第三十五話 真打
狼牙族の里で、方針は決まった。
そうと決まれば、ジッとしている時間はない。
「長距離の移動は誤差が生じる。おそらく、今から飛べば、明日の朝につくじゃろうな」
「俺たちには一瞬なのか?」
「まぁ数秒といったところじゃ。慣れない内はちょっと辛いがの」
意味深な発言をして、シルヴィアは笑う。
その笑い方がなんだか不気味だが、今更、行くのを止めますというわけにもいかない。
「じゃあ、ここは頼むぞ?」
「……」
クリスにそう言うと、仏頂面で睨まれた。
まぁ気持ちはわかる。
本当は自分が行きたいんだろう。
なにせ、エルトが危険かもしれないのだ。
何もかも放り出してでも駆けつけたいと思っているだろう。
「安心しろ。しっかり守るから」
「……あなたの技量を疑ってはいません。ただ、行けないことが不満なだけです」
「しょうがないだろう? 適材適所は基本だ。俺はここら辺のことはわからない。クリスの代わりは務められないんだから」
クリスはそれでも恨めしそうな目をしている。
承諾はしたし、理解もしている。
けど、納得とは程遠いのだろう。
「今回は俺に譲れ。向こうにはセラもフィリス殿下もいる。俺だって行きたい」
「その言い方だと、エルトリーシャ様だけだと行かないような言い方ですね?」
クリスが眉間に皺を寄せて、俺との距離を詰めてくる。
怖いわ。
なんだよ。面倒だなぁ。
「エルト〝だけ〟なら平気だろ? 今回は足手まといが多いけど……本来ならエルトは誰かに追い詰められる奴じゃない」
「それはそうかもしれませんが……」
「それに下手に俺が助けに行ったりしたら、怒られそうだしな。私がそんなに頼りなく見えるか、とか、プライドが傷ついたとか、言いそうだし」
遠いところを見る目で、俺はそうつぶやく。
脳裏には怒り狂うエルトの姿が浮かんでくる。
「そうですね。それは絶対に言いますね」
全幅の信頼を置く副官がそう言うんだ。
これはあり得る未来というわけだ。
しかし、クリスはですが、と続ける。
「感謝もされると思います。他でもない、あなたが助けてくれたならば」
「怪しいな。期待はしないでおこう」
そう言って、俺はクリスの言葉を受け流す。
エルトが素直に感謝を示す場面というのが、ちょっと想像しづらいからだ。
いや、素直とは限らないか。
面倒な感じだったら嫌だな。
そんなことを思っていると、シルヴィアが俺に声をかけてくる。
「そろそろ行くぞ」
「ああ、わかった。じゃあ、クリス。行って来る」
「……我が主君をよろしくお願いします」
そう言ってクリスは今まで見せたこともないほどに、丁寧に頭を下げた。
だが、剣の柄に置いた手は震えている。
そうやって頭を下げるしかない自分が許せないんだろう。
「任された」
そう返事をしたとき、突然、空から烏が降ってきた。
ただの烏なら驚きはしない。
その烏は人並みにデカかった。
それだけならまだしも、着地と同時にその烏は人へと姿を変えた。
白髪頭の老人だ。
その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「シルヴィア様。アークレイムの隠密はすべて排除しました」
「うむ。御苦労じゃった。ヨルゲン」
「シルヴィアの家臣か?」
突然の状況に混乱しつつ、とりあえず味方かどうかを訊ねる。
状況的に敵というのは考えにくいが。
「そうじゃ。妾を追ってきた、小うるさい世話役じゃ」
「小うるさい世話役のヨルゲンと申します。以後お見知りおきを。アルシオンの銀十字殿」
「は、はぁ、よろしくお願いします。それで、アークレイムの隠密はシルヴィアが片づけたんじゃ?」
「隠密が全て出てくるわけないじゃろ? 妾が現れた時点で、本国へ知らせに戻る者たちがいた。そやつらの相手をヨルゲンに任せたのじゃ」
