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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第三十六話 ユウヤの本気

 

 さて、さっき吹き飛ばした奴は生きているけど、起き上がる気配を見せないし、まずは無視していいだろう。

 

 つまり、あと十一人。

 その内、五人は獣化した戦士。

 

 戦士長だったグレンより強いってことはないだろうけど、五人となるとやりにくい。

 

 クロック砦での戦いの際、グレンはラインハルトと二対一で向かってきた。

 だが、彼らは狼だ。


 得意とする形はおそらく。

 

「来たか」


 正面から獣化した戦士が二名。

 挟み込むようにして、獣化してない戦士が四名。

 

 計六名が一斉に動き出した。


 狼は集団で狩りをする。

 彼らも同様の戦術を得意としているわけだ。

 

「クロスフォード大使を守れ!」


 レグルス兵が動き出すが、それを俺は制す。

 感情的なモノを抜かしたとしても、彼らは足手まといだ。

 

「必要ない! バルコニーの守備を固めてろ!」


 言いながら、俺は正面から来る二人の獣化した戦士に狙いをつける。


 獣化していない戦士なら、意識しなくても倒せる。

 だが、さすがに獣化している戦士はそういうわけにはいかない。

 

 まず、一人目の爪を剣で弾く。

 続いて、二人目が横から薙ぐようにして爪を振ってくる。

 

 それを受け止めると、獣化していない戦士たちが飛び込んでくる。

 

 爪を受け止めた状態じゃ反撃できないと思っているんだろう。

 確かに恐ろしいまでの力で押されているから、気は抜けない。

 

 けれど、身体能力で優位に立っているという前提が間違っている。

 今の俺にとっては、押し返せないような力じゃない。

 

「おらぁ!」


 気合いとともに爪を弾き返す。

 俺の視界にはすでに、不用意に飛んだ獣化していない戦士たちが映っている。

 

 彼らの目が、今の心情を表していた。

 

 あり得ない、と。

 

「はっ!」


 息をはきながら、標的を飛び掛かってきた四人に切り替える。


 一人目は正面からの斬り落とし。

 二人目は袈裟斬り。

 三人目を突く。


 四人目はそのまま横に薙いで、上半身と下半身を分断する。

 一人に一太刀。


 獣化した戦士とわずかに距離が空いた瞬間の出来事だ。

 他の奴らはまさかと言わんばかりの顔をしている。


 けれど、俺にとっては当然だ。

 狼牙族の戦士長、グレンと戦ったときですら、二倍だった。

 加えて、あのときグレンは狂化が掛かっていた。


 それでも負けることはなかった。

 それで今は三倍だ。


 いくら数で押してこようと、力でどうにかできる。


「どうした? 怒りをぶつけに来いよ。ビビってる場合か?」


 四人が瞬時にやられたのを見て、突撃を仕掛けてきた二人が怯む。

 それを挑発するが、さすがに感情に任せて向かってはこない。


 それが理性による判断のか、動物的本能なのか。

 ま、どっちにしろ、二人で突っ込んできてくれたほうが楽だったんが、しょうがない。


 俺のほうから行くか。


 だらりと剣を下げたまま、間合いを詰める。

 すでにブルースピネルの強化は解いている。

 これ以上、負担を与えて折れては困るからだ。


 おそらくまったく強化していない状態だと、獣化した戦士に致命傷を与えるには、相当強く打ち込む必要があるだろう。


 効率は悪いが、仕方ない。


 ゆっくりとした動作から、俺は瞬時に加速する。

 緩急の差で、二人の戦士は反応できない。


 その隙をわざわざ見逃してやるつもりはない。


 低く潜り込み、すれ違い様に横腹を切り裂く。

 だが、浅い。


 もう一撃と思ったが、もう片方が俺に腕を振り上げる。


 咄嗟に剣で受け止め、そのまま受け流す。

 俺の視界に攻撃を受け流されて、体勢が崩れた戦士の首が見える。


 そこに渾身の一撃を叩き込む。

 肉を切り裂く感触と骨が折れる嫌な音が響く。

 流石に首を斬り飛ばすとはいかないか。


 だが、一人は仕留めた。

 残る獣化した戦士は四人。


「アルシオンの銀十字ぃぃ!!」

「喚くな」


 脇腹から血を垂らしながら、もう一人が叫ぶ。

 相方をやられて、ご立腹なのはわかるが。


 自分の心配をしたほうがいい。

 今も俺の間合いだ。


 突き出された爪を横に躱し、さきほどと同じ箇所を斬る。

 より深く、より強く踏み込んで。


 手ごたえはあった。

 ずっしりと重い手ごたえだ。

 生きるために必要な器官をいくつか損傷させた。


 だが。


「タフだな」


 驚いたことに戦士はまだ動いた。

 すれ違いながら脇腹を斬った俺に対して、噛みつきをしてきたのだ。


 ただ、残念ながら勢いはない。

 当たり前だ。

 死んでないのが不思議な傷を負っているのだ。


 そんな攻撃でどうにかできると思っているのか?


