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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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エピローグ 舞踏会

 8月28日。

 

 レグルス王城。舞踏会場。


 舞踏会場には多くの人が集まっていた。

 生誕祭はどうにか最後までやり切ることができ、その後の後処理も終わろうとしている。


 この舞踏会は、表向きは生誕祭の無事終了を祝い、そして労う舞踏会だが、実際は生誕祭襲撃を受けて決まった、マグドリア侵攻への景気づけといったところだろう。


 正直、そんな会にお呼ばれされても困るのだけど。

 敵の襲撃から見事を王都を守り抜いた英雄扱いな身では、断るわけにもいかない。


 いや、そうでなくても親善大使なのだから、断れないか。


 とはいえ、参加はしても踊る気にはなれない。


 昨日、俺は多くの狼牙族を殺した。

 それも怒りのままに。


 レクトルに抱いた怒りが、苛立ちを含んだものだとするなら、今回のは不純物のない単純な怒りだった。

 それゆえに激しかった。


 その激情に任せて剣を振るい、彼らを殺した。

 あの光景をシルヴィアはどんな思いで見ていたのだろうか。


 結局、会う機会がなかったから、話はできなかったが、申し訳ないことをした。

 殺したのは俺だが、連れてきたのはシルヴィアだ。


 責任を感じていてもおかしくない。


 ただ、殺さないという選択肢はなかった。

 捕らえたところで死刑は免れない。


 むしろ戦士である彼らには屈辱だっただろう。

 

