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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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閑話 レヴィンの思惑

 王都イザーク、東門。


 四方に配置された門の内、隠密たちが襲撃を選択したのは東門だった。


 襲撃した理由は至極簡単だった。

 王都を守る守備隊の中で、この東門を守る部隊がもっとも練度が低いからだ。


 弱いところを攻めるのは鉄則。

 だが、それを隠密たちは後悔していた。


 弱い所を攻めたがために、化け物をいち早く引きずり出してしまった、と。


 隠密たちはマグドリアからレグルスに侵入した。

 数は二十三人。


 全員、マグドリアの使徒、テオドールの下で多くの任務をこなしてきた手練れだ。


 レグルス王国に混乱をもたらす今回の任務、危険は承知であったが、それでもやれると皆が思っていた。


 なぜなら彼らの任務は陽動だったからだ。


 狼牙族が王都を荒らすための援護をし、頃合いを見て離脱する。

 そういう手筈だった。


 だが、すでに二十人の仲間たちが帰らぬ人となっていた。

 それをしたのはたった一人の少女だった。


「でぃ、ディアナ・スピアーズ……!」


 恐怖のあまり、後ずさりながら残りの三人は少女、ディアナに震えていた。


 そんな三人から少し離れたところで、ディアナは無表情で歩いていた。

 その周りにはすべて一撃でやられた隠密たちが倒れていた。


「化け物めぇぇぇ!」

「そういう言葉は聞き慣れました。使徒の部下なのですから、知らないわけがないでしょう? 使徒は大抵、化け物なのですよ」


 恐怖に耐えきれなかったのか、それとも勇気を振り絞ったのか。

 一人が短剣を構えて、ディアナに突撃を敢行した。


 それをディアナは睥睨しつつ、手に構えた自分用の獲物をゆっくりと取り出した。


 それは針だった。

 それも細く、長い。


 銀色に輝くその針が、ディアナの武器だった。

 殺傷能力という点ではほかの武器には及ばない。


 だが、ディアナには特別高い殺傷能力は必要なかった。

 たいていの人間はほぼ一撃で倒せるからだ。


 敵に針を投げる一連の流れは、水の流れのようにスムーズだった。


 ローブの裾に隠している針を取り出し、敵に構える。

 そして、力まず、ただ当てることを意識しながら投じる。


 そしてその流れる動作のせいで、突撃した隠密は針への反応が遅れた。

 予備動作がないため、どうしても反応が一瞬遅れるのだ。


 そしてそれはディアナに対しては致命的な隙だった。


 隠密の肩に針が突き刺さる。

 だが、動けない傷ではない。


 刺さったといっても、所詮は針。

 細いがゆえに、よほど当たり所が悪くなければ死には至らない。


 そのはずだった。

 だが、隠密を襲った痛みは想像を絶するものだった。


 今まで味わってきたどの痛みよりも長く、苦しく、重い。

 そんな痛みが肩から湧き上がってきて、その痛みに飲まれた瞬間、その隠密を泡を吹いて倒れた。


 倒れた体はビクビクと痙攣したあと、パタリと動くのをやめた。

 痛みのあまりショック死したのだ。


「なんなんだ……いったい、なんなんだ!?」

「なんでしょうね? 毒かもしれませんし、体の急所を貫かれたかもしれません。さて、私の神威は何なのでしょうね?」


 残るは二人。

 ディアナは左右の手に針を構えて、ゆったりとした動作で近づいてくる。


 彼らにはディアナが悪霊や悪魔の類に見えていた。

 それくらい仲間たちは不自然な死を遂げていた。


