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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
97/147

第一巻 発売記念SS

 レグルス王国での一件から一カ月ほど。


 ユウヤとセラは無事にアルシオン王国に帰ってきていた。

 二人は戻ってきた日常をそれなりに満喫していた。


 とくにユウヤは戦争とは無縁で、ゆっくり流れる時間を楽しむという、老人顔負けの精神性を見せていた。


 しかし、セラは満足出来ていなかった。

 なぜなら。


「本が少ない……」


 ぼそりと呟かれた言葉に、たまたまセラの近くにいたリカルドは困惑していた。

 セラの視線の先には、リカルドが集めた本が仕舞われている本棚があったからだ。


 自慢ではなかったが、リカルドは本好きであり、本を集めるのも趣味と言っていい男だった。

 ゆえに、クロスフォード伯爵領の本は、ほかの貴族のそれを大きく上回る。


 ユウヤとセラがいない間にも本は増えており、リカルドとしては散財を怒られないか気にしていたほどだ。

 だが、愛娘の反応は真逆だった。


「……セラ。僕のコレクションがお気に召さなかったかな?」

「うん」

「……」


 密かに自信があっただけに、リカルドは内心ショックを受ける。

 だが、それを表に出さず、眼鏡の位置を直す。


 そして気を取り直して、セラに訊ねた。


「ちなみにどこが気に入らないんだい?」

「量と質。レグルスの王城じゃもっと読める物がたくさんあった」


 とんでもない所と比べられたものだと、リカルドは苦笑した。

 不満を口にするセラの唇は微かに尖っている。


 その表情を見れば、親として本を買ってやるという行動に出たいところだったが、比較対象がレグルスの王城では敵いはしない。


「まいったなぁ。とんでもない贅沢を覚えてきたようだね……」


 リカルドは頬を掻きつつ、どうしたものかと思案する。

 しかし、リカルドは伯爵として領地をまとめ上げる仕事がある。

 この領地を離れることはできない。


 つまり本を手に入れられるかは商人次第ということになる。

 それではセラを満足させることはできないだろう。


 弱ったなぁ、とリカルドは呟く。

 思えば、それが始まりだった。




●●●




「ということがあってねぇ」


 その日の昼。

 リカルドは、時間を見つけてユウヤと、遊びに来ていたアリシアにセラのことを話していた。


「流石はセラといったところかしら? 本の虫だし」

「確かにレグルスじゃ暇があれば本を読んでたなぁ」


 アリシアは普段のセラを思い出し、ユウヤはレグルスでのセラを思い出す。


 しかし、二人とも明確な解決策など提示はできない。

 なにせ、比較対象が比較対象だ。


 どうしたって見劣りする。


「ねえ、ユウヤ。殿下に頼ってアルシオンの王室図書館を開けてもらったら?」

「お前がどっちの殿下を言っているのか知らないけど、無理だ。その案じゃセラが王都に行かなきゃだろ? 今、セラに王都に行かれると困る」


 主に俺の仕事が増えるから、とユウヤは付け足す。

 それを聞いて、アリシアはため息を吐きながら首を左右に振った。


「駄目な兄ね。セラが可哀想だわ」

「じゃあ、親戚らしくお前が何とかしてくれ」

「仕方ないわね。このアリシアお姉さんが何とかしてあげようじゃない!」


 そう言って、アリシアが胸を張る。

 そんなアリシアを頼もしげに見つつ、ユウヤは思う。


 胸を張っても大して主張できてないけど、と。


「ねぇ、ユウヤ? なんだかあなたの視線がとても失礼なものに感じたんだけど、私の気のせいかしら?」

「ああ、気のせいだろう。とても頼もしいと思ってる」


 ユウヤは早口で誤魔化しつつ、視線を逸らす。

 そんなユウヤの様子にうさん臭さを感じつつ、アリシアは立ち上がった。


「どこ行くんだ?」

「王都よ」

「は?」


 唐突なアリシアの言葉にユウヤは思わず、そんな反応しかできなかった。


 一方、アリシアはユウヤの反応を鼻で笑いつつ、髪をかき上げる。


「私が適当に本を見繕ってくるわ。レグルスじゃ随分と大変だったみたいだし、その労いってところね」

「おー、流石は侯爵令嬢。やることが違うな。それと、俺への労いも頼む」

「今度、紅茶でも淹れてあげるわ」

「……」


 その扱いの差はなんだと、ユウヤは大きく肩を落とす。

 そんなユウヤを満足そうに見つつ、アリシアはリカルドに会釈してから部屋を出ていく。


 その後、バタバタと忙しない足音が遠のいていく。


