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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第三十四話 これからの方針

 族長の家にやってきたクリスは険しい表情だった。


 家にいるのはシルヴィアと俺だけ。

 ルダールを含めた狼牙族やロードハイムの騎士たちは外に待機している。


 俺と視線が合うとクリスは口を開いた。


「呆れましたよ。まさか他国の使徒とつながっているとは」

「黙ってて悪かった」


 素直に謝罪すると、クリスは面白くなさそうに目を細め、やがて大きなため息を吐いた。


 とりあえず、実力行使でシルヴィアを排除するとかは考えてなさそうだ。

 まぁ、そんな無謀なことはしないか。


 ここにエルトがいるならまだしも、ここにはシルヴィアに対抗できる者はいない。

 その状態で敵対するなんて自殺行為だ。


「仕方ないですね。僕でも……言い出せはしないでしょうから」

「理解してくれると助かるよ」


 険しかった表情を緩め、クリスはシルヴィアに向き直る。

 そんなクリスをシルヴィアは興味深そうに見ている。

 反応を楽しんでいるんだろう。


「使徒エルトリーシャ・ロードハイムが副官、クリス・アーリネイと申します。使徒シルヴィア様」

「黒竜族のシルヴィアじゃ。無断で貴国に入ったことは詫びよう。だが、妾にもせねばならぬことがあったことを理解してほしい」

「狼牙族の現状確認ですね? あなた様の立場なら確かにそのとおりでしょう。ですが、一言告げていただければ、こちらからお招きしました。もちろん、非公式ではありますが」

「許せ。ラディウスとレグルスに国交はない。手間を取りたくなかった」


 暗に面倒くさかったと告げるシルヴィアに、クリスは微妙な表情を浮かべた。

 多分、シルヴィアも使徒の例に漏れず、我侭なのだと理解したのだろう。


 しかし、他国に潜入するのはぶっ飛んでいる。

 いやまぁ、エルトも人のことを言えないわけだが。


「それで、我が国、我が領地での保護にご不満はありましたでしょうか?」

「ない。話を聞く限り、とても良くしてもらっているそうじゃな。ラディウスを代表して礼を言う」

「その言葉は我が主に。王都での生誕祭が終われば、すぐに戻ってくるでしょうし、そのときに狼牙族のこれからについても話し合っていただけないでしょうか?」


 クリスの言葉を聞いて、今度はシルヴィアが微妙な表情を浮かべる。

 なんと答えていいのかわからないのだろう。


 俺とシルヴィアで情報交換は終わっている。

 敵からの情報を総合すれば、王都は狼牙族の襲撃に晒される。


 それはほぼ間違いない。

 それが成功しても、失敗しても狼牙族はここにはいられない。


 これからなど話す余地は無くなるのだ。


「何かありましたか? ユウヤ・クロスフォード」

「うーん、簡単に話すぞ? 敵の作戦の大元がわかった。敵はマグドリアに残っている少数の狼牙族を王都に差し向ける気だ。それが実行された時点で、狼牙族はレグルスにはいられない」

「なっ!? レグルスの王都に魔族が攻め入ると言うんですか!?」

「そうなるな。困ったことに止める術がない。どうせもう侵入しているだろうし、今から見つけ出すにしても時間がない」


 今は八月二十四日の夕方。

 生誕祭は八月二十五日まで。

 襲撃があるとするなら、初日か最終日のどちらかだ。


 初日ならもう終わっているし、最終日にしてもここから間に合わない。


 もう王都を信じて任せる以外に手はない。


 まぁ、裏技はあると思うが。


 チラリとシルヴィアを見るが、俺はすぐに視線を逸らす。

 さすがにもう頼るのは無理だろうな。


「確かにここからじゃどうしようもありませんね。エルトリーシャ様たちに任せるしかありませんか……。未然に防げればいいのですが」

「無理じゃろうな。敵は狼牙族だけではあるまい。アークレイムの隠密衆が来ていたように、マグドリアの隠密も来ているはずじゃ」

「おいおい。どんだけ隠密の侵入を許すんだよ……」


 俺の言葉にシルヴィアがため息を吐く。

 状況を嘆くというよりは、俺に対して呆れているようだ。


「なんだよ……」

「お主の楽天的思考に呆れたのじゃ。よいか? マグドリアとアークレイム。この二国はこの一連の動きにかなりの力を注いでおる。おそらく動ける隠密たちの中でも選りすぐりの者たちを送り込んでおるのじゃ。そのレベルの隠密となれば、商人に扮して敵国に入るなど容易いじゃろ。都合のいいことに商人としてレグルスに来ても怪しまれぬからのぉ。今は」


