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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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第二十七話 遊撃隊

ここから連続投稿です。

 8月24日。


 その日の朝は晴天だった。


 とりあえず、雨の中での戦闘にはならなかったことに、俺やクリスはホッとしていた。


 なにせ、相手は山賊や盗賊だ。

 雨の中でどさくさに紛れて、狼牙族を襲撃されてはかなわない。


 そういう意味で、晴天での戦いは好都合だった。


 ただし、余裕かというそうではないのが、今回の面倒なところだ。


 数の上ではわずかだが向こうが勝っている。

 ただ、こちらは新兵が多いとはいえロードハイムの騎士たちだ。


 遅れを取るとは考えにくい。


 問題なのは敵の不透明さだ。


 賊が無策で突っ込むはずがない。

 高額の報酬も生き残らなければ意味はない。


 マグドリアにせよ、アークレイムにせよ、襲撃を持ちかけた奴らは、同時に勝算も提示したはずだ。


 そして賊たちはそれに乗った。

 千人以上が、だ。


 しかも、使徒であるエルトが出てくる可能性は十分にあった。

 というよりは、それがマグドリアやアークレイムの狙いだったはず。


 賊たちに伏せていたとしても、賊も馬鹿じゃない。


 使徒の領地で問題を起こせば、使徒が出てくる。

 それくらいの考えにはたどり着くだろう。


 それでも動いた。

 決め手となる何かがあったのは間違いない。


「まずは様子見か……」


 呟き、俺は少し後ろを見る。


 今、俺がいる場所はクリス率いる本隊の後方だ。


 その後ろにいるのは俺が率いる百人の遊撃隊。


 どいつもこいつも、俺と同い年か、せいぜい少し上くらいの若者ばかりだ。


 鎧も剣も立派だが、未だに戦場に出たことのない者たち。

 小さな賊の討伐くらいならしたことあるらしいが、千人規模でぶつかり合うことは、彼らの経験にない。


「クリスのヤツ。古参の騎士を一人くらい入れてくれてもいいだろうに……」


 愚痴を零しつつ、彼らの方に馬を進ませる。

 遊撃隊の出番は開始直後にはない。


 当分の間、俺たちはここで待機というわけだ。


 なのに気合十分な彼らは、今にも走り出しそうだ。


 そんなことされては、たまったもんじゃない。


「全員、聞いてほしい」


 いきなり来て、指揮官となった俺に反感を持つ者は少なくない。


 というより、ロードハイムの騎士の中で俺に反感を持っていないほうが少ない。


 エルトへの態度もそうだし、俺のせいでエルトはいろいろと面倒事を背負う羽目になった。


 今回の狼牙族のこともその一つだ。


 部下である騎士たちからしてみたら、俺はとんだ疫病神だろう。


 だが、ここは戦場。

 そういう感情は飲み込んでもらわねば困る。


「不満はあるだろうが、今回は俺の命令に従ってもらう。最初の命令は待機だ。よほどのことがない限り、当分は動かない」


 言った後に反応を窺う。

 ここで反発されると面倒なんだけど。


 意外なことに、反発はなく、騎士たちは了解の意を示した。


「よろしい。何か質問はあるか?」

「質問ではありませんが、訂正があります」


 一人の騎士が前に出てくる。

 この中では年長なほうだろう。


 といっても、俺と一つ二つくらいしか年は変わらないだろうが。


「なんだ?」

「我ら百人。望んであなたの下についたのです。不満などあるはずがありません。むしろ、あなたと馬を並べられて光栄です。クロスフォード卿」

「……なに?」

「古参の方々にはあなたをよく思わない人も多くいます。ですが、我らにとってあなたは〝憧れ〟です。この数カ月、あなたのようになりたいと思い、剣を振ってきました。どうか存分に我らをお使いください。あなたの後ろを走るには、いまだ力不足だとは思いますが、足りぬ分は気持ちで補ってみせましょう!」


 鬼気迫るような表情で告げた騎士は、一礼して下がっていく。


 正直驚いた。

 

