表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
76/147

第二十六話 対策


 狼牙族の里の手前。

 必ず通る平原に陣を張っていたロードハイムの騎士団と合流したのは、三日目の夜だった。


 シルヴィアは近くの森に待機しており、陣地に入るのは俺と付き添いの騎士たちだけだ。


 かがり火を掲げ、厳重な警戒態勢を敷く陣には隙がない。


 賊が夜襲に出ても即応が可能だろう。


「ようこそお越しくださいました。クロスフォード大使」

「指揮官はクリスか?」

「はい」


 俺を出迎えた若い騎士に訊ねると、すぐに返事が返ってくる。

 一つの懸念が晴れる。


 領地を管理するために、クリスが出てこないのではないかという懸念だ。


 まぁ、その領地の危機なのだから出てくるだろうとは思っていたけれど、ないとも言い切れない。

 クリスがいるならば、よほどのことがない限り乗り切れる。


「正直、安心しました」

「何にだ?」


 若い騎士が苦笑いを浮かべながらつぶやく。

 その呟くの意味が理解できず、俺はそう聞き返す。

 すると。


「先の戦で名を馳せたクロスフォード大使が援軍として来てくれたことです。千人の援軍よりも心強い」

「冗談はよせ。ロードハイムの騎士たちなら、俺なんかがいなくても問題ないだろ?」

「今、ヘムズ平原にいる本隊の騎士たちはそうでしょうが、我々のほとんどは新米ですので」


 恥ずかしそうに若い騎士が頭を掻く。


 それを見て、俺は足を止める。

 今の言葉は聞き捨てならない。


「もう一回言ってくれ」

「はい? 私たちが新米だということですか?」


 繰り返される言葉に俺は天を仰ぐ。

 そう来たか。

 指揮官の心配ばかりしていたが、まさか騎士のほうが問題を抱えているとは。


 エルトがロードハイムの騎士たちをヘムズ平原に派遣しているのは知っていた。

 だが、まさかここに来る騎士が新米ばかりだとは。


 大分、話が違くなってくるぞ。


「本隊はいつ戻る?」

「どうでしょうか。国境のことですので、私には何とも」


 そりゃあそうだろうな。

 こうなったら直接聞くしかない。


 俺は若い騎士との話を切り上げて、クリスがいる天幕へと向かった。






●●●






「遠路はるばるお疲れさまです。クロスフォード大使」


 天幕に入ると、机で仕事をしていたクリスが形式上の言葉を告げる。


 今回は正式な使者だし、流石に前回のような態度は取れないのだろう。

 ただし、あくまで形の上の話であって、クリスの目は以前と変わらない。


 どういう目かと言えば、主君に近づく害虫を見る目だ。

 あながち間違ってはいないという所が心に来る。


「歓迎とかはしなくていい。それよりも話したいことがある」

「ご安心を。歓迎の支度も予定もありませんから」

「……それはどうかと思うぞ?」

「歓迎されると思うほうがどうかしています。あなたは僕たちの主君に敬意を払わない方なんですよ?」


 そう返されると何も言えない。

 そもそも非礼を働いているのは俺のほうだ。


 もちろん、その気安さをエルトが求めていたからだが。


「はぁ……相変わらずだな。クリス」

「そちらも相変わらずですね。ユウヤ・クロスフォード」


 クリスは机から移動して、簡素な椅子を俺に差し出す。

 とりあえず、歓迎はしないまでも、受け入れてはくれるらしい。


 ロードハイムの騎士だけで十分とか言われたら、どうしようかと思っていたけど、流石にそこまでの余裕はないようだ。


「単刀直入に聞くが、新米ばかりを連れてきた理由は?」

「領内の守備とヘムズ平原への派遣隊で、熟練の騎士たちが出払っているからです。ただでさえ、エルトリーシャ様がおらず不安定な領内を新米の騎士に任すことはできませんから」

