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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第三十二話 隠れ里



 複雑な山道を抜け、巧妙に隠された入り口から隠れ里へと入る。


 供回りをするのは、二人のロードハイムの騎士のみ。


 二人とも古参の騎士らしく、余計なことを俺には聞いてこない。


 俺が喋りかけるな、という雰囲気を出しているせいもあるだろう。


 狼牙族と会うのは二度目だ。

 あの戦場以来、俺は彼らと会っていない。


 来ようと思えば来れたが、避けていた。

 向こうに気を遣ったというのもあるが、本音の部分では怖かったのかもしれない。


 どれだけ後悔していないと言っても、怨嗟の言葉を受け止める自信はない。

 そんな強さがあるなら、こんな性格になったりしてない。


 他者を傷つけるのは嫌いだし、自分が傷つくのはもっと嫌だ。

 我儘で自分勝手かもしれないが、心底そう思っているのだからしょうがない。


 だから、気の許せる人たちとの穏やかな日常を望んでいる。

 けれど、時代の流れが俺にそれを許してくれなかった。


 俺は他者を殺し、誰かの恨みを買った。

 できる限りの責任は果たしたと思うが、それが贖罪になるとは限らない。


 ここで呪詛のような言葉をかけられても、俺は受け止めなければいけない。


 そう思っていたのだけど。


「よう。久しぶりだな。アルシオンの銀十字」


 俺を出迎えたのは、そんな陽気な声だった。


 確かエルトと一緒にいた狼牙族の少年、カシムといったか。


 そのカシムが木の家の壁に寄りかかりながら、声をかけてきたのだ。


「久しぶりだな。カシム」

「覚えてたのか?」

「印象に残ってたからな」


 カシムの姉は狼牙族の戦士長、グレンの妻だったという。

 つまりカシムはグレンの義理の弟だ。


 そしてカシムはグレンの最後に居合わせ、グレンに後を託された。


 エルトの手前、俺に向かってくることはなかったが、複雑な思いを俺に抱いているはずなんだが。


「そりゃあ良かった。族長からあんたの案内を頼まれたんだ。あんたも俺たちの恩人だしな」


 そうカシムは言う。

 まさか、と思わず耳を疑う。


 俺が狼牙族の恩人?

 悪い冗談だ。


 俺が全てを台無しにした。

 俺さえいなければ、彼らはラディウスに行けただろうし、あそこまで狼牙族が血を流すことはなかった。


「思ってもいないことは口にしないほうがいいぞ?」

「本当にそう思ってる。確かにあんたはグレンさんを討った。けど、正々堂々戦った結果だ。それに攻め入ったのはオイラたちだ。あんたは国を守っただけ。恨んだりはしてない」

