第二十九話 ここにいる理由
敵は未だに千人近くいる。
そこに対して、半数の五百で突っ込むというのが今回の作戦だ。
防衛ラインを放棄し、この突撃にすべてを賭ける。
どう言葉で包んでも、騎士たちには特攻するという風に聞こえただろう。
日本風に言えば神風だ。
しっかりと作戦は説明したし、勝算があることも説明した。
だが、いくら俺が勝算があると言っても、受け取る側の騎士たちには、そうは思えないようだ。
先ほど、俺が率いていた百人加えて、動ける騎士たちが四百名加わり、騎馬隊は構成された。
その騎馬隊の前で俺は作戦の説明と、士気の向上のために檄を飛ばしたのだが、イマイチ、効果が薄い。
これは、俺がレグルスの人間ではないことが原因だろう。
騎士たちにとってはよそ者。
しかも、エルト絡みでいろいろと複雑な思いを俺に向ける者も多い。
そんな奴の言葉には素直に耳を傾けられなくて当然か。
だが、これは予想通りの反応だ。
予定通りならそろそろクリスが口をはさんでくるはずだ。
俺が先頭を駆ける以上、できれば騎士たちの信頼が欲しい。
信頼があれば、俺の自軍強化が発動できる。
ただ、軍を掌握できていない今は使える気がまったくしない。
敵の新兵器を破壊したあとの突撃では、自軍強化は絶対に必要だ。
だからここで騎士たちの信頼を得ておきたい。
そう思っていると、一人の騎士が前に出てきた。
やや長めの黒髪を持つ青年だ。
年は俺より一つか二つは上だろう。
スラリとした長身で、顔はかなり整っている。
モテるだろうなぁ、なんて印象を抱いていると、その騎士が頭を搔きながら名乗りあげる。
「ロードハイム公爵に仕える騎士。レイド・グラセニックだ。一つ質問をしてもいいか?」
「レイド! また余計なことを言うつもりですか!?」
俺が返事をする前に、クリスが声を荒げる。
そんなクリスを見て、レイドは肩を竦めている。
どうやら結構な問題児らしい。
だが、ここでわざわざ出てきた以上、気になることがあるんだろう。
それは解決しておきたい。
「クリス様。オレはただ質問したいだけさ」
「あなたはいつもそうだ! 余計なことばかりを聞いてくる!」
「オレは必要だと思って聞いてるんだけどなぁ」
レイドは、まいったぜ、と言わんばかりに首を振る。
クリス相手にこの態度とは。
中々に大物だな。
「質問とは?」
「!? ユウヤ・クロスフォード! 彼に発言させる必要はありません!」
「話がわかるねぇ。じゃあ、お言葉に甘えて。率直に言わせてもらうとだな。アルシオンの銀十字とまで言われるあんたが、どうしてここに来たのかってことが知りたいんだ」
レイドは軽く笑みを浮かべて問いかけてくる。
だが、目は笑っていない。
あの目は俺を品定めしている目だ。
少しでも俺が答えを誤れば、レイドは俺を見限りだろう。
確証はないが、そんな気がした。
「レグルス王から要請があった。ロードハイム公爵の代わりにロードハイムの騎士たちを助けて欲しいと。それじゃ納得できなかったということか?」
「納得なんてできるわけないだろ? あんたの戦いぶりはさっき見た。少なくとも無理やり戦わされてる奴の戦いじゃない」
「当然だ。王からの正式な要請だぞ? 失敗すれば必ず非難される」
「そりゃあ確かに大変だな。だが、オレはエルトリーシャ様にあんたのことを嫌というほど聞かされてんだ。エルトリーシャ様曰く、あんたは生粋の事なかれ主義者なんだそうだ。よほどのことがない限り動かない。そういう人間なんだとよ」
「なるほど。合っているよ。けど、王からの要請はよほどのことじゃないのか?」
俺の質問にレイドは笑う。
俺の返し方から、俺がそこまで王からの要請を重要視していないと気付いたんだろう。
いや、元々気付いていたからこんな質問をしてるのか。
何かそう確信するモノが、レイドにはあったんだろう。
「エルトリーシャ様はあんたのことがお気に入りだ。あんたが本気で嫌がっているなら、王の要請だって跳ね除ける。そういうお人だ。だが、あんたは来た。あんた自身に来る理由があったんじゃないのか?」
なるほど。
エルトの人柄からそう推察したのか。
