『鉱山跡の夜の山にて。』※エログロ。
※R18指定にするべきかどうか迷いましたが、ひとまず、R15指定にしておきます。
「この夕焼けが一番、不気味なんだよな。命が眠る時間みたいでさ」
空の朱色に、群青が染み渡っている。
鉱山の跡地だった。
未だ、採掘の為のトロッコなどが置かれている。何の為に穴を掘っていたのかは分からないし、何の為に放置されたのかも分からない。彼女にはどうでも良い事だった。ちなみに此処からは、地上の森や川が小さく見えた。
彼女の名はアイーシャと言う、髪は赤黒く、ぼろ布をマントの代わりにして、全身を覆っていた。
アイーシャは、部下である少年、バイアスと一緒に旅をしていた。
「この辺りで、そろそろ休むか……」
もうすぐ、日暮れだ。
火でも焚いて、獣を追い払った方がいいかもしれない。魔物や怪物も出る可能性もあるから、交代で見張りをしながら眠りに付いた方がいいだろう。この辺りの村では獣の皮や肉を買い取ってくれる場所があるらしい。それを元手にして、宿代にでもしよう。それにしても、自分達は、一つの場所に安住する事が出来ない。
此処は、斜面が多い為に、座る為に、なるべく平たい地面を探していく。草木が鬱蒼と生えた場所を、彼女は手にしていた剣で切っていって、座れる場所を確保する。
山火事にならないように、剣の鞘で地面をえぐり、畑でも耕すように、地面をならし、自分達の空間を作っていった。ちなみにアイーシャは、面倒臭い作業なので、部下であるバイアスにやらせている。
一通り作業が終わると、ズックから、干し肉とワイン、野菜の塩漬けを取り出す。
二人は焚き火を始めた。
「あー、どっかの戦争が傭兵を募集してないかな」
「…………。沢山、殺せますからね……」
バイアスは基本的には無口だった。
「そんなつもりは無いけど、結果的にはそうなるよな。まあ手っ取り早く金にもなるしな」
ふと。
二人は近寄ってくる気配に気付く。
足取りは、二人分だ。
アイーシャは、眉をしかめながらも、二人の人物を歓迎する事にした。
「あら? あなた達も旅人なんですか?」
アイーシャは振り返る。
見た処、まだ二十にも満たない。自分よりもはるかに年下だろう。おそらくは、バイアスと同年齢程度なんじゃないのだろうか。
「すみません、食糧を少しだけ分けて貰えませんか?」
「別にそれは構わないが」
そう言うと、アイーシャは干し魚を取り出して、やってきた女に差し出す。
女はとても嬉しそうな顔で、それを半分に千切って、口に入れる。
「姉弟ですか?」
女は言う。
彼女は七歳くらいの子供と一緒にいた。
「いや……、血の繋がりは無い。……勿論、恋人同士でも無い。彼は私の下僕だ」
「そうですか」
女は、いや、少女は軽く会釈をする。
それにしても、この少女の格好は、夏と言えど、露出度が高めだった。上半身はビスチェのような服に、胸元を大きく露出していた。腹もヘソが見える。下半身は黒のタイハイストッキングを付けて太股を露出させている。両腕は肌が透ける程に薄布の黒いアーム・カバーだ。スカートは短く、下着が見えそうだ。ブラジャーは付けていないだろう。暴漢に襲ってくれ、と言っているような服装だ。
対するアイーシャは、首から下を、一切、露出させていない。同じ女だが、何となく、恥じらいは無いのかと、思ってしまう。
それ以前に、この辺りだと、蚊やアブなどを初め、毒性のある虫や植物が生息している為に、露出度の高い服は危険だ。アイーシャは、怪訝そうに、少女を見ていた。
「名前は? 私はアイーシャと言う」
「わたしですか? わたしはモラグと言います。魔法使い見習いですね」
本人がそう言うように、濃い紫色のおかっぱの彼女の頭には、トンガリの魔女帽が乗っかっていた。
確かに……、童話で見るような絵に描いたような魔法使いに見えるが……。
「処で、そいつはお前の弟か?」
「ジュアンですか? 彼はわたしの子ですよ。お腹痛めて産みました」
そう言うと、モラグと名乗った少女は、ブラウン色の髪をした男の子の頭を撫でていた。
「…………。お前、もしかして、結構、年いっているのか? 失礼な質問なら申し訳ないが」