 ようはどう殺すか、という点であり、そこまで気にしても仕方のないことかもしれない。

 かもしれないが、気にしないわけにもいかない。


「はぁ……」


 壁によりかかり、グラスに注がれている果汁水を飲む。

 舞踏会であるため、酒も用意されている。だが、どうにも口に合わなかった。

 酒が嫌いというわけじゃないが、どうにも高い酒は口に合わないみたいだ。


 できれば酔いたかった。

 けど、さすがに口に合わない酒で酔うのはごめんだ。


 酔えればいいと思えるほど、酒は好きじゃない。


 着慣れない燕尾服を気にしつつ、俺はバルコニーへ移動する。

 歩いている最中、いろんな人に声をかけられた。


 ドレスを身にまとい、煌びやかな輝きを放つ女性たちにダンスをと誘われたが、すべて断った。

 とてもじゃないが踊る気分でもない。

 そもそも、神威の反動でいまだに筋肉痛だ。


 昨日まで身動きが取れなかったほどで、今も歩くのがつらい。

 ダンスなんて苦行以外の何者でもない。


 軍関係者にも声をかけられた。

 マグドリアとの戦にも力を貸してほしいと言われ、剣の腕を称賛された。


 それには曖昧な笑みで返した。

 アルシオンがレグルスの対マグドリア戦に参加するかは微妙だ。


 なにせ、先の戦からそれほど時が経っていない。

 今から戦を仕掛けるのは負担になる。


 そして最後は貴族たち。

 嫌味を言う者もいれば、自分を売り込む者もいた。

 どうして貴族というのは、どこの国も変わりがないのだろう。


 もちろん、貴族の中にも真っ先に感謝を示すような好人物はいたが、多くの貴族がまず俺を牽制しに来た。


 出る杭は打ちたくて仕方がないのだ。

 特権に守られた自分の立場を脅かされたくないから。


 俺の台頭はレグルスの貴族にとっては面白くない。

 なにせ、俺はフィリスと共にレグルスに来ている。


 フィリスの夫という立場を狙う者にとって、俺は邪魔で邪魔で仕方ないのだろう。


 俺を排除するよりも、フィリスと懇意になることを優先させたほうがいい、とアドバイスしたい気分だった。


 まぁ言わなかったけど。


 そんなこんなでどうにかバルコニーにたどり着いた俺は、そこから一望できるレグルスの王都を見渡した。


 綺麗な眺めだ。

 絶景と言ってもいいかもしれない。


 バルコニーには俺以外、誰もいない。

 皆、舞踏会を楽しんでいるんだろう。


 フィリスも今頃、貴族たちから引っ張りだこだろう。

 その傍にいるセラも、少年たちの人気の的だった。

 こちらも苦労しているに違いない。


 自国の王女と妹という贔屓目を抜きにしても、今日の二人には華がある。


 フィリスは清楚な薄緑色のドレスを身にまとい、セラは黒いドレスを身にまとっていた。


 どちらも人の目を惹きつけて止まない。

 それに二人は生誕祭の際に体を張った。勇気を見せた。


 そういう女性がレグルスでは好まれるらしく、人気はいつもの五割増しといったところだ。


 花に吸い寄せられる蝶のごとく、参加者は二人の側へと寄っていく。

 ただ、綺麗な花には棘があるわけで、その棘を躱せる者がレグルスにいるかどうか。


 ま、俺には関係のない話だ。

 会場に入った瞬間、俺は早々に二人の側を離れた。

 理由は面倒だから。


 二人とも俺を男避けに使う気満々だったし、実際、傍にいれば面倒な相手の対処を任されることになる。

 こんなところでも護衛するのは御免だ。


「出席はしたし、部屋に戻ろうかなぁ」


 呟きながら、果汁水を口に含む。

 親善大使としてあるまじき発言ではあるが、乗り気じゃないのだからしょうがない。


 フィリスとセラには悪いが、ここは退散させてもらうとしよう。


 そう思い、踵を返すと、視界に赤いドレスの少女が飛び込んできた。


 深紅という言葉を連想させる深い赤。

 そんなドレスを身にまとうのは薔薇色の髪を持つエルトだった。


「……」

「……なんだ。何か言え」


 茫然としている俺に向かって、エルトは不機嫌そうな口調でそう言ってくる。

 しかし、その声はどこか遠くから聞こえてくるようで、反応するのに時間を要した。


 エルトならばドレスくらい簡単に着こなして見せるだろうと思っていたけれど、実際に見てみると想像以上に綺麗だ。


 髪も纏めているし、いつもとはまた違った雰囲気を醸し出しているせいか、しばらく見惚れてしまった。


「ユウヤ。聞いているのか?」

「あ、ああ、聞いてる。どうしたんだ? こんなところに」


 正直に見惚れていたというのは気恥ずかしいので、そう問いかけると、エルトは眉間に皺を寄せた。


「ドレスで着飾った女を褒めることもできないのか? お前は」

「いや、その……似合ってるぞ」

「誰にでも言ってそうだな」


 エルトは目を細めながら、俺の横に来る。


 エルトはエルトなのだけれど、いつもと違うせいか、どうにも緊張する。

 いや、まぁ俺も燕尾服を着ているから、いつもと違うのだけど、所詮は俺だ。


 服を変えた程度じゃたかが知れている。


 けれど、エルトは違う。

 フィリスやセラのドレス姿も綺麗だった。

 けれど、エルトのドレス姿は格が違う。


 いつも活動的な服を好むせいか、ギャップもあって、非常に強烈な破壊力を発揮している。