なるほど。
確かに隠密なら数人は様子見を決め込んでいてもおかしくはない。
情報を持ち返るのが一番の任務だからだ。
ただ、それは果たせなかったというわけか。
まぁ、人並みの烏に上から襲撃されては、流石の隠密でも対処に困るだろう。
それに簡単に世話役というが、ラディウスの使徒であるシルヴィアの世話役だ。
只者ではないのだろう。
「ちょうどよいのじゃ。ヨルゲン、お主も残れ。狼牙族を頼む」
「そう言うと思いましたが……無茶はなさらないと約束できますか?」
「妾は手を出さぬ。ユウヤからの要望じゃからな。まぁ、ユウヤが戦っている間に、王と謁見でもしておるのじゃ。さすがに魔族が関わっている以上、ラディウスの使徒として弁明せねばならぬからのぉ」
そうシルヴィアが説明すると、ヨルゲンは納得したようにうなずく。
そして俺のほうに向きなおり、頭を下げる。
「どうか、シルヴィア様をよろしくお願いします」
「そっちも任された。騒ぎを大きくしないように大人しくさせとくよ」
「むっ。世話をするのは妾じゃ! なぜユウヤに頼む!?」
シルヴィアが納得いかないと言わんばかりに騒ぐ。
けど、それに一々付き合っていては、いつまでも先に進めない。
「はいはい。じゃあ、王都までお世話を頼むよ」
俺がぞんざいに頼むと、シルヴィアは頬を引きつらせる。
だが、それに構っている暇はない。
「見よ! ヨルゲン! ユウヤは人への頼み方を知らぬぞ!?」
「そうですな。ですが、シルヴィア様のあしらい方は心得ているようです」
「なに!?」
「いいから行くぞ……。文句は全部片づけたら聞いてやる」
シルヴィアはまだ納得がいかなそうな顔をしているが、あんまり時間がないことも理解しているのか、軽く腕を振って、人が通れるサイズの黒い空洞を出現させる。
「その言葉、忘れてはならぬのじゃ」
「はいはい」
おざなりな返事をしつつ、俺はシルヴィアについていく形で、黒い空洞へと足を踏み入れた。
●●●
足を踏み入れた先は闇だった。
すべてが墨のように真っ黒で、まるで黄泉の国のようだ。
けれど、問題なのはそれじゃない。
シルヴィアの後を追っているはずなのに、俺にはいくつもの感覚が襲い掛かってきていた。
時には浮遊しているようで、時には落下しているようだ。
時には進んでいるようで、時には後退しているようだ。
時には加速しているようで、時には減速しているようだ。
さまざまな感覚が俺を襲う。
シルヴィアの背中を見ていなければ、不安感でどうにかなりそうだ。
それにこうも感覚が変わると酔いがひどい。
めまぐるしい感覚の変化と、闇しかない世界の中で唯一の指針はシルヴィアだけだった。
そんなシルヴィアを中心に光が広がっていく。
一瞬で闇が払われ、どこかの部屋へとたどり着く。
「おぇ……吐きそうだ」
「まぁ、人間には辛いじゃろうな。魔族でも気の弱い者は泣き言を抜かすからの。初めてなのに倒れなかったことは褒めてやるのじゃ」
「そりゃあどうも……」
今、褒められてもあんまりうれしくない。
どうせなら、酔い止めをくれ。
ま、動けないほど酷いわけじゃないからいいけど。
なんとか体を起こすと、俺はあることに気付く。
「ここは……俺の部屋か?」
「そうじゃ。城で知っておるのはここしかないのでな。さすがに王都の真ん中に出るわけにもいかんじゃろ?」
「気軽に城の中に出るのも問題だけどな……」
「しかし、少々遅かったようじゃぞ?」
シルヴィアの言葉を受けて、俺はハッとして窓から外を見る。
そこには狼牙族が城の正門まで攻めてきている光景が広がっていた。
「狼牙族の数は……十四。全員いるというわけか」
族長のルダールから聞いていた数と一致する。
つまり、彼らはマグドリアに協力的だった狼牙族で相違ないということだ。
「押され気味だな」