「はぁ……じゃあアリシアに任せるってことでいいですか?」

「うん、そうしようか。まぁ、伝手を僕も当たっておくよ。正直、今は忙しいからね。誰かに本を贈ってもらうのが一番だと思うよ」

「伝手ですか……。わかりました。俺も当たってみます」


 何かを思いついたのか、ユウヤも椅子から立ち上がる。

 それを見て、リカルドは小さく嘆息する。


「ユウヤ。悪い事は言わないから、君は動かないほうがいい」

「? なぜです?」

「アリシアに任せたほうが賢明だと思うよ。事が大きくならなくて済む」

「言ってる意味がよくわかりませんが……あいつばかりにやらせるのも兄としてどうかと思いますし、やっぱり俺は俺で伝手を当たりますよ」


 笑顔で告げるユウヤを見て、リカルドはそれ以上、何も言うことはできなかった。

 そして、ユウヤも部屋を出て行った。


 一人残されたリカルドは、紅茶を口に含み、これからの展開を思い描く。


「将を射んと欲すればまず馬を射よ、というけれど。どれくらいの人間がそう思うかな?」


 少なくとも、ユウヤの知り合いの何人かはそれを望むだろう。

 問題なのは、誰がセラを射るかという合戦になりかねないということだったが。


「まぁいいか。どうせ、苦労するのはユウヤだしね」


 若いうちは苦労をするべきだと判断し、リカルドはこの問題にこれ以上、深く立ち入らないことを心に決めた。




●●●




 アルシオン王国王都アレスト。


 そこで張り合うように珍しい本を探す二人組がいた。

 とても目立つ二人だ。


 片方は長い金髪をこれでもかというほど螺旋状に巻いており、その髪型のインパクトが非常に大きい。

 片方は栗色の髪を左右で結び、歩くたびに微かに揺れる。髪型のインパクトはそれほどではないが、自然と周りの目を惹きつける魅力を持っていた。


 フェルト・オーウェルとアリシアだ。


 ただし、目立つ理由は二人の容姿というよりは行動だった。


「ちょっと! ついて来ないでよ!」

「あら? ついて来ているのはあなたではなくて?」


 言い合いをしながら、二人は本が売っていそうな場所を片っ端から探している。

 それだけなら可愛いが。


「あ!? それ私が狙ってた本!?」

「まぁ、そうでしたの? ごめんあそばせ。私が買ってしまいましたわ」

「フェルト~!」


 アリシアは今にも魔術で炎を生み出しかねない勢いで、同行者を睨む。

 しかし、そうしている間にも、フェルトは本を選んでいく。

 それを見て、アリシアも本来の目的を思い出す。


 二人が一緒に行動している理由はとても簡単だ。

 たまたま王都に来ていたフェルトと出くわしたアリシアが、舌戦の際にセラへ本を贈ることを言ってしまったのだ。


 それを聞いて黙っているフェルトではなく、こうしてアリシアと競うようにして本を選んでいるわけだ。


「はぁ……マズったわ。私としたことが……」


 自分の軽い口を恨めしく思いつつ、アリシアは本選びに戻る。

 だが。


「……」


 すでに目ぼしい本はフェルトによって買い占められていた。

 フェルトの後ろでは、数人の従者が用意されていた馬車に本を詰め込んでいく。


「アリシアは何を選びましたの? あらあら、まさかブライトフェルン侯爵の孫娘ともあろう者が、その程度をセラフィーナにプレゼントしますの?」

「あんたねぇ……」

「何か文句ありまして? 私が私の使えるお金をどう使おうと自由ですわ」

「この成金貴族! 恥を知りなさいよ!」

「おーっほっほっほ。なんだか負け犬の遠吠えが聞こえますわ。この際、成金と言われても気にしませんわよ? 貧乏よりはマシですもの」


 その一言でアリシアの我慢は限界に達した。

 アリシアは高笑いを続けるフェルトの視界から外れると、ゆっくりとフェルトの馬車へと近づく。


 そして威力を抑えて、初歩的な炎の魔法を車輪に向かって放つ。

 威力を抑えたため、車輪の一部を焦がす程度だったが、それで十分だった。


「ふー……はっ!」


 息を思いっきり吸い込み、アリシアは焦げた部分に蹴りを入れる。

 焦げたせいで脆くなった車輪は、いとも簡単に壊れ、馬車が傾く。


 そのせいで積み込んでいた本が音を立てて崩れていく。


「なっ!? アリシア!? どういうつもりですの!?」

「そっちがその気なら手段は選ばないわ! せいぜい、馬車でも直してなさい!」


 そう言ってアリシアは走り出す。

 資金力では勝負にならないことは、先ほどのことで十分わかったため、フェルトと一緒に行動することを避けたのだ。


「見てなさいよ! セラが気に入る本は私が贈るんだから!」



 

