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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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閑話 セラとディアナ

「さて、敵はどういった手を打ってくると思いますか? セラフィーナ」


 ディアナの部屋でセラはそう尋ねられた。


 向かい合う形でディアナとセラは椅子に座っている。

 普通ではありえないことだ。

 かたや公爵であり、かたや伯爵の娘である。格が違い過ぎる。


 にもかかわらず、ディアナはセラを同格に扱った。

 それだけセラを買っているということだ。


 しかし、そのようなことを気にしないセラは、足が床に付かないことを不満に思いつつ、自分が現段階で一番可能性が高いと思っている手を答えた。


「狼牙族か魔族が王都を襲撃してくる」

「……その根拠は?」

「ない。ただ効果的。襲撃の成否にかかわらず、レグルスはラディウスと問題を抱えることになる。狼牙族を狙っているのも、その一環だと思う」

「根拠がない、ですか……」


 ディアナはなんとも言えない表情を浮かべた。

 知恵袋として迎えたにも関わらず、出てきたのは根拠のない答えだったからだ。


 根拠のないことならば誰にでも言える。

 根拠がなければ信じることはできない。


「ならスピアーズ公爵はどう思ってるの?」

「私は要人への襲撃が一番妥当だと考えています」

「それはわかる。けど、そう簡単に成功するわけがない。なにか策がある」

「それが魔族だと?」

「多分。ロードハイム公爵を王都から引き剝がしたいなら別に狼牙族を狙う必要はなかった。わざわざ隠れている狼牙族を見つけてまで襲撃する理由。そこに答えがあると思う」


 セラはそう言いながらも、未だに確証を見つけられずにいた。

 

 だが確証を探している時間はそこまでなかった。

 すでに生誕祭は始まっており、いつ襲撃が始まってもおかしくないのだ。


「その可能性があるとして、狼牙族はエルトリーシャが匿っているだけなのでは? ほかにいると?」

「わからない。マグドリアに率先して協力している者もいるかも。マグドリアに残っている者がいるなら最悪。王都の民にとって、魔族は魔族。良いも悪いも関係ない。ロードハイム公爵が狼牙族を匿っているのは周知の事実。きっと問題になる」

「確かに最悪ですね。狼牙族を追放しようものならラディウスが黙っていませんし、かといって国民の感情も無視できない。ラディウスに移送するのが一番ですが、アルシオンが通行を許可するとは思えない」

「レグルスは手詰まりに陥る。その状況はマグドリアやアークレイムにとっては好都合。要人暗殺も狼牙族ならやってやれないこともない。彼らは速いから」


 セラはわずか二日で落ちたクロック砦を思い出す。

 あのときも、アルシオンは圧倒的速さで動く狼牙族にしてやられた。


 その後の戦いでも、直接対峙することはなかったが、戦場のあちこちで狼牙族は走り回っていた。


 レグルスの王都がいくら盤石の守備を敷いても、壁をよじ登ってくる上に馬以上の速さで動く相手を止めるのは困難だ。


 要人の首は容易く飛ぶだろう。


「ですけど、こちらにはエルトリーシャがいます。彼女がいる限り、相手が狼牙族、もしくはほかの魔族でも問題はないでしょう。不測の事態がない限りは」

「私もそう思いたい。けど、そこらへんも考慮済みだとするなら、ロードハイム公爵に頼るのは危険。向こうだってロードハイム公爵を引き剥がせないことも考えるはず」

「エルトリーシャに対抗する手があると?」


 ディアナは数秒考えて、微かに首を横に振った。

 エルトの神威を破る方法など使徒を連れてくるしかない。


 それですら、完全防御態勢のエルトを力づくで倒すのは不可能だ。


 ただ、ディアナには一つ懸念があった。

 そしてそれはセラも同様だった。


「何かあるのですか? セラフィーナ」

「……破る手はない。けど、無力化ならたぶんできる」

「興味深いですね。どうやるんです?」


 ディアナは答え合わせのような気分で問いかける。

 自分ならどう封じるかと考えたとき、一つの手が真っ先に浮かんだのだ。


「簡単。王都の民を襲撃する。そうすれば、ロードハイム公爵は神威を限界まで発動させて民を防御する。あとは持久戦。厄介なのは防ぐ手がない点。止めたって公爵ならやる」


 セラは微かにため息を吐き、窓から王都の様子を見つめる。

 生誕祭によって王都は露店と人でにぎわっている。


 これらを守るために神威を全力で使ったとすれば。


 長くは持たない。

 それがセラの予想だった。


「やはりそういう手を使ってきますか……」

「生誕祭が始まった以上、こっちは後手。相手に対応するしかない。国境を警戒して、極力兵力を動かさなかったのを逆手に取られた」

「国境……今にして思えば、マグドリア方面で軍が動きを見せたのはこのためだったのかもしれませんね」

「多分そう。全部の予想が合っているなら、レグルスに襲撃部隊を潜入させる陽動。しかも反応しないわけにもいかないから、オースティン公爵は動かなきゃいけない。明日にでも国境に向かうから、王都には使徒が二人」