「神威の助けもなく魔族と渡り合うのは至難の業じゃ。ましてや初めて見て、初めて戦う相手じゃ。レグルス兵はよくやっているほうじゃろ」
シルヴィアの言葉に俺は顔をしかめる。
その理由は王都全域に展開されているエルトの光壁だ。
これを展開しているから、エルトは力を発揮できず、兵たちの守備を固められないのだろう。
「援軍に行く。シルヴィアはどうする?」
「妾はこのままレグルス王に謁見する。苦戦するようなら手を貸してもよいぞ?」
「遠慮しておく。さっき守った狼牙族と戦うのは確かに皮肉だが、シルヴィアが狼牙族と戦うのはもっと皮肉だ。城でジッとしていろ」
ユウヤの言葉にシルヴィアは目を丸くする。
やがて、おかしそうに声をあげて笑う。
「愉快じゃな……ここに至って、妾の心配までしてくれるか?」
「余計なお世話だったか?」
「……正直、助かるのじゃ。同胞を討つのは気が滅入る。もちろん、彼らがもう取り返しがつかないところまで来ていることは理解しておるがの」
そう言ってシルヴィアは俺に背を向けて、部屋を出て行く。
それを追って、俺も急いで部屋を出る。
シルヴィアが向かうのは王がいる最上階であり、俺は正門だ。
向かう先は逆方向だ。
走り出そうとしたとき、背中にシルヴィアの声がかかる。
「ユウヤ。武運を祈るのじゃ」
「ラディウスの使徒に武運を祈られる人間ってのもおかしいな?」
応えつつ、右手を上げる。
それを見て、シルヴィアは柔らかく微笑み、その場を後にする。
城の中に兵士はほとんどいない。
これならシルヴィアも問題なく進めるだろう。
まぁ、何かあってもシルヴィアなら問題ないだろう。
今は自分のことだ。
「強化」
体に強化を施し、階段を駆け下りる。
だが、レグルスの城は巨大だ。
しかも階段一つで、下まで続いているわけじゃない。
一つ階段を下りたら、また違うところの階段に向かう必要がある。
その間に下から上がる悲鳴は増えていく。
一歩踏み出すごとに胸に焦燥感が湧いてくる。
間に合わなかったらどうしようという不安と共に。
長い廊下を走っているとき、開け放たれたままの窓から外の様子が見えた。
ちょうど、ここは正門の上のようだ。
よく状況が見えた。
「なっ!?」
先ほどは気付かなかったが、バルコニーには見慣れた姿がいた。
フィリスとセラだ。
セラはバルコニーから兵士を指揮しているのか、声を張り上げている。
その後ろでフィリスは兵士たちを鼓舞している。
問題なのは狼牙族の動きだ。
十四人の狼牙族がことごとく、バルコニーを目指している。
セラを狙っているのか、フィリスを狙っているのか。
フィリスがあそこにいることを考えれば、狙われているのはフィリスだろう。
わざわざあそこにいる以上、狼牙族の注意を集めるために、囮となっているのだろう。
「馬鹿なことを……!」
思わず口から洩れる。
レグルスの人間に任せておけばいいものを。
ここで命を張って、フィリスにどんな得があるのか。
「貴族の義務とでも言うつもりか? 馬鹿馬鹿しい!」
窓から外の戦況を見守りつつ、俺は再度走り出す。
俺が考えていた状況よりも最悪だ。
よりにもよって、最も危険な場所にフィリスとセラがいるなんて。
おかげでレグルスの民たちは安全かもしれないが、俺からすれば会ったこともないレグルスの民よりも、あの二人のほうが大切だ。
苛立ちが胸の中に生まれる。
それはわざわざ危険に身を晒した二人への苛立ちではない。
二人の側を離れた自分への苛立ち。
今すぐに駆け付けられない苛立ち。
なぜ、俺の神威はシルヴィアのように距離を超えられないのか。
なぜ、俺の神威はレイナのように空を飛べないのか。
なぜ俺の神威はエルトのように他者を守れないのか。
役立たずが。
そんな言葉を自分の神威に贈る。
ようやく階段が見えてきた。
そのとき。