クリスの反応といい、エルトのことに詳しいところといい、ただの騎士ではないことは間違いない。
他の騎士たちと比べても、鎧や剣、つけている装飾品に変わりはない。
だから階級的には普通の騎士なのだろう。
だが、普通ではないことは明らかだ。
有力者の息子とか、昔からエルトとクリスを知っているとか、そんな感じか。
そうなると面倒だな。
レイドに見限られると、レイドにつられる奴らも出てくるだろう。
やっぱりこいつを納得させる以外に手はないか。
「……確かに。俺にとって王からの要請は願ったり叶ったりだった。元々、ここに来るつもりだったからな」
「ほう? それはエルトリーシャ様への恩返しとか、使者としての役目とかそういう理由でか?」
「それも確かにある。ただ、どちらも理由の一つに過ぎない。その理由が無くても、俺はここにいただろうな」
エルトの領地だから守っているわけじゃない。
エルトに恩返しがしたいから来たわけじゃない。
エルトだけじゃない。
シルヴィアと出会ってなくても、俺は同じ状況になっていたら来ただろう。
たとえ、フィリスの護衛の任務があったとしても。
たとえ、王から要請がなかったとしても。
俺はここにいた。
それをするのは、ただ一つの理由のためだ。
「じゃあ、もう一度聞くぞ。どうしてあんたはここに来た?」
「狼牙族を守るためだ。その責任が俺にはある」
脳裏に過るのは、狼牙族の戦士長グレン。
友人とか、恩人とかそういう間柄じゃあない。殺し合いをした仲だ。
それでもグレンは誇り高かった。
狼牙族のために命を賭けた。
マグドリアの使徒、レクトルと共にアルシオンへ侵攻することに思う所はあっただろうに。
グレンは最後まで戦い。
そして俺に討たれた。
今でも思い出す。
グレンの胸を刺したときの感触を。
後悔はない。
殺らなければ殺られていた。
俺が殺されていれば、俺が守りたいと思う人たちも殺されていただろう。
そしてアルシオンは敗北し、レクトルが悲劇を撒き散らしただろう。
その未来を現実にしないためにも、俺はあの時、負けるわけにはいかなかった。
互いに守りたいモノがあって、そのために戦った。
それだけの話で、どっちが正しいとか、どっちが悪いとかの話じゃない。
けど、その行いの果てに被害を受ける人たちを見過ごしていいかというと、そうじゃない気がする。
俺がグレンを殺したから、狼牙族はラディウスに向かう未来を断ち切られた。
そして、今、こうして狙われている。
ただ、同じ魔族たちが暮らすラディウスに行きたいと願っただけなのに。
彼らは人間たちの都合で翻弄されている。
けれど、彼らには庇護者はいない。
彼らを守るはずだった者は、俺が殺したからだ。
「正直、エルトの言う通りで、俺はことなかれ主義だ。ずっと同じことが続けばいいと思ってる。殺すのも殺されるのも御免だ。恨まれるのも恨むのだって面倒くさい。家族や領地を守るために戦っただけなのに、気付いたら英雄扱いだ。アルシオンの銀十字なんて二つ名、誰かに譲れるなら譲ってしまいたい」
「……重症だな」
「背伸びをせずに生きられる人生を設計していたはずなのに、使徒とかいう傍迷惑な生き物たちに出会ったせいで、色々台無しだ。修正しようと思ってるのに、トラブルがなぜか転がり込んでくる」
「……」
俺の話にレイドが閉口する。
クリスも額を押さえてる。
騎士たちも何とも言えない表情を浮かべている。
士気を上げるどころか、ドッと下げてしまったかもしれない。
つい、気持ちが入ってしまった。
まぁ、一度下げたほうが上がりやすいし、ちょうど良いだろう。
「そんな俺だけど……責任だけは果たそうと思ってる」
「責任? 何のだ?」
「殺した責任だ。戦争してたわけだから、誰かを殺すなんて当たり前だ。殺した奴ら全員の責任なんて取り切れないけど……取れる責任くらいは取らないとな。狼牙族の戦士長は俺が殺した。だから、俺は狼牙族を守る」
「つまり、あんたがここにいるのは殺した奴のためにか?」
「違う。狼牙族を守るのは、〝俺が〟その責任を取るべきだと思ったからだ。だから、ここにいるのは俺自身の意思だ。俺は俺の意思で、ここにいる。そう思うに至る理由はいくつもあるけれど、決めたのは俺自身だ」
満足か?