●●●




 アルシオン王国、王城。


 アリシアとフェルトが競うように本を選んでいる頃。

 王城では珍しく走るフィリスの姿が目撃されていた。


 基本的に上品で落ち着ているフィリスが、人前で走ることは滅多にない。

 何事かと城の者たちは噂していたが。


「エリオット兄様! お暇でしょ?」


 エリオットの私室に入ると同時にフィリスはそう告げた。

 少し早めのランチを取っていたエリオットはムッとした表情を浮かべる。


「開口一番、暇とは何だ、暇とは。オレだって忙しいんだ」

「嘘は通じませんよ。私、エリオット兄様の予定はすべて把握していますから」


 フィリスはそう言って一枚の手紙を取り出した。

 どうして自分の予定を妹が知っているのか、と疑問を抱くエリオットではあったが、そこを問い詰めてはいけない気がしたため、スルーする。


「はぁ……で、何の用だ? 確かに暇だ。けどな、午後から街に出ようと思っていたんだが?」

「それは好都合です。先ほどユウヤから手紙が届きまして、セラが本を欲しがっているそうなんです。セラは本が好きですからね」

「ほう? あいつも兄だな。妹へのプレゼントを選びに王都に来るのか?」


 同じ兄として、プレゼント選びに悩むのは理解できると、エリオットは共感を示す。

 だが。


「いいえ。どうやら、自分で選ぶ気はなさそうですよ。珍しそうな本があれば送って欲しいそうです。お金は後程、自分が払うから、と」

「……あいつの面倒くさがりは病的だな。妹へのプレゼント選びを他人に委ねるとは」


 ユウヤの顔を思い出しつつ、エリオットはそう言えば、そういうヤツだったと思いなおす。


「そうなんです。ですから、仕方ないので私が本を見繕うと思うんですが、どうでしょうか?」

「いいんじゃないか? セラフィーナも喜ぶだろ」

「はい。では、お忍びに付き合ってくださいね」

「ああ、わか……ん?」


 エリオットは話の流れが、急激に自分が望まぬ方向に持って行かれたことに気付く。


 エリオットがお忍びで城下町に出るのはいつものことなので、城の者たちは心配などもうしない。

 だが、フィリスがお忍びとなれば話が違う。


 やれ護衛だ、やれ従者だとうるさいのは目に見えている。

 それを嫌って、フィリスはエリオットにお願いをしに来たのだ。


「ま、待て! どうしてオレがそんなことを!?」

「お忍びに関してはエリオット兄様が一番ですから。流石に大勢でぞろぞろと出向くわけにもいきませんし、かといって一人で出て行っては皆、心配しますから」

「お前を連れてお忍びなんて、本当にお忍びになるじゃないか!?」

「ですから、そう言ってます」


 何を今更と言った感じでフィリスが首を傾げる。

 そんなフィリスを見て、エリオットは顔を引きつらせる。


 フィリスがとことん自分を利用する気だと悟ったからだ。


「嫌だ。オレはごめんだ。ユウヤへのプレゼントならまだしも、ユウヤの妹へのプレゼントでそこまで労力を割く義理はない」

「そうですか……。残念です」


 フィリスは気落ちした様子で呟く。

 それを見て、微かに罪悪感を刺激されるが、エリオットはそれを押し殺す。


「そういうことだ。悪いな」

「はい。仕方ないですね。では、お父様にエリオット兄様がいかがわしい店に出入りしているということを報告して、その混乱に乗じて城の外に出ます」

「なにぃ!?」


 エリオットは腰を浮かして、目を見開く。

 それを見て、フィリスはクスリと笑う。


「どのようなお店でしたっけ? 確か」

「ま、待て! わかった、わかったから勘弁してくれ!」

「そうですか? まぁ、エリオット兄様がそう言ってくれるなら、私もお父様に話すことは何もありません」


 フィリスは一度微笑んでから、では、準備をしてきますと言って部屋を出て行く。

 それを見送って、エリオットはため息を吐く。


「相変わらず恐ろしい妹だ……」


 呟き、大きく肩を落とす。

 そして椅子に腰を戻し、食べかけのランチに口をつける。


「しかし、ユウヤも馬鹿なことをしたもんだな。フィリスにプレゼントを贈れなんて……。金以上の何かを要求されるとは思えなかったんだろうか?」


 セラへのプレゼントだが、代償を払うのはユウヤだ。

 そういう意味では体の張ったプレゼント作戦ともいえる。


 だが、エリオットは首を横に振る。


「思い至らなかったんだろうな……。相変わらず、緊急時以外は鈍い奴だ」


 これからユウヤに起こることに同情しつつ、エリオットはランチを片づけ始めた。




●●●



 一方、その頃、レグルス王国。

 ロードハイム公爵領。


「うーむ……」


 執務室で唸るのはレグルスの三使徒が一人、エルトだった。


 その前には一枚の手紙があった。

 ユウヤからの手紙だ。


「手紙には何と?」


 エルトの近くに控えていたクリスが、ユウヤの手紙の内容を問いかける。

 それに対して、エルトは肩を竦めて答える。


「レグルスで頑張ったセラに、本をプレゼントしたいらしい。だが、時間がないから珍しい本を贈ってほしいそうだ。まぁ、セラはレグルスでも働いてくれたし、本を贈るのは良い事だろうな」