「ごもっとも。だけど、俺が来て安心するような騎士たちでどう戦う?」


 安心するということは不安があったということだ。

 新米の騎士ではなく、ベテランの騎士ならこうはならない。


 賊に自分たちが負けるはずがないという自負を抱いており、そしてその自負は経験に裏打ちされている。


 ゆえに彼らは戦場で取り乱すこともなく、相手に怯むこともない。


 そんなロードハイムの騎士を期待していたのだけど、今回は違う。


「戦に慣れていない騎士たちで勝てるのか?」

「難しいですね。敵の数は一千二百。対して、こちらは一千。相手はこちらよりも多い」

「しかも防衛戦か……こういう場合は策でどうにかしたいところだけど」


 流言を流して、敵を同士討ちさせたり、罠を仕掛けて敵を嵌めたり。

 思いつくことは思いつくが、前者は上手いやり方が思いつかず、後者は時間が足りない。


 こういうときにセラがいればと思わずにはいられない。


「時間も人材もありません。僕たちでやれることをやりましょう」


 俺の意図を察してか、クリスがそう言ってきた。

 クリスは何でもできるが、さすがに戦場で奇策を思いつくほどの策士ではない。

 俺は俺で突撃することしかできないし、贅沢を言ってないで目の前の問題に目を向けるしかないか。


「どう戦うか決めてるのか?」

「この平原で防衛戦をします。馬も使えますし、十分な広さがありますから」

「ま、それしかないか。それで俺は何をすればいい?」

「敵も準備を始めています。開戦は明日でしょう。僕としてはあなたに総指揮官をお願いしたいところなのですが?」


 とんでもないことをさらりとクリスが言ってきた。

 それは全責任を俺に取れということだ。


 よりにもよって俺に、だ。


 戦を面倒だという男に、戦の責任を取れだなんて、なんて奴だ。


「絶対に嫌だ」


 顔を盛大にしかめて、拒絶の意思を明確にアピールする。


 それを見てクリスは満足げな笑みを見せて、首を横に振る。


「冗談です。あなたがそんな大役を進んで引き受けるような、労働精神あふれる人間だとは欠片も思っていません」

「この野郎……」


 あっているので反論できない。

 できないのだが、馬鹿にされたことは事実なので、頬を引きつらせる。


 たとえ合っていても、自分でそうだと思っていても、他人に言われると癪に障るのだ。


「まぁ、アルシオンの人間であるあなたが、わざわざ助けに来てくれたことには感謝しています。微量ですが」

「少ししか感謝してないのかよ……。相変わらずズケズケと思ったことを口にするな。お前」

「そういう性分ですから。嫌ですか? それならそうと言って頂ければ、正式に使者として来ていることですし、最上級の敬意を表しますが?」


 クリスの言葉に俺は再度顔をしかめる。

 自分で敬えと言って、敬われるなんて、そんな心の拷問みたいなことをするのは御免だ。


 内心では敬わってないことをわかっているのに、態度だけは丁寧だなんて。

 そんなのイライラが溜まる一方だ。


「別にいい。使者といっても親善大使だ。別に偉くなったわけじゃない」

「そうですね。肩書だけで、別に何の特権もありませんから」


 クリスの言葉に俺はため息を吐く。

 もちろん、別にいいと言ったことを後悔してのため息だ。


 少しは敬えとか言えばよかった。

 別にいいって言ってしまったし、今更、訂正は不可能だろうけど。


「では、明日の戦は五百ずつ率いることにしましょう。あなたが左翼で僕は右翼。今から連携の訓練をしますか?」

「冗談いうな。そんな付け焼刃が戦で通じるかよ。半分ずつ率いるのも反対だ。九百をお前が率いろ。俺は百人率いて、遊撃隊を形成する」

「少しはあなたの顔を立てようと思ったのですが? わざわざ援軍に来て、百人を率いるだけでは立つ瀬がないのでは?」


 このあとのことをクリスは言っている。

 わざわざ王に請われて、援軍に出ている以上、それなりの働きをしなければいけない。


 そして戦で手柄を立てるには、それなりの数の配下が必要になる。

 普通ならば。


「平気だ。百人くらいが一番、動きやすい」

「あなたが良いならいいのですが。目に見える活躍がなければ、大臣たちが黙っていませんよ?」

「そのときはロードハイムの騎士たち優秀すぎて、手柄を立てる暇がなかったって言う。相手は賊で、こっちは使徒直属の騎士団。普通ならその通りになる」


 俺の言葉にクリスは真剣な顔つきで頷く。

 普通ならこんな真似が成功するわけがない。


 それが常識なのだ。

 それにも関わらず、敵は来た。


 餌におどらされたとはいえ、千を超える賊たちが。


「この場は陽動で、本命はおそらく王都。それは間違いない。だけど、陽動になるだけの備えを敵は持っている。それが何かによっては、この場は王都以上に危険だぞ」


 王都には使徒たちがいる。

 そして王都を守る近衛隊も。


 彼らは強い。


 民に被害が出るかもしれない。

 生誕祭が台無しになるかもしれない。


 だが、大きな被害はないだろう。

 そうなる前に、使徒たちが止める。


 しかし、こちらは違う。

 敵に予想外な備えがあれば、敗走して何人も討ち取られる可能性がある。


 命の危険が高いのは、こっちなのだ。


「新米とはいえ、騎士は騎士。一人一人の力はこちらが上です。それこそ、二百人程度の差なら物ともしないほどに。その力の差を埋めるために、敵は何をしてくると思いますか?」

「優秀な指揮官を派遣しているか、それとも賊にでも使える道具を渡しているか。まぁそんなところだろうな。ただ、賊が他人の言うことを聞くとは思えない。協調性がないからこその賊だしな」

「となると道具ですか? 新型の兵器を向こうが持っていると?」

「まぁ、順当にいけばそうなるな。ただ、それがどういう種類のモノかまでは見当がつかない。ただ、接近戦の兵器ではないだろうな。使う前に斬られる可能性があるし。素人でも使えると言う点で、飛び道具だと思う」


 矢はさすがに使い手を選ぶが、手榴弾のようなタイプの兵器なら投げるだけで使えるし、たぶん賊たちでも使えるだろう。


 ただ、この世界では矢に代わる飛び道具は魔法だ。

 そして魔法は魔導師でなければ使えない。


「アークレイムは魔導大国。もしかしたら魔法を簡易に発動させる道具を作っていてもおかしくない」

「そんな貴重なモノを賊に渡しますか?」

「試作型かもしれないし、使わせてみて、効果を観察する気かもしれない。それなら賊に渡していても不思議じゃない」

「確かに古い遺跡から発掘される魔道具の中には、昔、戦で使われたであろう魔道具も発掘されますが……どれも今の魔法技術では再現不可能なモノばかりですよ?」

「そのままは再現できなくても、劣化したものなら作れるかもしれない」


 劣化コピーというやつだ。

 見本さえあれば、作れるものがいてもおかしくはない。


 もちろん、俺の考えが間違っている可能性はあるが。


「一応、飛び道具対策で盾を全員に装備させておくか。今できる対策なんて、こんなもんだろ」

「そうですね。あとは出たとこ勝負ですか」

「真っ当な戦を仕掛けてくれるなら勝ち目はいくらでもあるんだけどなぁ」


 言いながらその可能性が低いことはわかっていた。

 なにせ賊だ。


 普通の戦をそもそも知っていない可能性もある。


 はぁ、とため息を吐きながら、俺はクリスとさらに作戦を練り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