 同時にそんなディアナを見るレグルス兵も、彼らと同様の思いを抱いていた。

 ただし、味方であることに安堵している分、気持ちの部分ではレグルス兵たちは軽かった。


 味方も敵も恐れさせるディアナの神威。

 しかし、その正体に気付くものはいない。


 それもそのはず。

 ディアナもことさらに自分の神威がバレないように使っているからだ。


 今日の戦闘を記録しようと、ディアナの神威を推測するのは不可能だろう。

 幻術ということに気付いているものですら、実は幻術ではないのでは疑いたくなるような戦いぶりだった。


 ただし、結局は幻術の応用である。

 ディアナは針によって痛みを得た敵に対して、幻痛を与えたのだ。


 正確には幻術で針の刺さった痛みを増幅させた。


 痛みのあまり、ショック死してしまうほどに。


 ただし、これに関しては精神力が異常に強い人間や、そもそも痛みに鈍感な魔族が相手では効果が薄い。


 ディアナが狼牙族を止められないと言ったのは、それが原因だった。

 つまるところ、ディアナと魔族は相性が悪いのだ。


 ただし、その分、人間に対しては無類の強さを発揮する。

 殺せないまでも、行動不能にするくらいの痛みは誰にでも与えられる。


 それはどんな達人とでも渡り合えるということだ。


 それでもディアナはこの戦い方は好んでいなかった。

 理由は単純で、その技に対して注目を集めてしまうからだ。


 万が一、幻術の応用と気付かれれば、効果は薄まる。

 元来、幻術とはまやかしとわかれば、効果が極端に低くなるものだ。


 それはディアナの神威も同様だった。

 ただし、掛かったことにすら気付かせないディアナの神威は、分かっていても対処はしづらい神威ではあるが。


「くそっ! こんなところで!!」


 ディアナに向かって隠密が二人突撃する。


 だが、彼らは同時に急ブレーキをかけた。

 彼らには突然、目の前に壁ができたように見えたのだ。


 もちろん、ディアナの幻術だ。


 その間にディアナは針を投げつける。

 一人は首に突き刺さり、一瞬で痛みのあまり失神し、そのまま意識が戻ることなく帰らぬ人となった。


 もう一人は先ほどと同様に肩に刺さり、こちらも失神する。

 だが、死には至らない。


 そうディアナが痛みを調節したのだ。


「あなたには後でゆっくりと情報を吐いてもらいますよ。私は、戦闘よりもそういうことのほうが得意ですから」


 微かに笑みを浮かべながら、ディアナは倒れた隠密に告げる。

 そして、視線を王都の中央。

 巨大な城へと向けた。


 いまだにエルトの光壁は王都の民たちを守っている。

 それは戦闘が継続していることを意味していた。


 ただし、その光は弱弱しい。


「エルトリーシャ……」


 ディアナは勇猛で気高い使徒の名を呟く。

 友人というほどには親しくはないが、その在り方をディアナはある種、尊敬していた。


 そのエルトがピンチである。

 今すぐに駆けつけたいが、ディアナはその場を動かなかった。


 まだ隠密が隠れている可能性がある。

 それが理由の第一。


 そして第二に、必要ないと判断していたからだ。

 

 レグルス王レヴィンは大陸に名の知れた賢王。

 しかし、この生誕祭を含む一連の事件に関していえば、多くのことが裏目に出ていた。


 下手をすれば使徒を失いかねない状況。

 だが、ディアナはそれがわざとなのではと思っていた。


 王には別の思惑があるのでは、と。


 そう思えば、一連の失策も合点がいく。

 しかし、どのような思惑であり、使徒を失うほど大事なものではない。


 だからこそディアナは、王にはエルトリーシャを失わないための手立てがあると考えていた。


 そして。

 それは正鵠を射た考えだった。





 

