第三十七話 ダグネル
明日は都合により、お休みにします。
すみません。
「舐めるなよ!」
叫びながらダグネルが突っ込んでくる。
その突進のスピードは確かに凄い。
強化状態の俺でも手を焼くレベルだ。
その速度に加えて。
「ふん!!」
横から思いっきり振りぬかれた腕を、俺は体を低くして避ける。
当たってはいないが、風圧だけでも威力は想像できる。
さっきまではブルースピネルだったから受け止められたが、普通の剣じゃ受け止めたら折られるな。
となると、避け続ける必要があるわけだ。
ただ、それは長くは続かない。
となるとやることは一つ。
攻撃あるのみだ。
懐に潜り込み、横腹に突きを見舞う。
だが、硬い毛皮に阻まれて、傷がつかない。
「やっぱりか」
「終わりだな。アルシオンの銀十字!」
今は相手の間合い。
そこで受ける術がないというのは絶望的だ。
ここから攻撃を避けるには、相当な速度がいる。
さすがにそこまでの速度は出せない。
けれど。
「それはどうかな?」
そう言って、俺は右手に構えていた剣を、逆手へと持ち替える。
そして、その剣を振りあげた。
「武器強化、六倍」
この剣の限界値は六倍。
当然、限界なだけあって、そこまで強化すれば一瞬だけ力を発揮したあと、剣は折れるなら消失するなりする。
だが、今は一瞬でいい。
それだけあれば、ダグネルを怯ませることができる。
剣はダグネルの毛皮を微かに破り、浅い傷をつける。
攻撃モーションに入っていたダグネルは、それに驚き、いったん距離を取った。
傷が深いわけじゃない。
ただの剣に傷をつけられたことに驚いたんだろう。
しかし、こいつが戦士長になれなかった理由が今のではっきりとわかった。
グレンは確かに強かった。
だが、もっとも俺を苦戦させたのは攻撃ではなく防御面だ。
あいつは三十倍に強化したブルースピネルでようやく攻撃が通るってレベルの毛皮を持っていて、異常なタフネスさも持っていた。
ただでさえ防御が厚いのに、くわえて怯まないのだ。
厄介極まりなかった。
だが、ダグネルは違う。
たかが七倍の強化で攻撃が通った。
もっとしっかりと振っていれば、傷はさらに深かっただろう。
加えて、傷に驚き、退いた。
グレンならあり得ない行動だ。
こいつは速さや攻撃面じゃグレンと同等かもしれないが、防御という点ではかなり劣る。
そしてそうと分かれば。
「畳みかけるのみ!」
俺は近くに落ちていた剣を左右の手に握る。
二刀流だ。
一発の重さは期待できない以上、数で補わねばならない。
「武器強化、八倍」
この二本はさっきの剣より質がいい。
さらに効果が期待できるだろう。
剣を左右に広げながら、俺はダグネルに突っ込む。
がら空きの正面から爪が迫るが、それは右手の剣で弾く。
微かに光を発して、右手の剣が砕け散る。
その最後の輝きを視界に捉えながら、今度は左手の剣をダグネルの腹部に突き刺す。
これも浅い。
だが、刺さることは刺さった。
これを続けて行けば、いずれこいつは倒れる。
幸い、ここには落ちている武器が一杯あるし、なにより武器がない瞬間を狙う他の敵もいない。
戦場なら絶対にできない戦い方だが、こと一対一なら有効かもしれない。
ダグネルの攻撃をすれ違うようにして避けて、俺は後方に回り込む。
そのまま地面に刺さっている槍を引き抜き、ダグネルへ投げつける。
「武器強化、七倍」
ダグネルは投げられた槍を爪で弾くが、その間に俺はもう他の剣を二本の手にセットしている。
「武器強化、五倍」
さてと。
向こうの耐久力が切れるのが先か、こっちの武器が切れるのが先か。
我慢比べと行こうか。
●●●
計七本。
ダグネルに刺さっている剣の数だ。
計二本。
この場に残っている剣の数だ。
「よく粘ったが、ここまでだな……」
微かに息を荒げながらダグネルが告げる。
俺の手にある二本。
それがこの場では最後の武器だ。
加えて、残念なことにこの二つは質が悪い。
せいぜい三倍が限度だ。
それじゃあ、ダグネルの毛皮は抜けない。
それをダグネルがわかっているとは思えないが、獣人ならではの勘で、こっちの武器が大したことないのを見抜いているのかもしれない。
自分に脅威かそうではないか。
そういう分別でもしているんだろうか。
ここでブラフを使うのも悪くない。
ただ、そうやって長引かせても、こっちに決定打がないことには変わりない。
「その首貰う。大人しくしていれば、楽に殺してやろう」
「はっ! 苦しませて殺す元気がないだけだろ? お前、フラフラだぞ?」
挑発だ。
それはダグネルもわかっている。
ただ、それを受け流す気はなさそうだ。
ダグネルの体に力が入る。