 何が強烈って、大胆に開いた胸元だ。

 意識してないと視線が行ってしまう。

 目に毒とはこのことだ。


「楽しそうじゃないな?」


 唐突にエルトが切り出す。

 その顔は微かに沈んでいる。


 俺が乗り気じゃない理由に検討がついているんだろう。


「まぁ、楽しめと言われてもな。後味が悪いことをしてしまったし」

「そうか……。レヴィンから聞いたぞ。ラディウスの使徒が来ていて、協力したそうだな?」

「ああ。来たとき話しただろ? 銀髪の女の子。あの子がラディウスの使徒だった。狼牙族を守ったおかげで、友好的だったよ」

「お前はつくづく使徒と縁がある男だな。ま、おかげで狼牙族をラディウスに送り届ける道が開けたわけだが」

「これから忙しくなるな。ラディウスとの交渉に、アルシオンの説得。加えてマグドリアとの戦争。盛りだくさんだな」


 他人事のように、これから起きるだろうことを告げていく。

 正直、どれにも関わりたくはない。


 面倒だというのもあるけれど。

 俺は狼牙族を殺した。


 族長の息子にして、戦士長だったグレンを殺し、そしてさらに十四人の戦士を惨殺した。


 覚悟の上で来たし、仕方がなかったと思っているけれど。

 会わす顔がない。


 聞けば彼らはマグドリアから嘘の情報を教えられていたという。

 そんなことだろうと思っていたけれど、そう聞くと罪悪感がさらに刺激されてしまう。


 彼らは彼らなりに同胞を救おうとしただけなのだ。


「ユウヤ。悔やんでいるか? 彼らを殺したこと」

「……まぁな。殺さないで済む道はなかったのかって考えてる」

「なかった。私が保証する」

「それはどうも」


 俺の軽い返しにエルトが顔をしかめる。

 怒ったというよりは、悲しそうな顔だ。


 そんな顔をさせるつもりはなかったのだけど。


「そういえば、クリスが心配していた。連絡は取ったか?」

「ああ、無事だと報告しておいた。お前がラディウスの使徒とこっちに来たあと、賊の討伐も順調に進んだらしいぞ」

「それは朗報だ。ラディウスに行くまでは安全だな」

「そうだな……。けれど、アルシオンの説得に時間をかければ、また彼らは狙われる」


 マグドリアの狙いはラディウスとレグルスが揉めることだ。

 今回の事件で、両国間に問題は浮上したが、マグドリアが望むような揉め事には発展していない。


 あくまでこの問題は話し合いの上で解決されるだろう。

 だが、時間をかければ、マグドリアが何をしでかすかわからない。


 時間はあるようでないのだ。


「頑張れ」

「手伝ってくれないのか……?」

「俺が? さすがに無理だろ」


 間違いなく俺はアルシオンの人間の中で、最も狼牙族を手に掛けた男だ。

 それが狼牙族がラディウスに行くための手伝いなんて。


 アルシオンの貴族たちにどんな言葉を投げつけられるやら。


「エリオット王子に話は通しておく。あとはそっちでどうにかしてくれ。アルシオンもレグルスとの関係を拗らせたくないし、そのうち折れるだろうさ」

「簡単に言ってくれるな?」

「エルトなら簡単さ。クリスも補佐してくれるだろうしな」


 俺のあくまで一歩引いた態度にエルトは肩を落とす。

 だが、そんな姿を見せられても困る。


 無理なものは無理なのだ。

 俺が何を言っても、どの口が言うと返されるにきまっている。


 協力しても足を引っ張るだけだ。


「お前がそう言うなら、この件はもういい。無理強いはしない」

「助かるよ」


 ホッと息を吐きながら、俺は果汁水を飲み干す。

 必要な話は終わった。


 しんみりとした話になってしまったが、当面の方針は決まったとみていい。


「じゃあ、俺は行くぞ」

「ま、待ってくれ! まだ言いたいことがあるんだ……」


 エルトが俺の腕を掴み、俺の歩みを止める。

 振り返ると、エルトがなんだか言いづらそうに、何度も口を開けたり閉じたりしている。


「どうした?」

「いや、その、なんだ。あのだなぁ、そのだなぁ……」

「なんだよ」


 エルトにしては珍しく歯切れが悪い。

 思ったことをそのまま口にするタイプのエルトが、ここまで躊躇うなんて何事だろうか。


「はっきり言え。何か変だぞ?」

「は、はっきり言いづらいから困っているんだろうが! ちょっとは時間を寄越せ!」


 そう言ってエルトは微かに俯く。

 本当になんなんだよ。


 言いたいことがあるのはわかったが、今、言いづらいなら言いやすいタイミングで言えばいいのに。


 あんまり長居していると、また誰かに目をつけられかねない。


「で? なんなんだ?」

「その……ラディウスの使徒と一緒にお前は王都に来たわけだな?」

「ああ、そうだな」

「それで、その……お前が。私を、あれしたわけだ」

「あれってなんだ、あれって」


 ここまで来るとさすがにわかる。

 ようは助けてくれたお礼を言いたいわけだな。


 しかし、素直に言うのは恥ずかしいというわけか。

 流石はクリスだな。

 出発前に言ってたとおり、エルトはたしかに感謝しているみたいだ。


「それは……助けてくれたわけだ。あれだぞ? 私に助けが必要だったわけじゃないんだぞ? お前が勝手に助けに来たわけで、私がた、助けてほしいと言ったわけじゃない! 私としてはプライドを傷つけられたんだ! これが重要だ! わかっているな!?」