「ではすぐに用意しましょう。どのようなジャンルにしますか?」

「そこで悩んでる。どんなものが喜ばれるんだろうか?」


 人に贈り物なんて滅多にしないからなぁ、とエルトは頭を悩ます。

 贈り物を受け取ることはあっても、自分から贈ることは立場的にほとんどないのだ。


「ユウヤ・クロスフォードの妹君ですから、兵法書は喜ばれるのでは?」

「うーん……ありきたりだ。誰でも考えそうだと思わないか?」

「? どういう意味です?」

「あいつが私だけにこんな手紙を送ると思うか? どうせ、知り合いには片っ端から送ってるに決まってる。あとの事なんて何も考えずに、な」


 エルトは面白くなさそうに眉を顰める。

 予想ではあるが、外れていない確信もあった。


 それを聞き、クリスも不機嫌な表情を浮かべた。


「相変わらずですね」

「相変わらずだろ? 本人に他意はないんだろうが……」


 ユウヤには八方美人をしているつもりすらないだろう。

 本当にただ、手紙を送っただけ。


 ただ、エルトにはそれが気に入らなかった。

 自分が他の知り合いたちと同列に扱われるのが。


「ここはやはり、あっと驚く本を贈って、誰が一番かはっきりさせるべきだな!」

「そうですね。誰と一番親しくするべきなのか、ユウヤ・クロスフォードに教えてあげましょう!」


 エルトとクリスが意見を一致させたとき、執務室の扉がノックされる。

 入れ、とエルトが告げると、扉が開かれる。


「失礼しますよーっと。レイド・グラセニック。お呼びにより参上しました」


 軽い口調で入ってきたのはレイドだった。

 ユウヤの手紙を見て、エルトが呼び出したのだ。


「おー、悪いな、レイド。少し知恵を貸してほしい」

「知恵、ですか? オレなんかよりクリス様のほうがよっぽど頼りになると思いますが?」

「いえ、僕もこういうことには疎いので」

「? 何の話です?」


 レイドが首を傾げる。

 それに対して、エルトはユウヤの手紙を投げてよこした。


 まっすぐ向かってくる手紙を丁寧にキャッチしたレイドは、その中身を見る前に差出人を確認した。


「ユウヤ・クロスフォードからですか? 文通とは仲がいいですね」

「違う。私への頼み事だ」

「頼み事? あー、妹へ本のプレゼントを……他人に任せるとはあの人らしい」


 レイドは感想を述べつつ、自分が呼ばれた理由にも察していた。

 どのようなプレゼントがいいか、という話だろう。


「ユウヤのことだ。他の知り合いにも手紙を送ってるだろう。そうなると複数の本がクロスフォード伯爵家に届くことになる」

「負けるわけにはいきません」

「プレゼントに勝ち負けがあるとは思えませんけどね。適当に書庫から何冊か贈ったらどうです? エルトリーシャ様が読まない物を」

「ありきたりな物じゃ駄目なんだ! ユウヤに誰が一番か思い知らせる必要があるからな!」


 妹へのプレゼントで、なぜユウヤに思い知らせる必要があるのか。

 エルトの思考回路に疑問を抱きつつ、レイドは肩を竦める。


「それでプレゼント選びに知恵を貸せと?」

「そうだ」

「オレはユウヤ・クロスフォードの妹と面識はないんですが?」


 会ったこともない人間へのプレゼント。

 しかも年下の女の子となれば、レイドとしても難しいものがあった。


「セラは本が好きだな。物静かだが、結構毒舌だ。頭が良くて、兵の指揮も上手い」

「なるほど。なら軍事関連以外のモノにしたらどうです? 政治や経済、考古学や地理、このへんですかね」


 兵の指揮が上手いなら、ある程度の兵法書は読んでいる可能性が高い。

 ならば、全然違うジャンルにしてしまえばいい。


 本が好きなら問題はないだろう、というレイドの判断だった。


 それを聞き、エルトも笑みを深める。


「よし! それらの本をかき集めろ!」

「わかりました」

「……は?」


 お辞儀をして、クリスが部屋を出て行く。

 それを見て、レイドは頬を引きつらせる。


「いや、一つに絞ったほうがいいと思いますがね……」

「何を言うんだ? 多いほうがいいに決まってるだろ?」


 本は貴重な嗜好品だ。

 貴族でもなければ、数を集められるものではない。


 それを大量に送り付けるのは、ある意味嫌がらせに近い。

 贈ってもらった以上は、お返しを考えねばならないからだ。


「エルトリーシャ様。向こうは伯爵家、こっちは公爵家ですよ? 向こうが気後れするような量は送らないほうがいいと思いますよ?」

「そ、そうか? そういうものか?」

「そういうもんですよ。量より質で勝負したほうがいい」


 言いながら、レイドは思う。

 これは一体、何の勝負なんだろうか、と。


「よし! なら、私が良き本を選ぼう! これで私の勝利は間違いない!」


 胸を張るエルトを見て、レイドは思う。

 ユウヤ・クロスフォードはこうなることを予想できなかったのだろうか、と。




●●●




 ところ変わって、レグルス王国とアークレイム帝国の国境。

 その一帯を領地するディアナ・スピアーズの下にもユウヤの手紙は届けられていた。


 しかし、他とは違い、ディアナはその手紙の内容を見て、すぐに贈る物を決めていた。

 ロードハイム公爵領と比べて、アルシオンと距離があるというのも理由の一つだったが、それ以上にディアナの手元にはセラが読みたそうな本があったからだ。


「喜んでくれるでしょうか」

 