 生誕祭か。

 たしかに商人をいちいち徹底的に調べるわけにもいかないか。


 身分くらい平気で偽造するだろうし、なんだったら隠密としての顔のほかに商人としての顔を持っている者も大勢いるか。


 完全に防ごうとしても無理というわけだ。


「隠密の侵入が防げないのはわかった。それで、その隠密たちの攪乱があったとしてだ。レグルスの王都を落とせるか?」

「落とせるわけあるまい。じゃが、損害なら与えられる」


 シルヴィアはクリスに視線を移す。

 クリスはそれを真正面から受け止める。


「我が主が狼牙族に遅れを取ると言いたいのですか?」

「そういう状況に持ち込むことはできるという話じゃ。エルトリーシャの性格は諸国に知れ渡っておる。最硬の使徒であるエルトリーシャは民を見捨てぬ。民を攻撃すれば、必ず神威を使って守る。つまり、王都の民を守りながら戦わせるわけじゃ。さすがに荷が重かろう。守れてしまうがゆえに、な」


 シルヴィアの予想を聞き、微かにクリスの顔から血の気が引いた。

 エルトをもっとも知るがゆえに、それが起こりうる未来だとわかってしまったのだろう。


 いくら狼牙族の戦士とはいえ、たかが十数人じゃエルトの相手にはならない。

 シルヴィアが隠密相手にしたように、エルトなら神威を使わずとも剣の腕だけどうにかできるだろう。


 ただ、そこに王都の民を守るために神威を発動させ続けるという条件がつけば、一気にきな臭くなる。


 確かにエルトなら王都の民をすべて守ることはできるだろう。

 だが、それはエルトでもキツイ作業だ。


 それをやりながら狼牙族と戦えば、隙が生まれないとは言い切れない。


 ただ、王都にはあと二人の使徒がいる。

 俺が出発する前の話しぶりからすると、レイナは周りの反対を押し切ってでも国境へと向かうだろうから、残りはディアナということになる。


 ディアナの神威は幻術。

 使い方によっては破格の威力を発揮するが、この状況だと微妙だな。


 ディアナの実力は知っている。

 幻術を掛けられれば、逃れる術はない。


 だが、直接的な威力がないのも事実だ。

 それにディアナの神威はレグルス内でも僅かしか知らない秘匿事項だ。


 表立って動くなという命令が出る可能性もある。

 エルトの神威と違って、バレてしまえば効果は幾分落ちるのは確かだろうしな。


 そうなるとエルトは敵の標的になる。


 レイナが残っていれば話は違っただろうが、難しいだろうな。

 使徒を国境から退かせることが休戦協定とはいえ、国境が騒がしくなったのだから動かないという選択肢は彼女の中にはないだろう。


 そこらへんも計算の内で、マグドリアは国境で騒ぎを起こしたのかもしれない。


「シナリオ通りということか?」

「そうでもないじゃろ。本来ならここにいるのはエルトリーシャ・ロードハイムじゃ。狙うのはディアナ・スピアーズだったはず。狼牙族の襲撃さえ成功させれば、及第点。謎多き使徒の神威を暴ければ言うこと無しと言ったところかの? それが崩れた」