 まさかあのロードハイムの騎士たちから、憧れを向けられようとは。


 彼らの憧れはエルトに向けられるものであり、それ以外はありえないと思っていた。


 だが、望んで俺の下についてくれたなら、やりようはある。


「……それはエルトに言わないほうがいいぞ。浮気者とクビにされかねないからな」

「そのときは百人揃って、クロスフォード家に雇っていただきます」

「なるほど。ロードハイムの騎士が百人も手に入るなら悪くない。まぁ、それは勝ってから煮詰めるとしようか。敵が何を仕掛けてくるかわからないが、やることはそんなに難しくない。突撃して敵を討つ。それだけだ。よろしく頼むよ」

「はっ!」


 それと同時に多数の人間が走る音が響いてきた。


 クリスの本隊が動いたわけじゃない。


 ならば動いたの一つ。


 対面に陣取る賊たちだ。


「さて、お手並み拝見といくか」





●●●






 ぶつかり合いが始まって一時間ほど。

 今のところ、賊たちはただ突撃を繰り返しているだけだ。


 それに対して、クリスは完全武装の騎士たちを使って、押し返している。


 流した血も重ねた屍も、圧倒的に賊のほうが多い。


 それは当然の結果だ。

 向こうは所詮、賊であり、しかも寄せ集めだ。


 ただ突撃するだけじゃ、勝てる可能性はない。

 そんなことは幼子でもわかる。


 ということは、敵はそんなこともわからない愚か者か、何かの布石を打っているということになる。


「場所を移動するぞ」

「はっ。どちらに?」

「本体の側面だ。何かあったときにそっちのほうが動きやすい」


 手短に指示を出し、部隊を動かす。

 何か布石があれば、そろそろ動く頃だ。


 できれば未然に防ぎたいが、欲を出せば隙が生まれる。


 優勢であっても、何かの弾みですぐに崩れる優勢だ。

 過信するべきじゃない。


 すぐに本隊側面に移動した遊撃隊からは、何度目かの突撃を経て、敗走していく賊が見えた。


「圧勝ですね」

「そうでもない」


 騎士の言葉に首を振る。


 圧勝にしては、こっちの被害もデカい。

 完全武装では軽装の賊の素早い動きに対応が難しいのだ。


 鎧の隙間を突かれて、結構な人数がやられている。


 敵の奥の手を警戒しすぎたか?