 執務室で仕事を片付けながら、ディアナは呟く。

 その声はいつものディアナよりも弾んでいる。


 ただ、本人にその自覚はない。

 それに気づく者は一人だけ。


「何だか嬉しそうですね」


 ディアナの横で仕事の補佐をしている女性。

 ふわふわの巻き毛を持つ金髪の美女。


 副官であるイレーネだ。

 おっとりした雰囲気を身に纏った女性で、ディアナにとっては姉のような存在だった。


「そうですか?」

「自分じゃ気付いていませんか? 何か良いことでも?」


 イレーネに指摘されて初めて、自分が浮かれていたことに気付いたディアナは、微かに顔を赤く染める。

 その反応にイレーネは苦笑する。


 ディアナは徹底した秘密主義で、限られた者以外には感情すら見せない。

 だが、そのディアナが王都から帰って来てから少し様子が変であることに、イレーネは気付いていた。


 どこか明るくなったと言えばいいだろうか。

 加えて、深く考える時間が増えていた。


 何か良い出会いがあったのだろうと、イレーネは察していたが、それを深く聞くことはしなかった。

 必要があればディアナから話すだろうと思っていたからだ。


「……実は手紙が届きまして」

「手紙?」


 手紙が届いた程度で、この浮かれようならば流石に心配してしまう、とイレーネは思ったが、ディアナは言葉を続ける。


「王都で知り合って……友人になった方が妹に本を贈りたいそうなんですが、忙しいようなんです。それで代わりに本を贈ってもらえないか、という手紙で」

「お相手の妹さんとはお知り合いで?」

「ええ。とても賢い子です。どのように成長するにせよ、必ず名が知られる子になると思います」


 ディアナがここまで褒めるとは。

 イレーネは驚きつつも、その変化を微笑ましいと感じた。


 神威に目覚め、使徒となったディアナには対等の友人はいなかった。

 本人の性格と相まって、普通の友人関係を誰かと気付くのは無理だと、イレーネは諦めていた。


 だが、人は成長するものだ。

 それをイレーネは強く実感した。


 イレーネにとってディアナは仕えるべき主であると同時に、大切な妹のような存在だ。

 それが誰かと私的な手紙のやり取りをして、喜んでいる。


 自分のことのようにイレーネはうれしかった。


「そのご友人はどのような方なんですか?」


 なんとなしに口から出た言葉だった。

 やはり気にはなるのだ。

 ディアナの友人というのが、誰なのか。


 それに対して、ディアナは笑みを深めながら告げる。


「あなたも名前を聞いたことがあると思います。ユウヤ・クロスフォード。アルシオンの銀十字と呼ばれる少年です」

「……」


 イレーネはその少年を知っていた。

 正確には様々な報告を受けていた。


 その実力、戦果、そして交友関係に至るまで。

 隣国に台頭した若き英雄ゆえ、調べていたのだ。


 しかし、まさかそれが主の友人の座に収まるとは。

 人生とは何が起きるかわからないものだ、とイレーネは思いつつ、一つ懸念を抱いた。


「ディアナ様。私の記憶が正しければ、彼はエルトリーシャ様のお気に入りでは?」

「ええ。エルトリーシャとも親しいと聞いています」


 それがどうかしたのかと、ディアナは首を傾げた。

 イレーネは思う。


 ディアナに出された手紙が、エルトリーシャに出されないはずがない、と。


「ちなみにディアナ様はどのような本を贈るつもりですか?」

「兵法書です。いくつか暗記してしまった本があるので、それを贈ろうかと」

「甘いです! それでは負けてしまいます!」


 いつにない迫力でイレーネがそう主張する。


 その迫力に押されて、ディアナは若干身を引く。


「えっと……何に負けるんですか?」

「エルトリーシャ様です。彼女も本を贈るはず。そのようなありふれた物では、殿方の関心は引けません!」

「いえ、そのユウヤ・クロスフォードへの贈り物ではなく、妹のセラフィーナのほうであって」

「それでもです! 可愛い妹に素敵な贈り物をしてくれた友人ならば、彼はもっとディアナ様を信頼するはずです! ここは私にお任せください! 兵法書というなら、良いものがあります!」