俺の視界の端で何かが飛んだ。
視線を移せば、飛んだのは二人。
一人は狼牙族。
バルコニーにいるフィリスを狙って、大跳躍をしたのだ。
それを追って、もう一人が跳躍した。
エルトだ。
正確には神威を土台にしての跳躍だが、今はそんなことはどうでもいい。
エルトにはいつものキレも力強さもない。
フィリスとの間に割って入ったはいいものの。
「あっ……」
エルトは狼牙族の爪を受け止め、吹き飛ばされた。
城の壁に強くたたきつけられ、咳き込んでいる。
それを見て、複数の狼牙族がバルコニーへと向かう。
戦にはいくつものの分かれ目が存在する。
そしてそれが今、レグルス側に訪れていた。
エルトが追い詰められ、フィリスに迫られている。
守備が崩壊する瞬間だ。
これを立て直すには時間が足りない。
いくらセラでも無理だ。
唯一の対策は、エルトが民に施している光壁を解いて、自分たちを守ること。
だが、それをすれば狼牙族は民へと向かうだろう。
エルトにはもう余力がない。
再度、王都の民を守るだけの光壁を展開するのは不可能だ。
それにエルトは守ると決めたら、必ず守る。
足手まといだからと、途中で投げ出すようなことはしない。
それがエルトリーシャ・ロードハイムだ。
その姿に憧れた。
その器の大きさに。
そのエルトが。
今、追い詰められている。
俺の憧れが。
俺の友人が。
俺の恩人が。
俺が守りたいと思う人が。
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
足が勝手に窓へと向かい、そのまま体を持ち上げた。
一瞬の浮遊感。
そして直後に重力の束縛を受ける。
落下だ。
俺が居たのはまだまだ城の上層。
とてもじゃないが、落ちて助かる高さじゃない。
それでも。
すぐに助けに行くにはこれしかない。
恐れは不思議とない。
それどころか驚くほど頭が冴えている。
生き残るために自分がどうするべきなのか。
それがよくわかる。
頼みの綱は神威と愛剣。
これからのことを気にしても仕方ない。
今、この瞬間。
守りたい人を守るために、できることをやるだけだ。
「強化……三倍」
クロック砦の戦いですら二倍だった。
それを三倍に引き上げる。
そもそも一度もやったことがなかったのだけど、なぜだかできる気がした。
この感覚は前にも覚えがある。
神威が成長するときはいつだってこうだ。
やれる気が何故だかする。
だが、今は感謝しておこう。
おかげで一歩、向かいたい場所へと近づいた。
さらにもう一歩、近づくために、俺は愛剣ブルースピネルを引き抜く。
エルトの父が買ってきた魔剣。
エルトが譲ってくれた大切な形見。
それに俺は強化をかける。
「耐えろよ! ブルースピネル! 武器強化、四十倍!」
微かに青く光るブルースピネルから白い光が漏れ出てくる。
そのブルースピネルを俺は迷わず城の外壁に突き刺した。
普通の剣なら強化を掛けようと折れる。
そもそも外壁に突き刺さらないだろう。
だが、ブルースピネルは魔剣だ。
青の魔剣の特性は永続。
たとえ何千人斬ろうとも、プルースピネルは切れ味を落とさない。
雨風に晒されようと、その姿を変えたりしない。
強化で耐久力さえあげれば、城の外壁だって切り裂ける。
だが、物事には限界がある。
強化を掛けようと、ブルースピネルがいかに魔剣だろうと、城の外壁を丸々切り裂けはしない。
徐々にブルースピネルから抵抗を感じるようになる。
だが、それでいい。
そうしていけば、やがては。
「どうにか減速できたな」
呟き、俺はホッと息を吐く。
俺もブルースピネルも無事だったし、計算通り、かなり減速できた。
止まるのも時間の問題だろう。
だが、ここからなら止まる必要はない。
ブルースピネルを引き抜き、俺は城の外壁を蹴る。