 心の中で冷静に呟き、俺は思いっきり顔を蹴り飛ばす。

 ほっとけば死ぬ奴を相手にしている暇はない。


 残りは総勢七人。

 そのうち、獣化しているのは三人。


「どうした? 狼牙族。戦士を名乗るならもうちょっとやってみせろよ」


 手招きをすると、今度は七人全員が俺に向かってきた。

 それを俺は余裕をもって迎え撃った。






●●●






 七対一。

 どう考えても一のほうが不利だ。


 けれど、力の差があればそうでもない。


 もちろん、容易くはないが。


「うぉぉぉ!!」


 リーダー格の男が思いっきり腕を振る。

 その先にある鋭い爪が、俺の眼前を掠める。


 だが、それが当たることはない。

 これまで、そうであったように。


 七人によるコンビネーション攻撃。

 四方だけじゃなく、上下からも彼らは攻撃を加えてくる。


 ただ、その攻撃は俺にとって反応できる攻撃だ。

 意識の外から攻撃されたとしても、咄嗟の反応でどうにかできる。


 だから、俺に隙は生まれない。

 逆にときおり俺が繰り出す反撃は、彼らにとっては一撃必殺に近い威力を持っている。


 すでに何人かは深い傷を負っている。

 魔族だから耐えられているが、これが人間なら即後方行きだ。


 まぁ、こいつらに後方なんてないけれど。

 あるのは生か死のどちらかだ。


 それはこいつらもわかっている。

 俺を倒さないかぎり、活路はないと。


 けれど、それが一番難しい。

 正直、今の俺を止めたいなら使徒を連れてくるか、それこそ軍隊が必要だろう。


 それくらい負ける気がしない。


「貴様は! 貴様だけは!!」


 振り下ろされる爪を躱す。

 正直、最初こそ剣ではなく、爪という攻撃にやりづらさを感じたが、こうも同じ攻撃が続ければ嫌でも慣れる。


 そして対処法も。


 振り下ろした腕を引き戻す瞬間。

 俺は剣を跳ね上げる。


 獣化していない戦士の腕が宙に浮いた。

 そのまま、返す刀で首を飛ばす。


 これで六人。


 後方から二人が迫る。

 どちらも獣化していない戦士だ。


 完全に囮だろう。

 本命は三人いる獣化した戦士のだれか。


「といっても、みすみす見逃すは時間の無駄だしな」


 振り返り、迫ってきた二人に剣を向ける。

 軽く後方に下がりながら、剣を振り下ろして、一人。

 もう一人は直線的に突っ込んできたため、突き殺す。


 だが。


「ぐっ……今だ!!」


 そいつは腹部に刺さった剣を抱き込むようにして、俺に抜かせないようにする。


 それを見て、残る四人が距離を詰めてくる。


 強化をされていても、防御力が上がっているわけじゃない。

 通常よりは上がっているにしても、獣化した戦士の爪を受ければ、重傷を負うのは間違いない。


 試しに軽く引いてみるが、さすがに決死の覚悟で剣を受け止めている奴から引き抜くのは楽じゃない。


 だから。


武器強化アームズ・ブースト……三十倍トリーギンター


 ブルースピネルを強化して、刃を受け止めた戦士を横に切り裂く。

 そのまま、首を刎ね飛ばし、迫る四人に視線を向ける。


「勝てると思ったのか?」


 元から勝ち目なんてあるわけがない。

 使徒とはそういう存在だ。


 事前に入念に準備して、いろいろな策を施し、ようやく討ち取れるかどうかという人間兵器。

 戦うために力を与えられて、戦いの中で成長していく神の玩具。


 それが使徒だ。


 たかが魔族が数人集まった程度で討ち取れると思う方が甘い。

 ましてや、こいつらは俺を怒らせた。


 逆鱗に触れたと言ってもいい。

 手を出してはいけないモノにこいつらは手を出した。


「甘いんだよ!!」


 まずは最後まで残った獣化していない戦士に向かって、剣を振る。

 まだまだ距離があったが、三十倍にまで強化されたブルースピネルからは衝撃波が生まれる。


 その衝撃波はたしかな威力を持って、そいつの腹部を切り裂いた。

