れた。


「なぁ春香」

 仁志が真剣な表情で私に声をかける。

「なぁに」

「俺達、出会って今日で一年だよな」

「そうね。早い物よね。このまま穏やかに話していけたらいいな」

「その事なんだけど。そろそろ俺、男になろうと思ってるんだ」

「男? どう言う事かしら」

「その、だな」

 仁志は少しの間言いにくそうな表情をしたが、決意したような目つきに変わる。そして私に黒い箱を手渡す。


 黒い箱には、綺麗な指輪が入っていた。


「こ、これは?」

「婚約指輪。春香、俺と結婚してくれ」

「本当に、本当に真剣に言っているの? ドッキリとかじゃない?」

「ドッキリとかじゃないよ」

 突然のプロポーズに、私は心底焦った。今日みたいないつも通りの日にプロポーズされるとは思っていなかったからだ。

 私は少し深呼吸した。自分が返すべき返答はなんなのか、を少し考えた。そして、いつも通りの口調で言葉を紡ぐ。


「まったく。こんな所でプロポーズなんて、ロマンティックじゃないわね」

「変に大げさにやると、断りづらくて嫌でも結婚しなきゃいけないだろ。いつも行く場所でやるのが一番いいかなって思ったんだよ」

「ふふふ」

「で、受けてくれるか。断っても構わないし、まだ迷ってるなら明日の返答でもいいぞ」

 仁志がにっこりと私に笑う。プロポーズの成功よりも私の幸せの方が大事なのだろう。

 でも私も答えは決まっている。私も晴れやかな笑顔で対抗して、自分の気持ちを伝えた。

「ううん、迷ってない。私も、あなたの事が……」



「すべて世は事も無し」と言うのも悪くないが、こういった出来事の方が私は嬉しい。

お題:春の朝 必須要素:ハッピーエンド

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