「だが、恨む理由はある」

「なんだよ。恨んでほしいのか?」


 カシムの言葉に俺は押し黙る。

 恨まれてたほうが、恩人と言われるよりも楽だ。


 感謝をされるようあことは一つもしてない。


「まぁ、気持ちはわかるよ。けど、あんたを恨んでも前に進めないからさ。それはみんなも一緒だと思う」


 そう言うと、カシムは手招きをして里の奥へと向かっていく。


 それを見て、俺は深くため息を吐く。


 正直な話、俺の気にし過ぎだったのかもしれない。

 もちろん、殺したことへの責任はあるが、彼らには仲間がおり、家族がいる。


 彼らだっていつまでも止まってはいない。

 恨みを抱き続け、それを糧に生きているわけじゃない。


 もちろん、中にはそういう者もいるかもしれない。

 けれど、全員じゃない。


 狼牙族全体が俺を恨んでいると思っていた。

 そしてそれが仕方ないことだとも思ってた。


 けど、そうじゃなかった。

 そうわかっただけでも、ここに来た意味はある。


 微かに心が軽くなったような気がしながら、俺はカシムの後を追った。






●●●





 案内されたのは素朴な木の家だった。

 周りと全く大差のない家だが、族長の家だという。


 せめて見分けがつくようにしなければ、困ってしまう気もするが、ここには滅多に人が来ないし、見分ける必要性もないのかもしれない。


 家に入ると、小柄な老人が椅子に座っていた。

 狼の耳を微かに立たせ、その老人は俺に一礼する。


「ようこそ。ユウヤ・クロスフォード伯爵公子。狼牙族の族長、ルダールと申します」

「初めまして。ユウヤ・クロスフォードです。此度は先ほどの戦の報告にやってまいりました」


 要件を伝えると、ルダールは頷く。

 先にやってきた騎士がこちらの要件は伝えている。


 今のは形式上の挨拶だ。


 ルダールに促され、俺は椅子へと座る。

 同行してきた騎士たちは家には入っていない。


 彼らは家の前で護衛をしている。

 一応、賊への警戒のためだ。


「では、報告を聞かせていただいてもよろしいですかな? まぁ、あなたがここにいるということが一番の報告ではありますが」

「お察しの通り、戦はこちらの勝利です。現在は敗走した賊の討伐を行っております。まだ近くにいる可能性がありますので、しばらくは里の外には出ないようにしてください」

「心得ました。といっても、我々が里の外に出ることはほとんどありませんが」


 ルダールはそう言って、自分の目の前にある机を撫でる。

 そして家に置かれている家具へと視線を向かわせた。


「ロードハイム公爵が定期的に必要な物を持ってきてくれるのです。あまり外には出せないが、不便はさせないと言って。今ではマグドリアの奥地で生活していた時よりも豊かに暮らせています」

「エルトらしいですね。ですが、ずっと里の中というのも気が滅入るのでは?」

「いえいえ、この里は山の真ん中にありますので、自然にあふれています。子供たちの遊び場にも困りませんし、果物や野菜もたくさん採れます。少々、獣の数が少ないのは残念ですが、我らにとっては快適な場所です」


 さすがは獣人というべきか。

 山の中のほうが住み心地がいいらしい。


 まぁ、彼らが違和感なく町に溶け込んでいるほうが異常か。


 そこらへんを考慮して、エルトはこの里に彼らを住まわせているのかもしれない。


「女子供に年寄りがほとんどですが、ロードハイム公爵の御厚意で不便なく暮らしております。ですから、ご心配なさらずに。こうなったのはすべて我らの決断の結果なのですから」


 ルダールは俺の心の内を見透かすように、琥珀色の瞳を俺に向けてくる。


 心配していたのに、こっちが心配されたか。


 まいったなぁ。

 年の功というやつか。


「そう言われても責任は感じます。正直、あなたに罵声を浴びせられたほうが気は楽です」

「そうでしょうな。だが、私は族長として皆を導けず、血を流させた。そう思い、その責任を感じているのです。そんな私が、どうしてあなたを恨めましょうか」

「それはマグドリアが無理やり」


 俺がそう言うと、ルダールは首を左右に振る。

 そして深くため息を吐き、告げる。


「自分たちで決めたのです。彼らに従うと。これが最後のチャンスなのだと。我らは人間に協力してでも、ラディウスに向かいたかった。そのために血を流し、あなたの同胞を傷つけた。恨むなら私を恨んでいただきたい」

「……俺に誰かを恨む権利なんてありません。ましてやあなた達を恨むだなんて」

「ならば仕方ありませんな。戦とはそういうものなのです。誰にでも恨む権利があり、誰にもない。だからできるだけ避けるべき愚かな行い。けれど、決して無くならぬモノでもあります」