 内臓を撒き散らしながら、そいつが地面へと崩れ落ちる。


 残りは獣化した戦士が三人。


 まさしく人狼というべき三人は、俺にひるまずに突っ込んでくる。

 その心意気は称賛に値するが、無謀と言わざるをえない。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 振り上げられた爪に向かって、ブルースピネルを振る。

 今までなら拮抗していたが。


「なっ!?」


 今のブルースピネルは大陸屈指の切れ味を誇る。

 いくら魔族の爪でも、打ち合えば斬れる。


 自慢の爪を斬られ、茫然としている戦士の喉元を俺は掴み、地面に叩きつける。


「ぐっ!!」


 そのまま喉を締め上げて、相手の抵抗を奪う。


「やめろぉぉ!!」


 息ができずにいる同胞を見かねて、もう一人が俺の後ろから攻撃を仕掛けてくる。

 だが、それを俺は待っていた。


 その攻撃への盾として、俺は喉を締め上げている戦士を使った。


「なにっ!?」


 俺を狙った爪は、同胞へと当たる。

 そのことに動揺を見せるが、それが致命的だ。


 そのまま喉を締め上げていた戦士ごと、もう一人も貫く。


「がっはっ……!!」

「あと一人か」


 最初の攻防で止めを刺していないのが一人いるが、さすがにすぐには起き上がったりはできないだろう。


 つまり、残るはリーダー格の男のみだ。


「来いよ。まさか一人じゃ戦えないとか言わないよな?」

「舐めるなよ! 我が名はダグネル! グレンと戦士長の座を争った男だ!」

「そりゃあいいな。なら、あの世でグレンに詫びて来い。お前が必死になって守った一族の立場を悪化させたってな!」

「ほざけ! 手に掛けた男がグレンの何がわかる!?」

「わかるさ。お前よりもずっと、な」


 一瞬、俺とダグネルの動きが止まる。

 流れる静寂。


 互いにぶつけ合うのは戦意と殺意。

 ダグネルに後はなく、俺もさすがにこれ以上、戦闘を長引かせる気はない。


 腰が落ち、一撃で決めるための体勢を整える。


 そのとき、後方から音が聞こえた。

 兵士たちの声だ。


 嫌な予感がして振り返る。


 そこにはバルコニーに向かう狼牙族の戦士がいた。

 俺が最初に蹴り飛ばした奴だ。


 あの様子じゃ、傷が重くて動けなかったというよりは、俺がバルコニーから離れるのを待っていたんだろう。

 ちょっと熱くなり過ぎたか。

 しっかりと止めを刺しとくべきだったな。


 今の俺の位置は城の正門よりさらに向こう。

 バルコニーとは数十メートルの距離がある。


 狼牙族と競争して追いつける距離じゃない。

 エルトが迎撃の体勢を取っているが、万が一がある。


 それに俺がやると決めたんだ。

 エルトにはもう戦わせない。


 そう思いながら、俺は右腕を思いっきり後ろに振りかぶる。


「やらせるかぁぁ!!」


 そしてその腕の先にあるブルースピネルを投げ飛ばす。

 要領は投げ槍のときと一緒だ。


 真っすぐブルースピネルは飛んでいき、動き出した戦士を城の外壁に縫い付けた。


 余波で城の外壁にヒビがかなり入ったが、仕方ない。

 だいたい、そんなことを気にしている余裕はない。


 既に俺の背後にはダグネルがいる。


「ユウヤ・クロスフォード!! 覚悟ぉ!!」

「面倒な奴だな!」


 後方に大きく跳躍して、俺はダグネルの一撃を躱す。

 だが、獲物がない。


 流石に徒手空拳だけでダグネルと戦うのはキツイ。

 動きだけでいえば、たしかにグレン並みだ。


 さて、どうしたものかと考えたとき、俺は地面に落ちている剣に気付く。


 倒れたレグルス兵の剣だ。

 そこには多くの剣や槍が落ちていた。


 ちょうどいい。

 使わせてもらうか。


「来いよ。お前はこれで十分だ」


 そう言って俺は無銘の剣を拾って、構えた。

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