「はいはい。わかってる、わかってる」

「なんだかイラつく反応だな……。まぁいい。そこで、だ。そのお礼をしようと思うんだが、どうだ?」


 どうにも要領を得ない。

 お礼ならば、ありがとうの一言で十分なんだが。


「どうだとは?」

「……欲しいか?」

「まぁ、貰えるなら」


 俺がそう言うと、エルトは深呼吸して、一歩引く。

 そして右手を俺のほうに差し出した。


「な、なら、一曲踊ってやる。私と踊れる男なんてほとんどいないんだぞ! 感謝するがいい!」

「いや……お前、自分と踊るのがお礼って。良く言えたな?」

「なっ!? なんだと!? 私が誘ったんだぞ! 誘われることがあっても、誰かを誘うことのない私が!」

「それは貴重だな。うん。だけど、体中がまだ痛いからパスだ」


 そう言って俺はエルトに背を向ける。

 正直、魅力的な誘いだ。


 ただ、エルトと踊ったりなんてしたり、また多くの男に睨まれてしまう。

 そんな危険は冒せないし、そもそもエルトと踊ったら疲れそうだ。


 そんなことを考えていると、俺は壁にぶつかった。


「っっ!?」


 鼻を思いっきりぶつけたため、思わず顔を押さえる。

 しかし、俺が通ろうとしたのは普通にバルコニーの入り口だったはず。


 そう思い、顔を上げると、そこには光り輝く壁があった。


「ふっ、ふっふっふ! ユウヤ……覚えておけ」

「……」

「薔薇姫からは逃げられないのだ!」


 そんなことをエルトは自信満々で告げる。

 お前はどこのボスキャラだと言いたい。


 逃走コマンドが使えないとは。

 というか、こんなしょうもないことに神威を使うなよ。

 神様が泣くぞ。


「お前は私と踊る! 私がそう決めた! 踊れ!」

「我儘だな。お前。さすがは使徒だ……」


 思わず称賛の言葉を送ってしまう。

 実際、大したものだ。

 ここまで自分勝手だと。


 だが、それでこそエルトと言えるかもしれない。


 薔薇色の髪を持ち、威風堂々と俺を見下ろすエルトを見ながら、思わず苦笑する。


「なにがおかしい!?」

「いや、エルトらしいと思ってな。しかし、そんなに俺と踊りたいのか?」


 からかい交じりにそう告げると、エルトが俯く。

 さきほどまでとは打って変わって、なにやら弱気な表情だ。


「仕方ないじゃないか……。これぐらいしか思いつかなかったんだ……。使徒として戦場に出るようになって、戦場で男に助けられるなんて初めてだったんだ。どう感謝を示せばいいか……わからないんだ」

「そりゃあ、まぁ、すごいことで」

「……私と踊るのは嫌か?」


 いまだに痛む鼻をさすりつつ、俺は立ち上がる。

 どうにも今日のエルトは変だ。


 エルトの調子が狂っているから、俺の調子も狂ってしまう。

 いつもなら絶対に拒否るところなんだろうけど。


 俺は差し出されたエルトの右手を取った。


「はぁ……一曲だけだぞ?」

「本当か!?」

「体中がまだ痛いってのは本当だからな? 俺を振り回すなよ? それと俺はダンスが苦手だ」

「そうなのか? 私は得意だから任せておけ!」


 そう言って、エルトは俺はぐいぐいと引っ張っていく。

 すぐに会場の中央へと連れていかれた。


 振り回すなといったばかりなの、こいつは。


 会場中が思わずどよめく。

 はぁ、そりゃあこうなるよな。


「目立ってるじゃないか」

「目立っちゃダメなのか?」


 不思議そうにエルトが返してくる。

 目立たないようにと条件を加えるべきだったな。


 そんなことを思っていると、エルトが俺の両手を取って、体を近づけてくる。


 甘い香りが俺の鼻をくすぐり、ボリュームたっぷりな胸が、俺の体に押し付けられる。


「ああ、そう言えば言い忘れていた」

「な、なんだ?」

「助けてくれてありがとう。ユウヤ。とても感謝している」


 そう言ってエルトは満面の笑みを浮かべた。

 その笑みは今まで見てきたエルトのどんな笑みよりも魅力的な笑みで、俺は再度見惚れてしまったのだった。

長々とお付き合いくださり、ありがとうございます。


これで第二部は終わります。

第三部はある程度、プロットがまとまってから投稿していくので、また期間が空くと思います。

できれば気長にお待ちください。


長い時間、更新しない期間を作ってしまい、申し訳ありませんでした。


では、また次回もお付き合いくださると幸いです。

ありがとうございました。

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