 そう勢いよく言われて、思わずディアナは頷いてしまう。

 イレーネはそんなディアナに満面の笑みを向ける。


「ご安心を。薔薇姫などに遅れは取らせませんので」

「い、イレーネ? 私はセラフィーナが喜べばそれで……」

「駄目です! ディアナ様は使徒で公爵なのです。それ相応の物、そうこの世で一つしかない物を私がご用意してさしあげます!」


 そう言ってイレーネは暴走した馬のように部屋から飛び出していた。


 イレーネの様子に圧倒されていたディアナだが、少しして落ち着きを取り戻す。

 そして。


「イレーネのほうが浮かれていますね」


 姉のように思う副官の様子に、苦笑を浮かべるのだった。




●●●




 数日後。

 クロスフォード伯爵領。


「わぁぁぁ!!」


 屋敷の書庫に声が響く。


 普段は感情を表に出さないセラが、年相応に喜びを出していた。

 それもそうだろうと、ユウヤは頬を引きつらせる。


 こんだけ本があれば、喜びもする、と。


 クロスフォード伯爵領にはあちこちから本が送られてきていた。


 まずは王都に行ったアリシアから十冊ほど。

 どれも王都のような大都市でしか手に入らない魔法関連の本だ。

 魔法を扱うアリシアらしいチョイスだ。


 次にフェルトから三十冊ほど。

 どれも大陸各地の地理や風土について書かれた本だ。


 フェルトには手紙を送っていないはずなのに、どうしてと思ったが、それでもセラへのプレゼントとして送られてきた以上、受け取らないわけにもいかない。


 そして王都からはさらにフィリスから五冊ほど。

 数は少ないが、貴重な政治に関する本で、著者の名前は興味のないユウヤでも聞いたことあるモノばかりだった。

 フィリスがこれを手に入れるのに苦労したことは、流石のユウヤでもすぐにわかった。


 以上がアルシオンから送られた本だ。


 続いて、レグルス王国のエルトから二十冊ほど。

 考古学関連の本で、各地にある古代遺跡に触れている貴重な物だ。

 それ以外にも兵法書や経済に関する物も混じっている。


 最後にディアナから一冊。


 これが一番、ユウヤを焦らせた。

 その本は間違いなく世界に一冊しかない本だった。


 なにせ、ディアナがこれまで戦ってきた相手について纏めた物だからだ。

 戦略、戦術、気候、兵の様子。

 事細かに書かれており、相手の動きについてもしっかりと触れている。


 現役の使徒の戦いをここまでしっかりと纏めた物など、これ以外に存在はしないだろう。

 ディアナ・スピアーズの兵法指南書とも言えるものだった。


「……」


 ユウヤは体中から嫌な汗が流れるのを止められなかった。

 なにせ、代金は自分が持つと書いてしまった。


 手紙を出したあとに、一人に絞ればよかったと思ったのだが、その予想は的中していた。


 アリシアとフェルトには手紙を出したわけじゃないため、良しとしても、残りの王女と二人の使徒には代金を払わなければいけない。


 しかし、この本たちに対して、どれだけの代金を支払えばいいのか、ユウヤには皆目見当がつかなかった。


「ユウヤ! ユウヤ! 読んでいい!?」

「あ、ああ、いいよ」