 ルダールは皺が刻まれた顔に、僅かだが悔しさをにじませる。

 それは自分の決断への悔しさか、それともこうなってしまったこと自体が悔しいのか。


 だが、狼牙族には選択肢はなかった。

 いくら狼牙族が精強であろうと、マグドリアという国に目をつけられては敵わない。


 魔族と人間が戦争になり、結局魔族が負けたのは人間のほうが数で勝ったからだ。

 いくら一人一人が強かろうと、膨大な数には敵わないのだ。


「して、ユウヤ殿。ロードハイム公爵の副官殿がいらっしゃると聞いたのですが?」

「はい。今は敵の掃討の指揮に当たっています。彼に何か用ですか?」

「いえ、そこまで重要とは思えず、伝えていなかったことがありまして。よい機会ですのでお伝えしようかと」


 ルダールは先ほどとはまた違った表情を見せる。

 悔しいというよりは、残念といった表情だ。


 ふと引っかかる何かを感じて、俺はルダールにそのことを訊ねた。


「よろしければ聞いても構いませんか?」

「ええ。そこまで大した話ではありません。我々がマグドリアに捕まったとき、率先してマグドリアにつくことを表明した戦士たちがいたのです。彼らは我らと別行動をしていたゆえ、未だにマグドリアにいると思うのです。ただ、言ったところでどうにかなるとは思えませんが」


 ルダールにとっては、残してきた同胞ということになるのだろう。

 それは確かに残念だろう。


 しかし、俺は別の意味で残念だった。

 なぜもっと早くにクリスかエルトにそれを言わなかったのか、と。


 いや、理由はわかる。

 彼らとてここでの暮らしに慣れるまで時間が必要だった。


 それに今、ルダールが言ったとおり、言ったところでどうにかなる問題でもない。


 だが、今の状況でその情報が出てくるとは。


 恐ろしい想像が頭をよぎる。

 最悪なのは、それが非常に高い確率で起こりうるということだ。


「族長……そのマグドリアよりの戦士たちは何人ほどですか?」

「十四人です。皆、若く、あまり人間への偏見を持っていなかったのです。ですから、マグドリアに協力的で……」

「族長。残念なお知らせです。彼らと生きて会うことは諦めたほうがいいでしょう」

「な、なんですと!?」


 いきなりすぎる俺の言葉にルダールは椅子から立ち上がる。

 だが、俺はそれに構っている暇はなかった。


 どう急いだって、生誕祭までにこの情報を王都にもたらすのは不可能だ。


 そもそも、わかったからってどうすることもできない。


 マグドリアに残った狼牙族が王都を攻める可能性がある。

 そうだとしても、生誕祭が中止になるわけではないのだ。


「まずいぞ……」


 レグルスの民にとって、狼牙族は狼牙族なのだ。

 いやもっと広く捉える者も多いだろう。魔族は魔族だと。


 それに良いも悪いもない。

 王都を襲撃したのが狼牙族となれば、矛先は間違いなく、ここに住む狼牙族へと向く。


 そうなるとレグルスから追い出せという声が大きくなる。

 やがてそれが止められないほどになったとき、レグルスは狼牙族を追放するだろう。


 そしてラディウスが動き出す。

 アークレイムやマグドリアにとって、面白くて仕方ないだろう。


 アルシオンとレグルスの同盟は、ラディウスとの戦いで精いっぱいになるのだから。


「族長。俺はこれで失礼します! くれぐれも里の外には出ないでください!」


 そう言って、俺は家から出ようとドアに近づき。


 不意に体が動いた。

 咄嗟だった。


 思考の前に反応があった。


 ドアから遠のき、ルダールを背に庇う形で剣を抜く。


 一瞬の後、ドアが開かれ、赤装束に身を包んだ男が家に入ってきた。


 男の後ろでは、なにやら護衛の騎士たちが同じような服装の者たちと争っている。

 良かった。まだ殺されてはいないらしい。


 音もなく姿を現したあたり、こいつらは間違いなく隠密だ。

 しかも、手に持っている短刀を見る限り、情報収集に来たわけではなさそうだ。


「ユウヤ・クロスフォードだな?」

「だとしたら?」

「死んでもらう」


 そう言い放ち、男は姿勢を恐ろしく低くした状態で突っ込んできた。

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