第一話 厄介な親戚・続
「お金が必要よ」
ちょうど十月を迎えた頃のことだった。
アリシアがそんなことを言い出したのは。
季節の変わり目だし、唐突に思い立つこともあるだろうと聞き流していたのだけど。
「だから協力しなさい」
まさか協力を要請、もとい命令されるとは。
戦費のせいでブライトフェルン侯爵家にも余裕がないらしい。
元々、ブライトフェルン侯爵家は金持ちの家ではない。
歴史は古く、由緒ある家系ではあるものの、多くの貴族たちとは違い、私腹を肥やさず、王家のため、そして民のために家の力を使うことを惜しまないからだ。
私財に関してはかなり保有しているが、それでも戦費がかさめば消えていく。
そこらへんをアリシアは危惧したんだろう。
「もうあの成金女に金の力を見せつけられるなんて、真っ平よ! こうなったら、ブライトフェルン家も大規模事業で金を溜めてやるわ!」
危惧したんだと思いたい……。
「で? どうするつもりだ?」
場所はクロスフォード伯爵家の屋敷。
部屋には俺とアリシアのほかに、セラとリカルドがいる。
どちらも本に視線を向けて、我関せずを決め込んでいる。
アリシアが何かするときは、いつもこうだ。
お前の仕事だろ、と言わんばかりにみんなが面倒事を押し付けてくる。
なぜだ。
「うちの領地で古代遺跡が発掘されたわ。そこにある魔道具を売り払うの!」
また豪快なことで。
けど、一番手っ取り早いのは間違いない。
古代遺跡から発掘される魔導具はほぼ例外なくオーパーツだ。
誰もが喉から手が出るほど欲しい。
しかし、だ。
「国の調査団とか来るんじゃないのか?」
「そこらへんは我が侯爵家を信用してもらったわ。発掘はこちらがすべて負担。魔道具売却の際の売上の内、三割を国に納めることで話がついてるの」
自信満々に言うが、古代遺跡に必ずしも魔道具があるとは限らない。
それを知っているから、国は発掘をブライトフェルン家に押し付けたのだ。
どう転んでも損をしないように。
けど、そんなことがわからないアリシアじゃないだろう。
「魔道具はありそうなのか?」
「厳重なトラップで守られているし、かなり貴重な物が眠ってることは間違いないわ」
なるほど。
それで強気なわけか。
しかし、そうなるとあとの展開は予想がつく。
わざわざそんな作業中に、このクロスフォード伯爵家を訪ねてきたのは。
「ということで、発掘に協力しなさい。ちゃんと報酬は払うから」
「だそうですよ。父上」
アリシアは俺に頼んでいるわけだが、家長は俺ではない。
そもそもそんな面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
ブライトフェルン家の財政が芳しくないのは、クロスフォード伯爵家としても深刻な問題だ。
だが、古代遺跡の発掘なんて危険極まりない事業に参加するなんて、遠慮したい。
したいのだが。
「そうだね。まぁ、侯爵に顔を見せるついでに手伝ってきたらどうだい?」
この父は、お爺ちゃん家の手伝いくらいなノリでそう言いやがった。
大量のトラップを解除していく作業が、危険であることなんて、百も承知だろうに。
「ち、父上? 我が家に俺を貸し出す余裕があるとは思えないんですが?」
「平気だよ。僕らでどうにかするから」
「さすがおじ様! 話がわかるわ」
「待て! 勝手に決めるな! セラ! なんとか言ってくれ!」
リカルドは役に立たないため、セラに視線を移す。
けれど。
「ブライトフェルン侯爵にはいつもお世話になってる。戦費がかさんでるのも、国を勝利に導くため。他人事じゃない」
「おい、妹よ。なら、なぜ他人事のように言う? 当然、一緒に来るんだろうな?」
「私は行かない。レグルスで疲れた。そもそも遺跡の発掘なんて、私は足手まとい。行くだけ無駄」
「いやいや、色々あるだろ? 探知魔法で内部を探るとか、後ろで発掘隊を指揮するとか」
「遺跡の内部は、魔法を阻害する術式が組み込まれていることが多い。それに指揮も必要ない。ユウヤとアリシアで十分」
この妹はっ!
ああ言えばこう言って。
口だけは達者になりおって。
「待ってくれ。俺もレグルスで疲れた。というか、俺が一番疲れたはずだ。そうだろ?」
「ユウヤは丈夫だから大丈夫。私とは違う」
「セラ。兄も人の子なんだぞ?」
「私の兄なら平気。アルシオンの銀十字とか言われてるし」
完全に見捨てるつもりなセラは、一切情けを見せない。
こういうときのセラに付け入る隙はない。
「はぁ……」
「観念したようね」
「どうしてお前が偉そうなんだ……」
「というわけで、ユウヤを借りていきますね。おじ様」
俺の抗議に耳を貸さず、アリシアはリカルドに許可を求める。
くそっ。
我が家に味方がいないとは。
悲しいなぁ。
「どうぞ。無事に五体満足で返してね」
「はい」
「アリシア、ユウヤ。お土産お願い」
「わかったわ。ユウヤに何か持たせるから」
「俺は悲しいよ……」
自分で自分が哀れに思う日が来るとは。
どうして俺の周りにはこんな奴らしかいないんだろうか。
ああ、癒しが欲しいなぁ。
俺に無条件で優しくしてくれる子とかいないかなぁ。
できれば使徒じゃない子がいいなぁ。
使徒は全員、我が道を行く奴ばかりだし。
ああ、もう一層の事、募集かけようかな。
癒し求む、みたいな感じで。
「なに現実逃避してるのよ。さぁ、行くわよ!」
「もうかよ!? ちょっとは準備させろよ!」
「時は金なり、よ! 思考を切り替えなさい! これは戦争なの! 少しの遅れが命を落とすと思いなさい!」
鬼軍曹みたいなことを言うが、所詮は金儲け。
しかも遺跡は逃げたりしない。
「はいはい、急がせていただきますよ。とりあえず、紅茶でも飲んでてくれ」
「だから、急ぎなさいよ!」
「できるだけ急ぐよ」
騒ぐアリシアを置いて、俺は部屋を出た。
さて、どうしたもんかな。
前回のレグルスでの事件でわかったことがある。
俺はトラブルに愛されている。
俺がトラブルメイカーというわけじゃない。それは断じて違う。
しかし、トラブルが俺に寄ってくることは事実だ。
マグドリアでの戦争にせよ、レグルスでの事件にせよ、気付いたら中心にいた。
今回もそうなる可能性がある。
なにせ古代遺跡だ。
「……考えすぎか。ブライトフェルン侯爵領から出なければ平気だろうし」
トラブルの原因は基本的に使徒だ。
使徒と関わらなければ問題はない。
そう判断して、俺は自室に行って、旅支度を始めた。