決めに来る気か。
当然だろう。
俺の背中側には城の正門がある。
つまり、退路はない。
今までのように、動きながら攻撃を避けることはできないということだ。
それにここまでの戦いで、俺の動きに慣れ始めている。
単純な避け方じゃ捉まる。
さて、どうするかと考えたとき、俺の視界の端にあるモノが入る。
それを見て、俺は苦笑する。
「何がおかしい?」
「じきにわかるさ」
挑戦的な笑みを浮かべて、俺は二本の剣を構える。
それに対して、ダグネルも両手を前に突き出した。
十本の指には鋭い爪が十本。
下手な業物よりも切れ味鋭い凶器だ。
それにそれを掻い潜っても牙がある。
俺から仕掛けるならまだしも、追い詰められた上で決めに来た攻撃を避けるのは難しいだろう。
だが、俺に不安はない。
すでに勝機は見えているからだ。
「来いよ。ダグネル」
「言われるまでもない!!」
突進。
前に突き出された十本の爪が俺へと迫る。
その爪に対して、俺は二本の剣を投げつけた。
一瞬、ダグネルの勢いが鈍る。
だが、爪が剣を弾いたのを見て、一気に加速してくる。
けれど。
「上!?」
俺は正門を駆けのぼり、ダグネルの上へと飛んでいた。
しかし。
「馬鹿め! 自ら身動きの取れぬ宙に浮くとは!!」
「いや、そうとも限らないぞ?」
言いながら、俺は宙に着地する。
厳密には宙に作られた光壁に。
「やられっぱなしというのは性に合わん!」
バルコニーに視線を向ければ、エルトが身を乗り出している。
その手にはエルトの愛剣。
それもエルトの父が買い集めた剣だろう。
おそらく魔剣。
しかも、ブルースピネルよりも格上の。
それをエルトは躊躇いなく投げた。
放物線を描くその剣を受け取り、俺はダグネルへ視線を向ける。
上を押さえられては不利だと判断したのだろう。
ダグネルは攻撃を諦めて、距離を取ることを選んでいた。
それは間違いじゃない。
けれど。
「その判断がお前とグレンの差だ!!」
光壁から飛び降り、俺はダグネルに肉薄する。
苦し紛れの攻撃を躱し、やや赤みの帯びた刀身を持つエルトの剣を引く。
狙いは首元。
この距離じゃ外さない。
「武器強化、三十倍」
どんな効果がある魔剣なのか知らないが、限界値は百倍を超えている。
遠慮せずに強化したら、下手したら周囲に被害が出かねない。
だから、仕留めるのに十分な強化を施して、俺は突きを繰り出した。
元々、エルトの技量と相まって、強化なしでも狼牙族を切り裂ける魔剣だ。
強化されたそれは、驚くほどの滑らかさでダグネルの首を貫き、そして余波で首を吹き飛ばした。
間違いなく致命傷。
これがグレンなら下手したら、最後の一撃を繰り出してくるかもしれないが、ダグネルならあり得ない。
「お前はグレンよりも心が弱い。あいつほどお前は戦士じゃない。それがグレンとお前との明確な差だ」
そう言って、俺は剣に付いた血を払い、物言わぬダグネルの体に背を向けた。
正門前には死体の山ができている。
狼牙族と狼牙族にやられたレグルス兵だ。
ざっと見て三十くらいはあるだろうか。
ほぼ半分くらいは俺がやったわけだが、我ながら無茶をしたものだ。
そしてやらかしたと言えるだろう。
これを見て、誰が俺を普通の人間だと信じようか。
俺から明かさない限り、俺が使徒だと公の場で叫ぶ輩はいないだろうが、噂は広まる。
アルシオンの銀十字は使徒だ、と。
別に困ることはない。
どうせ、すでに名前は売れている。
王に事実かと尋ねられても、聖痕はないと言い張ることもできる。
だから、問題はない。
ただ、完全に描いていた辺境での穏やかな暮らしはできないだろうな。
これだけ力を見せつければ、レグルスもアルシオンも放ってはおかない。
だが、それでもいい。
今はそう思える。
もちろん、時間が経てば後悔するだろうが。
バルコニーからこっちに手を振っているエルトたちの無事な姿の代償だとするなら、使徒だと噂されることなんて安いものだ。
ま、使徒として一生、戦いに生きる気は毛頭ないけれど。
とりあえず、当面の問題が片付いたことを喜ぶとするか。
すでに王都で戦いの音は聞こえない。
ディアナがいないし、別の場所でも襲撃があったんだろうが、それももう終わっているだろう。
これで一連の騒動は終わりだ。
マグドリアの思惑を阻止できた部分と、阻止できなかった部分が半々といったところだが、後手に回ったにしては上出来だろう。
あー、疲れた。
流石に前回のように意識を失うほど疲れてはいないが、すでに体中、筋肉痛だ。
そのうち、動けなくなるかもしれない。
その前にエルトたちのところに行こう。
そう思いながら、俺は一生懸命、足を動かした。