 シルヴィアとクリスが俺を見る。

 なるほど。確かに敵のシナリオは崩れているな。

 俺が邪魔をした形か。


 けれど、それでも敵は修正を加えている。

 俺が来たばかりにエルトが危険に晒されているとも取れる状況だ。


「妾としては狼牙族に火の粉が降りかかる前に、彼らを連れてラディウスに行きたいところじゃが……流石にそれは見過ごせぬじゃろ?」

「ええ。流石にそれを見過ごすわけには……」

「俺もそれは無理だな。ラディウスに連れていくってことは、一度はアルシオンに入るだろ? 勘弁してくれ。せっかく落ち着いたってのに、また騒がしくなる」


 シルヴィアの神威なら確かに狼牙族を連れていくことはできるだろう。

 ただし、アルシオンまでだ。

 そこからは流石に船が必要になる。


 まさか海まで越えられるとは言わないだろう。

 そうなると船を調達するのに騒ぎが起きる。


 魔族絡みとわかれば、軍が動く。

 面倒なことこの上ない状況だ。


 下手したら俺も動員されかねない。

 絶対にごめんだ。


「となると、エルトリーシャ・ロードハイムを助ける他あるまい。万が一があれば、狼牙族を守る者がいなくなる上に、妾と交渉できる者もいなくなる」


 そう言って、シルヴィアは立ち上がる。

 クリスが困惑した様子で前提条件を告げる。


「お待ちください。ここから王都までどうやって向かうつもりですか? どう考えても間に合いませんよ?」

「まぁ、飛んでも行けるが、もっと手っ取り早く行ける方法がある」


 そう言ってシルヴィアは黒い空洞を出現させる。

 そして、そこに右手を差し入れる。


 どこに出現するのかと身構えていると、唐突に耳を引っ張られた。


「痛った!?」

「妾の黒洞は離れた空間に移動できる。王都にもこれを使えば短時間で辿りつける」


 言いながら、シルヴィアは俺の耳を引っ張るのを止めない。

 痛みに顔をしかめながら、俺はシルヴィアの右手を叩く。


「とりあえず、この右手を引っ込めろ……!」

「なんじゃ? 新鮮な体験じゃろ?」

「そうだな。十分、味わったから引っ込めろ」


 仕返しとばかりに右手の甲をつねると、シルヴィアは面白くなさそうに手を引っ込める。

 あー、痛かった。爪が耳に食い込んでたぞ。


「僕は真面目に話しているんですが?」

「ん? 妾はいつでも真面目じゃぞ?」

「僕には遊んでいるように見えますが?」

「妾の神威の説明じゃ。断じて遊びではない」


 よく言うよ。

 楽しんでたくせに。


 シルヴィアにとって、今は危機的状況というほどではないのだろう。

 自分が行けばどうにかなる。

 そう思っているのかもしれない。


 だが、残念なことにシルヴィアを王都で暴れさせるわけにはいかない。


「シルヴィア。王都に行くには確かにお前の力が必要だ。けど、王都で力を振るうのは禁止だ」

「なんじゃと!? 狼牙族の戦士には可哀想じゃが、マグドリアに協力し続けている以上、もはや情けは掛けられん。ならば妾が始末をつける。それが筋じゃ!」

「そうかもしれない。けど、それでお前がここにいることがバレたらどうする? さっきの隠密たちは全員倒せたかもしれないが、王都じゃそうもいかないだろう。人の目が多すぎる」

「ぐっ! ならばどうする!? 妾の代わりにお主が狼牙族を止めるのか!?」

「それ以外に手はないだろ? できればエルトが終わらせててくれると嬉しいけど、そう上手くはいかないだろうし」


 俺の後に続いて、クリスが自分も行くと発言しようとする。

 だが、それを視線で制す。


 クリスはここで騎士たちの指揮がある。

 王都も危険だが、賊を逃すのも危険だ。


 結局、フリーな俺以外に適役はいない。


「クリスはここで騎士たちの指揮。シルヴィアは姿を現すわけにはいかない。かといって、大規模な軍勢を王都に送り込めば、アークレイムはシルヴィアの存在に勘づく。俺一人ならどうにか誤魔化せるだろ」

「お主……わかっておるのか? 王都で戦うのは狼牙族じゃぞ? ここで守った狼牙族を今度は殺しに行くのじゃぞ?」


 シルヴィアの問いかけに俺は肩を竦める。

 すでに俺は狼牙族を手にかけている。


 今更、それを恐れても仕方ない。

 それに。


「王都には妹や殿下もいる。それにエルトは俺の命の恩人だ。狼牙族には悪いが、俺にはそっちのほうが大切なんだ。俺は身近な人間たちのために剣を振るう。俺が守らなきゃ、守りたいと思う人たちのために剣を振るう。それを害そうするならみんな俺の敵だ」


 そして敵ならば斬る。

 前の戦でもそうだったように。


 守ると決めた以上、迷うのは後回しだ。

 今回みたいに、迷うのは後からでもできるのだから。


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