●●●






 レグルスの王城。

 その最上階に位置する王の部屋。


 そこから奥に繋がる部屋がある。

 姿見の間だ。


 そこにレヴィンはいた。


「状況はどうだい? レイナ」


 そしてレヴィンは姿見を使い、マグドリア国境に向かったレイナと連絡を取っていた。


 姿見の向こうには、公爵の正装を身にまとったレイナが跪いていた。


『国境は今のところ落ち着いている』


 ぶっきらぼうに呟くレイナに覇気はない。

 行くなと言われていたにも関わらず、国境に向かった手前、いつも通りというわけにはいかないのだ。


 今回も叱れるのを覚悟、王の前に姿を現していた。

 だが、レヴィンはレイナを叱る気などなかった。


 なにせ、レイナが国境に向かうことは想定の範囲内であったからだ。

 そして止めようと思えばいくらでも手があったのに、それをしなかった。


 それはなぜか。

 そうしてくれたほうが都合が良かったからだ。


「気まずそうだね」

『……悪かったと思ってる』

「そうだね。おかげでこっちはてんやわんやだよ。ある程度、ことは片付いたけど、魔族の襲撃でエルトリーシャとフィリス王女がやられかけた」

『なにぃ!?』


 とんでもないことをレヴィンはサラリと告げる。

 それに対して、レイナは思わず立ち上がってしまう。


 その反応に笑みを浮かべつつ、レヴィンは安心させるように言葉を続ける。


「大丈夫。二人は無事だし、民に被害もない。まぁ、君がいればピンチになることもなかったけれど」

『い、一々、言葉に棘を含ませるなよ……』


 エルトリーシャの無事を聞き、レイナはホッと息をつく。


 好意的とは言い難い相手ではあるが、自分の勝手で命を落としたとすれば、責任を感じる。

 レイナも使徒であるがゆえに、騎士がどれほどの忠節を使徒に捧げているか理解しているからだ。


 エルトリーシャが死ねば、騎士たちは忠義を捧げる相手を失う。

 それはさすがに心苦しかった。


「事実だからね。まぁ、処罰はしない。けれど、仕事はしてもらうよ?」


 そう言ってレヴィンは座っていた椅子から立ち上がる。

 それを見て、レイナは再度、膝をついた。


「勅命である。使徒レイナ・オースティンは軍を率いてマグドリアへと侵攻せよ。休戦協定を破った彼らに、僕らの民が味わった恐怖を何倍にもして味合わせてくるんだ」

『御意。任せろ。失敗は戦功で取り戻す』


 そう言って、レイナは姿見から姿を消す。

 通信が途切れたのだ。


 それを見て、レヴィンはふぅと息を吐いて、椅子へと座った。

 そして視線を横へと向ける。


「珍しいお客だね」

「そうじゃのぉ。お主と会うのは初めてじゃったな。レグルスの王よ」


 言いながら姿を現したのはシルヴィアだった。

 その姿を見て、レヴィンは苦笑する。


「初めましてというべきかな?」

「よく言う。妾とユウヤを監視しておったのじゃろう?」

「おやおや、流石はラディウスの使徒だ。僕の目は優秀で、滅多に気づかれることはないのだけどね」


 王の目。

 つまりは王子飼いの隠密に気づかれていたことに、レヴィンは苦笑する。


 どこの国よりも優秀な隠密たちだとレヴィンは自負していたが、それもラディウスの使徒には通用しないのだ。


「ただ、訂正するなら監視じゃない。動向を窺っていたのさ。君が味方なのか、敵なのか、ね」

「妾はどちらでもないのじゃ。お主たちが魔族に害をなす者ならば敵であり、そうでないならば味方じゃ」

「ということは、今は敵かな? 君の同胞を僕らは討った」

「僕らと括るでない。ユウヤは純粋に自らの大切な者を守りたいがために戦った。そしてお主はそれを利用した。ラディウスの矛先をアルシオンに向けるために、じゃ。妾たちの動向を確認していたのなら、ユウヤが妾の神威で戻ることも確認しておったのじゃろ? じゃから、敵に対して手を打たなかった。ユウヤに狼牙族を撃退してもらうために、じゃ」


 シルヴィアの言葉にレヴィンは目を細める。

 最強と謳われるラディウスの使徒。

 その評価を改める必要があったからだ。


 今までは力の側面だけしか情報が流れてこなかったが、今のやりとりだけでも、シルヴィアが大局的に情勢を読み、レヴィンの思惑にたどり着くだけの知恵者であることがうかがえる。


 敵に回してはいけない。

 そう判断し、レヴィンは素直に謝罪を口にした。


「その点については申し訳ないと思っているよ。君の友人、ユウヤ・クロスフォードを利用したことは、ね。だが、王として必要な決断だったとも思っている」

「白々しいのぉ」

「本心さ。そこで聞きたい。この一件、ラディウスはどう動くつもりだい?」


 レヴィンは微かに手が汗ばむのを感じていた。

 敵対とすると言われれば、レヴィンの命はここで終わる。


 そして魔族ならばそれがあり得た。

 しかし、そうはならないとレヴィンには確信があった。


「今回の件について……ラディウスは一切、干渉しないのじゃ。非は狼牙族にある」

「そう言ってもらえると助かるね」

「じゃが、ロードハイムにいる狼牙族に累が及ぶようなら、その限りではないのじゃ。それと、妾はこの後、エルトリーシャ・ロードハイムとこれからの狼牙族の処遇について話し合う。それも認めてもらうのが条件じゃ」