体が宙に浮く前に、強化された身体能力を使って、さらに蹴る。
それを繰り返し、バルコニーの直上まで壁を駆け抜ける。
そして今にもエルト、フィリス、セラに迫ろうとしている狼牙族へ向かって。
俺は飛んだ。
目標は最もエルトに近い狼牙族。
俺にはまだ気づいていない。
ただ、さすがに周りは気付いている。
というか、王都のほとんどの人が気付いている。
なにせ、王城からのダイブだ。
気付いていないのは、バルコニーにいる数人だ。
ただ、それで十分。
「薔薇姫、その首貰った!!」
狼牙族が腕を振り上げる。
鋭利な爪が太陽の光を反射する。
だが、そこに向かって俺はブルースピネルを振りぬく。
一瞬の間のあと、狼牙族の腕が宙に舞い、俺はエルトと狼牙族の間に着地する。
「誰の首を貰ったって?」
何が起きたかわからない狼牙族は、やってきた痛みで蹲る。
当たり前だ。
右腕を斬り飛ばされて平気そうな奴なんて、早々いてたまるか。
「調子に乗るなよ? 狼牙族。ラディウスに行くのも、敵討ちも結構なことだが、お前たちの願いの先には必ず銀十字が立ちふさがるってことを覚えておけ」
「貴様は……アルシオンの銀十字!?」
言葉と同時に剣が駆け抜ける。
蹲っていた狼牙族の首が飛び、ゆっくりと放物線を描いてバルコニーから降りていく。
俺の登場にフリーズしていたほかの狼牙族がそれで動き出すが、遅い。
バルコニーにいるのは残り二人。
一人は懐に入って、胴体を真っ二つにする。
もう一人はバルコニーから思いっきり蹴り飛ばす。
咄嗟に右腕でガードしたみたいだが、強化された俺の脚力で蹴られたんだ。
右腕はもう使い物にならないだろう。
当面の邪魔者を排除した俺は、後ろを振り向く。
そこにはポカンとしている三人がいた。
とくにエルトがそんな表情をするのは珍しい。
ましてや今は戦場だ。
とてもレアな表情だと言えるだろう。
「大丈夫か?」
「え、あ、ユウヤ?」
「大丈夫かと聞いたんだが?」
俺が来たことに混乱してるのか、エルトは俺の質問に答えない。
ちょっと不機嫌そうに再度質問すると、エルトはビックリしたように目を見開き、ゆっくりと首を縦に振った。
「だ、大丈夫だ……ちょっと体が痛むが」
「そうか。ならいいんだ。殿下とセラも?」
「は、はい。大丈夫です」
「平気」
フィリスとセラの無事も確認し、俺はふぅと息を吐く。
ちょっと無謀なダイブだったが、おかげで間に合った。
あとは残りの狼牙族を片づけるだけだ。
「アルシオンの銀十字! ユウヤ・クロスフォード! のこのこと出てきたか! 我らの怒りをぶつけてくれる!!」
リーダー格の男が叫び、獣化する。
それに続いて、四人が獣化を行う。
なるほど。
レグルス兵が苦戦するわけだ。
獣化ができるほどの戦士が五人もいたわけだからな。
いつもなら面倒だという所だが、今日は別だ。
「怒り? 奇遇だな。俺も怒っているんだ」
「なにぃ?」
「そりゃあ怒るだろ? 妹に殿下に、極め付けは俺にとって掛け替えない友人をお前たちは襲った。ここに来るまでちょっとは同情してたが、そんなのは止めだ! ここから一人も生きて帰れると思うなよ!? 俺はキレてるんだ!!」
そう言って、俺はバルコニーから飛び降りて、残り十一人の狼牙族と対峙する。
「下がれ、レグルス兵! そいつらは俺の獲物だ!」
「それはこっちの台詞だ!」
互いに表情を歪め、高まる殺気をぶつけ合う。
戦場の空気に飲まれたことはないし、感情に任せて行動することも滅多にない。
けど、今は無理だ。
こいつらに怒りをぶつけなきゃ、俺は破裂してしまうかもしれない。
前世を含めて、ここまで怒ったことはない。
俺にとって、これは初めての感情だった。
おそらく、人はこの感情を激怒と呼ぶんだろう。
「来い! 狼牙族! その爪と牙を叩き折ってやる!!」