 どこか遠いところを見ながら、ユウヤは今にも飛び跳ねそうほど喜んでいるセラに返事をする。

 セラをそれを受けて、真っ先にディアナの本へ飛びついた。


 完全に非売品。

 オリジナルな一冊だ。

 飛びつかない理由がなかった。


 下手な値段をつけようものなら、殺されるのではないかと、ユウヤは背筋に寒気を感じた。

 ディアナの神威にはとてもじゃないが逆らえない上に、一度、本気で殺されかけている。


 そんなユウヤの前でセラが本を開く。

 すると、一枚のカードがひらひらと落ちた。


「ん?」

「これは……ユウヤへのカード」


 セラがそう言ってユウヤに手渡す。

 それは確かにユウヤへのカードだった。

 差出人はディアナだった。


 そこには。


「代金はいりませんが、お返しは期待しています……」


 見えないプレッシャーを感じて、ユウヤは頬を引きつらせる。

 そして目の前に並べられた本たちに視線を移す。


 今までは量に圧倒されていて、気付かなかったが、よく見れば、あちこちにメッセージカードようなものが見受けられる。


 まさか、と思いつつ、ユウヤはそれを根こそぎ拾い上げる。

 そして。


「全員……似たようなこと書いてあるじゃん……」


 代金はいらないこと。

 お返しは期待しているということ。


 どのカードにもそれは書かれていた。

 こんなことなら、まだお金のほうがマシだとユウヤは両手と両膝をついて絶望した。


 期待されても、返せる物など何もない。

 一体、何を返せばいいのやら。


 すると、ユウヤの肩にそっと手が置かれた。


「父上……」

「ユウヤ……」


 柔らかく微笑む父の姿に、ユウヤは救世主を見た気がした。

 知恵者として知られる父ならば、何か打開策を提示してくれるのでは、と期待したのだ。


 だが。


「これに懲りたら、代金を支払うとか言わないことだよ」

「ち、父上……」

「あと、複数人に声を掛けるのも駄目だ。そういうことは甲斐性のある男性しかしちゃいけない」

「そういうのは良いんで、打開策をください! お返しって何をすればいいんですか!? 期待とか言われても困るんですけど!?」

「自分で考えなさい」


 父親のまさかの裏切りに、ユウヤは目を見開き、その後、力なく倒れる。

 そして心に刻んだ。


 金輪際、彼女たちにお願いごとをするのは止めようと。

 やることが派手すぎて、こちらの予想を容易く超えてしまう。


 どうしたものかと途方に暮れていたユウヤだが、ずっとそうしているわけにもいかず、起き上がって書庫から出て行く。


「方針は決まったかい?」

「ええ。とりあえずお礼の手紙を出します。お返しは……今度会ったときに誠意をこめて、何かします」

「そうかい。君がそれでいいならいいけれどね」


 含みのある言い方をしながら、リカルドはユウヤを見送る。

 そして。


「今度はそのお返しで一悶着が起きそうな気がするけど……まぁいいか。どうせ苦労するのはユウヤだしね」


 そんなことを言いながら、自分も面白そうな本を手に取るのだった。

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