 セラの予想に根拠はない。

 ないが、信憑性はあった。


 ディアナは予想される最悪の状況を考え、右手を額に当てる。


「最悪なのは王とエルトリーシャが討たれること。ありえる未来です」

「あなたも含まれてる。たぶん最初のターゲットはあなただったはず。残りの二人が釣り出され、残ったあなたと王は魔族の攻撃に晒される」

「そう簡単にやられるとは思えませんが、危険な事態でしたね。ユウヤ・クロスフォードがいなければ、敵の思惑どおりというわけですか」

「そう。ユウヤがいたから王都には最低でも二人の使徒がいる。どちらかの神威を封じても、どちらかは自由に動ける。あなたの動き次第で、被害は最小限に抑えられる」


 セラの言葉にディアナは困ったように眉を寄せた。

 その理由は明白だった。


 エルトが民を保護したとしても、残った魔族を速やかに片づける必要がある。


 それには力が必要だ。


「残念ですが、私はエルトリーシャやレイナのように前線に立つタイプの使徒ではありません。魔族の数次第ですが、それなりの数を用意された場合、私では抑えきれません」

「なら普通の兵士で対応するしかない。けど、アルシオンがやられたように、狼牙族の速度は指揮系統を破壊する。対応するなら、まとまった数の兵士が必要」

「仕方ないですね。城内で兵士を待機させるとしましょうか。王都周辺の部隊にも、王都に集まるように指示を出します。間に合うかはともかく、これで悠長に持久戦というわけにもいかないでしょう」


 ディアナの言葉にセラは頷く。

 考えられる限りでは、最善の一手の一つだった。


 ただし、それでも万全とは言い難かった。


「難しい状況。本来なら生誕祭を中止して防衛体制を整えるべき」

「それができれば苦労はしません。生誕祭は絶対にやるというのが王の方針ですし、生誕祭を中止したらしたで、国民への影響や財政への影響などで被害はあります」

「こうやって考えさせられてる時点で、もう敵の思う壺。やっぱりマグドリアの使徒、テオドール・エーゼンバッハは手ごわい」

「それにアークレイムが協力しているとなれば当然でしょうね。向こうも攻め込まれまいと必死ということです」


 マグドリアはアルシオンでの敗戦で不利になった。

 その不利を覆すための策が今回の一連の動きであり、そのためにテオドールは準備を重ねてきた。


 警戒すべき策士に時間を与えた。

 それがそもそも間違いだったとディアナは後悔しつつ、それを振り払う。


 後悔したところで時間は戻らない。

 今できることをやらなければいけないのだ。


「あとできることと言えば、王都内の見回りくらいでしょうか。できれば事前に襲撃を察知したいところですが……」

「そのことについて、一つ気になることがある」

「なんです?」


 セラの言葉にディアナは耳を傾けた。

 ここまでの流れで、セラがあえて気になるということを口にした以上、聞かないわけにはいかなかったからだ。


「ロベルトという男が怪しい。ロードハイム公爵に狼牙族が襲われる可能性を示唆してきた」

「それだけですか?」

「私や公爵たちでも、そこに至るまでに多くの情報を必要とした。城を追われた文官が思い至るのは不自然」

「実は優秀だったということはないですか? それとも思いつきとか」

「可能性ならある。けど、低いと思う。彼の説明にはこちらを信じさせようとする意志が見えた。どうしてもそこが引っかかる」


 セラは言いながら、ロベルトの言葉を思い出す。


 間違ったことは何も言っていない。

 ただしタイミングが早かった。


 賊が動き出す前の絶妙なタイミングでロベルトは意見書を送ってきた。


 あのタイミングで偶然、思いついたというのは無理がある。

 

「誰かが意図的にロベルトに情報を流したのか、それともロベルト自身が敵と通じているのか。どちらかだと思う」

「やけに疑いますね? いくらタイミングが良くても、そこまで疑う理由にはならないと思いますが?」

「知らないはずの情報を知ってた。それが一番の理由」


 そう言って、セラは自分自身を指さす。

 その行動にディアナは首をかしげる。


「あなたが何か関係あるのですか?」

「公爵は私がユウヤの妹だと知ってた?」

「知りませんでした。使者団の中にあなたの名前はありませんでしたから」

「そう。私の同行は突然決まった。知ってるのはごく一部。そもそも公表はされてない。それなのにロベルトは私を〝伯爵令嬢〟と言った。私の顔と名前がわかってたと言うこと。これはどう考えてもおかしい」


 アルシオン王国においてすら、セラの顔は知れ渡っていない。

 その情報をロベルトは知っていた。


 他国の、しかもさほど情報が入ってこないと思われる元文官が、である。


 使徒であるディアナすら知らなかった情報を持っていた。


 情報が洩れる瞬間はいくつかあった。

 それでもロベルトが知っているのはさすがに不自然だったのだ。


「私が来ていることを知っていたとしても、私を見て伯爵令嬢と言うのはおかしい。私を警戒する誰かが私の情報を渡したか、それとも元々、私を知っているか」

「過去に面識がある可能性は?」

「ない。私が公の場に出たのは戦場だけ。それ以外はずっと屋敷にいたから」


 ディアナはセラの言葉を聞き、小さくため息を吐く。

 怪しいということはわかった。


 しかし、これからの対応には困る。

 捕まえるべきか、泳がせるべきか。

 泳がせたとして危険はないのか。

 

 いくつかの手を考えたあと、ディアナはこれからやるべきことを決めた。


「少々危険ですが、彼を城の中に招きましょう。その方が監視もしやすいですし、誰かと接触してもすぐにわかります」

「それがいい。暗殺者の可能性もあるから、監視は厳重に」

「暗殺者にしては、ずいぶんと不確実な潜入の方法を取ってきますね。まぁ、用心に越したことはありません。そのロベルトという人物から情報が出ることを期待するとしましょう」


 そろそろ日が落ち始めたのを見て、ディアナは椅子から立ち上がる。

 まずは一日目。


 警戒している初日から攻撃してくるとは考えづらいが、その考えの裏をついてくる可能性もある。


 できることは早めにやっておく必要がある。


「人を向かわせます。ロベルトへの対応は任せても?」

「大丈夫。あとこの話はロードハイム公爵には内緒で」

「内緒? なぜです? いざという時に困りますよ?」

「あの人は考えが顔に出やすい」


 そう無表情でセラは告げる。

 なるほど、と苦笑しながら、ディアナは肩を竦めた。

 

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