そうレイドに問いかけると、レイドは苦笑を浮かべた。
「まいったねぇ。もうちょっと違う理由を想像してたんだけど。あんた、意外に自分勝手だな? エルトリーシャ様のことを言えないぜ?」
「かもな。俺の答えは伝えた。あとはそっち次第なんだが?」
「……恩義だとか、役目だとか、そういうことを言うようなら見捨ててやろうと思ったんだけどなぁ。いくら何でも、そんな理由で倍の相手に突撃するのは御免だからな。一人でやってくれって話だ。けど、あんたの答えは予想外だった」
レイドは言いながら、腰の剣に手を掛ける。
クリスが目を見開き、腰を落として身構えた。
だが、レイドは剣を鞘から抜き放つと、それを真横にした。
「だけど、嫌いじゃないぜ。そういうの。我らが使徒様に捧げた剣だが、今だけはあんたに預けよう。騎士、レイド・グラセニックの命。好きに使ってくれ」
刃に手を添え、レイドは片膝をついた。
捧げる剣。
騎士が忠誠を誓うときに行う儀式だ。
俺が受け取り、いくつかの手順を踏めば、忠誠の儀式は完了する。
だが、さすがに今、やるわけにもいかない。
そんなことを思っていると、続々と騎士たちが剣を捧げてくる。
最初は俺が先ほど率いた騎士たちが中心だった。
けれど、すぐに全て騎士たちが剣を捧げることとなった。
「……さすがに剣は受け取れない。エルトに怒られるからな。根に持つタイプだし」
「はっはっは。違いないな」
「しかし、驚いたな。ロードハイムの騎士たちの忠誠は、エルトだけに捧げられると思っていたよ」
俺がそういうと、レイドは剣を鞘にしまいながら笑う。
それに釣られて、周りの騎士たちも笑う。
困惑しているのは、俺とクリスだけだ。
「何か可笑しなことを言ったか?」
「いや、こっちが勝手にウケただけだ。気にするな。それで答えだがな、俺たちは好きなのさ。自分勝手な奴らがな。だから、使徒っていうのは最も仕え甲斐があるんだ。これはロードハイムの騎士だけの話じゃない。使徒に仕える奴らは、みんなそうだ。使徒のわがままが好きなのさ」
そういう意味じゃ、あんたも合格だ。
そうレイドはニヤリと笑う。
使徒を傍迷惑な生き物と断じた後に、使徒と同じく自分勝手だと言われるのは癪だ。
それをわかって言っているんだろう。
思わず顔をしかめると、レイドはさらに笑う。
「さて、ユウヤ・クロスフォード。数万のマグドリア軍に数百で突撃したあんただ。倍程度じゃビクともしないのはわかるが、オレ達は臆病なんだ」
「人を勇敢みたいに言うな。敵の方が数が多いと思うと、毎回毎回、胃が痛くなるんだ」
「そりゃあいい。一つ、エルトリーシャ様とは違う点が見えてきた。わがままは好きだが、あそこまで突撃狂だと身が持たないからな。それで、だ。一つ、勇気が出る檄を飛ばしてくれないか?」
エルトのくだりで、クリスが睨んできたため、レイドはすぐに話を戻した。
正しい判断だろう。
エルトへの否定的意見は、クリスの逆鱗に触れる。
それともう一つ。
敵もそろそろ動く。
檄を飛ばすなら今しかない。
馬に乗り、敵と向かい合えば、あとは突撃するだけだ。
突撃の合図以外、騎士たちには届かない。
「あんまり得意じゃないんだけどな。いいか。ロードハイムの騎士たち。敵は所詮、賊だ。いくら数が居ようと、いくら新兵器を持っていようと、賊は賊だ。俺もお前たちも恐れ戦くことは許されない。だが、それでも怖いというなら……」
俺はその場で後ろを向き、賊たちを視界に入れる。
正直、前回のときとはだいぶ違う。
そもそもこの突撃は奇襲じゃない。
正面突破だ。
少数で行うべき作戦ではない。
敵の意表をつくことはできず、敵は最大限に兵器を生かせる。
その油断をつくわけだが、リスクの高い作戦だ。
やらなくていいなら、やりたくない。
けど、やらないわけにもいかない。
さっきあれだけ言った以上、ここでやっぱり止めますは通じない。
所詮、賊とか言っているが、向こうは賊をやりながら実戦を潜っている。
そういう意味じゃ、向こうも立派な兵士だ。
技術という点では騎士のほうが上だが、向こうもはぐれ者なりに経験を積んでいる。
侮っていい相手じゃない。
怖いし、逃げたい。
誰だってそう思うだろう。
戦なんてそんなもんだ。
だから嫌いだし、やりたくはない。
けど、俺は今、ここにいる。
自分の意思でいるんだ。
責任を果たすために。
俺が守るべきだと思ったモノを守るために。
「背中の銀十字だけを追って来い。道は俺が切り拓く!」
できるだけ不敵な笑みを浮かべる。
いつも自信満々なエルトを意識して、立ち振る舞う。
それがきっと、彼らの力になるから。
そしてその作戦は見事に的中した。
騎士たちは雄たけびと共に剣を天に突きあげた。