「わたし、今年で、18になります。この子は七つですね」
アイーシャは、少し無言になった。
「…………。そうか。身体が出来上がっていない時期に産んだんだな。大変だっただろう。つまり、お前は夫がいるんだな」
「えと、わたし、死霊術士なんですよ」
「死霊術士……?」
「ええっ、ほら、死んだ人とかを、操るんです。ゾンビにするんです。それで、沢山、ゾンビ使って、実験をですね。したんです。わたし、どうしても自分自身の身体で試したかったですから。私の地方では、そもそも12になれば、結婚が許されていましたし。婚約はもっと早くから許されています。私の隣の家に住んでいる口髭が自慢のおじさんも、二回りも離れている10の子と婚約して、契りを交わしました。後になって知ったのですが、他の国では、一般的には早すぎるらしいんですけど。……少し話がずれましたね。わたしは、幼い頃から死霊術の才能を見いだされて、死んだネズミとか虫とかを蘇らせたりしていたんですよ。12になる前に、他の子も意中の異性と夜の営みをしている子達多かったし、わたしの相手と言えば、死体だったんです」
モラグは、はにかみながら言った。
顔を少し紅潮させていた。
「それで、少し、流行り病で死んでしまった25歳の男の人を使ったんです。ええ、学校の先生でした。天体や地理などを教えている方でした。わたし、その人、憧れていて大好きでしたから、許可を貰って、いただいたんです。彼の身体を」
アイーシャは、干し肉を食べながら、彼女の話を聞いていく。
「防腐処置が遅れていて、身体が崩れて、虫が巣食って、孔だらけになっていて。目鼻も溶けていて、ガスとか臭いとか酷かったんですけど。それでも、わたしは全身全霊で力を使って、彼を動かしたんです。それで、彼と初めての体験をしました」
野菜の塩漬けも口に入れる、味がどうにもしない……。
「何度も夜を重ねたんです。でも、彼、徐々に腐っちゃって、えっと、男の人の子供を作る為の器官が完全に駄目になっちゃったんですね」
「…………。……それでどうしたんだ?」
「別の方のを使いました。わたしはその頃、初体験で触れ合う事の素晴らしさを知りましたから、恥ずかしながら、他の人でも良いって思って、他の人を蘇らせて、続けたんですね」
「…………、何歳くらいの奴が多かった?」
「えっと、二十代から、四十代、わたし好みの方と行いました」
彼女はまた、その時の記憶を思い返したのか、顔が火照っていた。
「そうしているうちに、何カ月か経って、やっと、お腹の中に命を授かったんですね。それが、この子。ジュアンです」
とても可愛らしい子でしょう? と、モラグは言った。
アイーシャは、絶句していた。
……11歳くらいで、ゾンビと性交を続けて、子供を宿したのか?
その後、ジュアンと呼ばれた子を見る。何処か、皮膚が人間のそれとは違っているように思えた。何処か、土気色をしているような……。
気のせいかもしれないが。両の眼も、何処か非人間じみていた。
「わたし、この子、本当に愛しているんです。とても愛しくて、彼にも、わたしの気持ちを伝えています」
アイーシャは、直感的に、何かを察した。
「…………。おい、まさか、お前、自分の子と、その……夜の営みをしているんじゃないだろうな?」
モラグは男の子の頭を撫でる。
「だって、好きですから」
彼女は、我が子の額にキスをする。
アイーシャは、何処か居心地が悪くなって、ひたすらに焚き火を眺めていた。それから、どれくらいの時間、経過したのだろう。
彼女はふいに立ち上がり、バイアスの手を取る。
「やはり、私達は今日の夜のうちに、この山を抜ける事にした。じゃあな、その子供、育ち盛りだろ? 干しブドウも分けておいてやる」
「あ、ありがとうございます」
モラグは無邪気に会釈する。
アイーシャは、モラグに対して、焚き火の火はしっかりと砂を被せて消すように言った。モラグは頷く。
二人は、この母子からそそくさと離れていく。
きっと、他人の眼が無ければ、……野外でも構わず行為を行うのだろう。
母子は、互いに口と口を合わせて、お互いを愛しそうに見つめ合っている処だった。
了