 そう思っていると、敗走した賊が再度の突撃に入る。

 それを見て、騎士たちが体勢を立て直し、防御態勢を取った。


 ただ、その動きは緩慢だ。

 単純に疲れているのだ。


 それが敵の狙いだと気付いたとき、俺は賊の動きが先ほどまでとは違うことに気付いた。


 先ほどまでと接敵の速度が違う。

 遅いのだ。


 その理由は後方にある。


 側面からならよく見えるが、前方にいる騎士たちには気付けないだろう。

 彼らには突撃をかけてくる先鋒の賊しか見えていない。


 賊の後方にいる者たちは、人の頭よりも大きな玉を持っている。

 それも非常に慎重に。


 それを見て、咄嗟に思いついた単語があった。


「爆弾かっ!?」

「爆弾? なんですか? それは」

「そういう兵器だ! やられた! アークレイムが作ったのか!?」


 魔法があるためか、この世界では地球のような兵器の開発は進んでいない。


 ただ、魔法を利用すれば容易く、似たような兵器は開発できる。


 容器の中に爆発系の魔法を込めておけば、それで爆弾の出来上がりだ。


 問題は、それが今まで開発されなかったことだ。

 おそらく、その魔法を込める容器の開発が難しかったのだろう。


 だから、そういう兵器が出てくるのはもっと後だと思っていたけれど。


「敵に突撃する! ついて来い!」


 号令と同時に馬を走らせる。


 もう本隊に爆弾が投げ込まれるのは阻止できない。

 それは諦めるしかない。


 ただ、敵が本体のなだれ込むのは阻止しなくちゃいけない。


 そう思っていると、敵が数人がかりで投げた爆弾が、いくつも騎士たちのほうへ放物線を描いていく。


 同時に賊たちが距離を取った。


 爆弾は騎士の盾や鎧にあたり、地面に落ちる。

 そして一瞬後。


 近くの騎士たちを巻き込む爆発を巻き起こした。


 爆風と爆音。

 それに少し遅れて悲鳴が響いてくる。


 すぐに救出に向かいたいが、それを黙ってさせてくれる相手じゃない。

 なにせ相手は弱った相手を攻めることに関してはプロだ。


「何も考えるな! 俺の背中を追うことだけに集中しろ! 背中の銀十字を見失うなよ!!」


 言葉と同時に俺は賊の一人を斬り捨てる。


 彼らにとっては予想外なことだろう。

 攻撃するのは自分たちだと思っていたのだから。


 それにも関わらず、横からの奇襲だ。

 当分は立ち直れないだろう。


 その間にクリスなら距離を取れるはずだ。


 少しでも時間を稼げればそれでいい。


「アルシオン王国、クロスフォード伯爵公子! ユウヤ・クロスフォードだ! 死にたい者から前に出ろ!」


 馬で敵陣を切り裂きながら、声を張り上げる。

 注意を俺に引きつければ、それだけ時間を稼げる。


 後方に続くのは騎士たちの士気は十分。

 だが、所詮は百人だ。


 相手は千人近い。

 十倍の敵相手に長くは戦えない。


「あ、アルシオンの銀十字!?」


 奪った物なのだろう。レグルスの鎧を着た男が上擦った声を上げる。

 その男の首を流れ作業で斬り飛ばし、俺は敵陣を混乱させるための進路を取る。


 できるなら、本隊を襲うだろう前列の賊を片づけたいところだが、それでは敵を丸々引き受けることになる。

 それは遊撃隊ではキツイ。


 真ん中をかく乱し、後方に不安を覚えさせれば、敵の動きは乱れる。

 あとは本隊が上手くやるのを祈るしかない。


「一人か二人くらい敵将を討っておくか。全員続け! エルトリーシャ・ロードハイムの領地を荒らす不届き者に裁きを下してやれ!」


 剣を高く上げ、馬を走らせる。

 多くの賊が俺の進路上から逃げていく。


 所詮は寄せ集めだ。リーダー格の者を倒したところで、何かが変わるとは思えないが、敵に恐怖を植え付けることはできる。


 後方でふんぞり返っている奴に狙いをつけて、俺は突撃を繰り返す。

 何人かが俺を阻もうとするが、そもそも軽装の賊に騎馬の突撃は止められない。


 それほど苦もなく、俺は賊の頭目と思われる者の前に立った。


「くそっ! アルシオンの銀十字が何でここに!?」

「恨み言ならお前らの雇い主に言ってくれ。何か言い残すことはあるか?」

「ま、待ってくれ! 俺たちは雇われただけなんだ!」

「それは気の毒だな。マグドリアにせよ、アークレイムにせよ、俺たちにとっては敵国だ。雇われた相手が悪い」


 マグドリアとアークレイムの名前を出し、俺は頭目の反応を窺う。

 顕著な反応を示したのはアークレイムだった。


 賊の手引きをしたのはアークレイムか。

 ということは、二つの国が同じ目的で動いているならば、王都はマグドリアが攻める手筈か。


「貴重な情報ありがとう。頭目」

「じゃ、じゃあ……」


 言うと同時に首を飛ばす。

 捕虜にするだけの余裕は俺たちにはないし、情報を喋ったわけでもない。


 頭目の横にいた奴らが悲鳴をあげて、背中を見せる。

 そこを騎士たちが攻撃していく。


 そろそろ潮時か。


「撤退するぞ」

「しかし、敵の頭目を討ちました! この勢いのままに」

「どうせ、いくつかある盗賊団か山賊団の頭目の一人だ。影響力なんてあってないようなものさ。それにこれ以上は離脱が困難になる。行くぞ」


 突撃をするのは簡単だが、抜けるのは難しい。

 それはヘムズ平原での戦いでよくわかっている。


 撤退のタイミングは何度もやってくるわけじゃないのだ。


「よし、退くぞ!」


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