閑話 エルトの行動
王都で騒ぎが起こる前。
エルトはディアナと共に最終日の警備について話し合っていた。
「城の守りは私がする。ディアナは兵士を率いて、王都の守りを頼む」
「異論はありませんが、もしも民に被害が出たときはどうするつもりですか?」
それはディアナがずっと危惧しており、そして敵が狙ってくるだろうポイント。
民を助けようとすることは悪いことではない。
しかし、それで自分が不利になっては元も子もない。
だが。
「私の神威で守る。城も民も、な」
「流石というべきでしょうが、それで王やあなたが危険に晒されては、意味はありませんよ?」
「私なら平気だ。どこの国の精鋭だろうと遅れは取らん」
「……たとえ相手が魔族でもですか?」
ディアナの言葉にエルトは微かに目を見開くが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「そうか、襲撃してくるのは魔族か。相手にとって、不足はないな」
「可能性が高いという話です。加えて言うなら、その魔族は狼牙族だと思います」
「そうか……。今回ばかりは手加減はできん。彼らには残念なことをするな」
自分が負けるという発想はないのか、エルトはそう言って沈痛な表情を浮かべる。
それを見て、ディアナはこれ以上、何かを言うのは無駄だと判断し、この話題を終わらせる。
「わかりました。あなたはあなたのやりたいようにやればいい。ただ、自分の命を軽く考えないように。あなたが倒れれば、多くの者が危険に晒されますし、〝彼〟も悲しむと思いますよ」
あえてユウヤの存在をチラつかせて、ディアナはエルトに自分を大事にするように諭す。
だが、それは逆効果だった。
「悲しむ? あいつならそうはならない。わざわざ領地を守ってやったのに、何をやっているんだと、私を叱咤するだろうな。そうならないように、私も頑張らねば!」
なぜかやる気を出し始めたエルトに、ディアナはため息を吐く。
慎重さを出してほしかったのに、これでは意味がないからだ。
「まぁ、いいでしょう。くれぐれも気を付けてくださいね? 私はすぐには駆け付けられません。いざとなれば、民を犠牲にしてでも、城を守ってください」
「いざとなったら、な」
エルトは呟き、視線を逸らす。
それを見て、ディアナは確信した。
エルトが民を見捨てることはないだろう、と。
それがエルトの良い所であり、悪い所である。
いつもなら補佐するクリスがいるが、今はいない。
ディアナはセラを呼び、エルトの補佐を頼もうかと思案したが、それは敵わなかった。
「報告します! 王都城壁付近に敵の隠密が現れました。数は二十を超え、どうやら、城門が狙いのようです!」
「城門を開けて何をする気なのだろうな?」
「さぁ? 招き入れる部隊など近隣にはいませんし、どうせ襲撃部隊はもう侵入しているでしょう」
「ということは?」
「陽動です。ですが、放ってもおけないでしょう」
ディアナはため息を吐く。
こうもいいようやられると、敵の手腕に感心してしまう。
陽動とわかっていても、城門の重要性を考えれば、阻止に向かわねばならない。
レイナがいれば、レイナに向かってもらったが、すでに国境へ出発している。
そのほかの有力な指揮官も、使徒を王都に集めるかわりに国内の重要拠点へと散っている。
現状、王都で城門を任せられるのは使徒であるディアナとエルトだけだった。
そしてエルトは防御の要。城から動かすわけにはいかない。
次から次へとエルトの周りから人が離されていく。
敵の狙いの明確さに、ディアナは内心で苛立ちを覚えた。
ここまで明確に使徒を狙ってくる以上、こちらも多少の被害を考える必要性がある。
本来なら。
だが、王は民に被害が出ることを禁じた。そして生誕祭を取りやめることも同意しなかった。
らしくない。
どう見ても下策中の下策。
ディアナは視線を城の最上階へと向けながら思う。
このままエルトを失うことになれば、生誕祭がどうこうの問題ではなくなる。
この状態に至っても、生誕祭を取りやめず、しかもレイナが国境へと向かうことを黙認した。
何か意図があるにしても、気分の良いものではなかった。
「仕方ありませんね。私が行きます。エルトリーシャ。わかっていると思いますが、敵の狙いはあなたですよ?」
「そのようだな。色々と小細工をしているようだが、小細工じゃ私は討てないということを教えてやる」
「はぁ……無茶はしないでくださいね?」
「そっちもな。昼を過ぎれば王都近辺の部隊も駆けつける。奴らはその前に蹴りをつける気だろう。最初から死に物狂いだぞ?」
敵の王都への侵入。
それが自殺行為であることは向こうも承知の上のはずだった。
それでも彼らはやってきた。
それだけ高い忠誠心と目的意識を持っていると言うことだ。
王都近辺の部隊が来れば、完全に敵を沈黙させることができる。
今も十分すぎるほど守備兵はいるが、各方面の守備を疎かにはできないため、王都中心部で使える兵は限られていた。