「それなら問題はないよ。狼牙族のことはエルトリーシャに一任するつもりだからね。ラディウスに送り届けるなら、そうすればいい。ただし、僕は関わらないかわりに協力もしない。アルシオンは君とエルトリーシャでなんとかしてくれ」


 レヴィンは自分が一切、関わらないことを明言する。

 非公式とはいえ、これはラディウスとレグルスの代表会談である。

 その場での発言は、記録に残らずとも効果は残る。


 ここで関わると言ってしまえば、あとでどんな無理難題を吹っ掛けられるかわからないのだ。


「良いじゃろう。それなら妾の要件は以上じゃ。それとレグルスの王よ。一つ忠告しておくが、あまりやりすぎると臣下が離れていくぞ?」

「……なんのことかな?」

「お主、ユウヤが来ることがわかっていたから、エルトリーシャ・ロードハイムを囮にしたじゃろ? マグドリアへ攻め込むために。そして、アルシオンを巻き込むために、あえてアルシオンの王女を避難させなかった。いや、そもそも祭を中止しない時点で、マグドリアへ侵攻する理由付けにする気じゃったな?」


 レヴィンはシルヴィアの言葉に肩を竦める。

 すべて当たっていたからだ。


 レヴィンが生誕祭を続行したのも、エルトが狙われるとわかっておきながら、対処をエルトとディアナに一任していたのも、フィリスを避難させなかったのも。


 結局は、マグドリアに侵攻するための布石だった。


 加えて言うならば、レイナを止めなかったのもその思惑があったからだ。


「ご名答。さすがに君たちの到着が遅くて焦ったし、エルトリーシャが自分を投げ出しすぎていて、肝も冷えたけれどね」

「ふん。アルシオンの王女は死んでも気にしないような言い方じゃな? いや、死んでくれたほうが好都合とも思っておったか? アルシオンはやっきになるからのぉ。王女の敵討ちに」

「それもご名答。アルシオンは同盟国。だけど、腰が重いからね。まぁ、多少の非難は来るだろうけど、多くの敵意はマグドリアに向く」


 否定しないレヴィンにシルヴィアは鋭い視線を投げつけるが、レヴィンはそれを平然と受け止める。

 それが王であると言わんばかりに。


「もう一度、言うがあまりやりすぎるでない。もしもユウヤを見殺すようなことが起きれば、妾はラディウス全軍をあげてお主を討つ。あやつを見殺すような王は賢王ではなく、愚王じゃからの」


 生かしておくだけ無駄じゃ。

 そう言って、シルヴィアは背を向ける。


 そんなシルヴィアにレヴィンは言葉をかける。


「どうしてユウヤ・クロスフォードに拘るんだい? 彼らが使徒だからかい?」

「気付いておったか。いや、当然じゃな。あれだけ力を使えば、聡い者ならすぐ気づく」

「怖いくらいだったよ。クロック砦の戦いでも活躍したと聞いたけれど、聞いていた話とまるで違う」

「当然じゃ。あやつは平穏を求める。その平穏の中には当然のように、エルトリーシャ・ロードハイムや妹、そしてアルシオンの王女が入っておるのじゃろう。巣穴を突かれた動物は激怒する。自然界の鉄則じゃが、穏やかな獣ほど怒らせてはならぬのじゃ」

「なるほど。勉強になるよ」

「ふん、それを知っても利用しようと思わぬことじゃぞ? 手痛いしっぺ返しを食らうからのぉ。あと、拘る理由じゃが、簡単じゃ。助けられた恩がある。それだけじゃ」


 そう言って、シルヴィアは姿を消す。

 神威で転移したのだ。


 そんなシルヴィアを見て、レヴィンは顎に手を当てる。


「うーん、失敗したなぁ。彼女が侵入したときに食料を与えておけば、恩を売れたというわけか」


 そんなことを呟きつつ、レヴィンは立ち上がる。

 いろいろと想定外のこともあったが、概ね予想通りにいった。


 こちらから休戦協定を破ることもなく、マグドリアに侵攻できた。


 狼牙族の件もラディウスが介入してこないならば、ゆっくりと解決できる。


 問題は片付いたと言える。

 ゆえに。


「さて、マグドリアを滅ぼすとしようか」


 そう言って、レヴィンは姿見の間を後にした。

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