敵にとっては、それが唯一の勝機であることは明白。
昼頃までにすべてを終わらせる気で来る。
「そうですね。気を引き締めましょう。これ以上、レグルスの王都で好き勝手されては、お互いに部下に示しがつきませんからね」
「そうだな。使徒が二人もいるのだ。これで好き勝手やられては、私たちの無能を証明することになる」
「では、また後で」
「ああ」
そう言って、ディアナとエルトは別れを告げた。
その後、すぐに王都の中心部で悲鳴が上がり、狼牙族が現れた。
それに対して、エルトは城に駐屯している兵を引きつれ、迎撃に向かうのだった。
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「光壁広域展開」
エルトの体から生まれた光る粒子は王都中に散っていく。
それらは民の周りを漂い、狼牙族の猛威から民たちを守っていく。
粒子はどんどん結びつき、やがては大きな壁となり、民たちを守護していく。
王都は広い。
そこにいる民たちをすべて守るとなれば、エルトといえど無理があった。
神威の発動に集中していても、体中から膨大な汗が出て、僅かな時間で疲労が襲ってくる。
だが、それでもエルトは神威を止めることはしなかった。
「この国の民に指一本触れられると思うなよ?」
呟き、エルトは腰の愛剣を抜く。
視界にはエルトの光壁に阻まれ、民に手が出せない狼牙族がいた。
場所は城の正門前。
広く、数を生かして戦うには好都合な場所だった。
やがて、エルトの姿を認めた狼牙族が続々と城へと向かってくる。
一方、レグルス側も城に駐屯していた兵士たちが続々と集結していた。
数の利はレグルス側にあった。
しかし、狼牙族は止まらない。
十体の狼牙族が勢い任せに突っ込んでくる。
先頭を走る一体に向かって、エルトは剣を振るう。
いつもならば目にも止まらぬ剣が鈍く、易々と敵の爪に受け止められる。
「エルトリーシャ・ロードハイムだな?」
「いかにも」
「その首を貰い、我が同胞たちの墓前に飾らせてもらう!」
「あいにく死ぬわけにはいかん。貴様たちの同胞を保護する役目も残っているからな」
「戯言を! 捕らえて、幽閉しておきながら!」
いつものエルトならば、ここで狼牙族を神威で絡めとり、説得する手もあっただろう。
だが、今は神威を狼牙族に向ける余裕はなかった。
こちらに向かってきた狼牙族は十体。
視界の端には、王都中央部で建物を壊している狼牙族もいる。
今、神威を狼牙族に向ければ、その分、民たちの防御が薄くなる。
ゆえにエルトは神威を解くことができず、狼牙族の説得を諦めざるを得なかった。
「くっ! マグドリアに何を吹き込まれたが知らんが、私は幽閉しているつもりはないぞ!」
「ほざけ!」
一応、否定はしたものの、聞く耳は持たない。
エルトは向き合った狼牙族を弾き飛ばし、距離を開ける。
その間に指示を出そうとするが、その間すら敵は与えてくれなかった。
「ちっ!」
間髪入れずに、他の狼牙族が襲い掛かってきたのだ。
その狼牙族を相手にしている間に、指示を出すタイミングを失ってしまう。
クロック砦での戦いと違い、今の狼牙族は消耗していない。
そのせいもあって、複数人でかかっているにも関わらず、兵士たちは苦戦していた。
指示を出す人間が必要だった。
本来ならそれはエルトの役目であったが、今は前線で戦うことで精いっぱいで、そこまで手が回らなかった。
神威の広範囲使用による疲労と、気を抜くと解けてしまいそうになるため、一瞬も気を抜けない精神的負担。
この二つがエルトを追い詰めていた。
どうするべきか。
そう考えることすら億劫で、意識が持って行かれそうになる。
それほど無理のある発動だった。
それでもエルトは止めなかった。
そうするべきだと自分で決めたから。
しかし、長くは続かないこともわかっていた。
持って一時間程度。
どう頑張っても、昼までは持たない。
だからこそ、短期戦を挑みたかったが、それをするには狼牙族は手ごわい相手だった。
「まったく……手の込んだ小細工をしてくれる……!」
言いながら、エルトは気持ちを入れて剣を振るう。
この程度のピンチは、これまで幾らでもあった。
敵軍の中に孤立したこともあった。
疲労で神威が発動しないこともあった。
それに比べれば、味方もおり、神威も発動できる今などどれほどのピンチか。
エルトは自分を鼓舞し、狼牙族に一撃を与える。
「ぐっ!」
その隙を逃さず、エルトは声を張り上げる。
「敵を包囲せよ! 四方から攻撃するのだ!」
その指示を受け、レグルス兵たちが素早く動き始める。
元々、数ではレグルス兵が圧倒している。
狼牙族がいくら強力でも、包囲して得意の機動力を封じてしまえば、どうとでもできる。
問題はこの場にいない狼牙族だ。
どうにかおびき寄せねば、民たちの不安も膨れ上がる。
「さて、どうするべきか……」
再度、向かってきた狼牙族を相手にしながら、エルトは考えを巡らせた。




