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使徒戦記  作者: タンバ
第二章 レグルス編
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閑話 クリスの作戦



 ユウヤたちが狼牙族の里に向かっている頃。


 同時に動き出している勢力が二つあった。


 一つは着々と集結しつつあるレグルス中の賊たち。


 彼らはマグドリア、またはアークレイムの隠密たちに依頼されて動いていた。もちろん、多額の報酬と引き換えに。


 前金もたんまりと貰い、しかも成功した暁にはマグドリアもアークレイムも好待遇で迎え入れると約束していた。


 そのため、彼らは非常に意気揚々とした雰囲気を保っていた。もっとも、彼らもさすがにすべてを鵜呑みにしているわけではなかった。


 これだけ好条件を出す以上、マグドリアもアークレイムもほとんど捨て駒同然に自分たちを使う気だろうとは考えていた。


 だが、それゆえにやる価値があるとも、考えていた。

 

 彼らは好きで賊に落ちぶれたわけではない。

 戦で家をなくしたり、職をなくしたり。

 もしくは家族をなくした。


 理由は様々だ。

 だが、そんな人生にやってきた一発逆転のチャンス。


 乗らない手はないと彼らは考えていた。


 たとえ、精強で知られるロードハイムの騎士を相手にするとしても。


 一方、もう一つ動き出した勢力というのは、ロードハイムの騎士たちだった。


 里周辺に集まった彼らの数は一千。


 騎士団の主力はヘムズ平原でマグドリアの監視をしているため、ここにいるのは若手の騎士ばかりであった。


 彼らを率いるのはエルトの副官であるクリスだった。


「クリス様。賊の情報が入ってきました」


 簡易の天幕で、これからの行動を考えていたクリスの下に年若い騎士がやってくる。

 といっても、年齢でいえばクリスと大差はないのだが。


「報告を」

「はっ。敵の総数は一千から一千二百。装備はまちまちですが、数百ほどレグルス軍の鎧を身に着けた者たちがいます」

「鎧を着ている者たちの出自は?」

「わかりません。もしかしたら、鎧を奪っただけかもしれませんが、レグルス軍からの脱走兵という可能性もあります」


 騎士の報告にクリスは溜息を吐いた。


 使徒直轄の騎士団において、脱走者はまず現れない。


 それは騎士たちが使徒に忠義を捧げているからというのと、そもそも彼らが選りすぐりの精鋭だからだ。


 脱走をするような軟弱な者はそもそも騎士にはなれない。


 だが、兵士は違う。

 志願すればほとんど誰でもなれる上に、最低限の衣食住には困らない。


 だから兵士の中にはとりおり厳しい訓練、任務に耐えかねて逃げ出す者がいる。


 そういう者に限って、普通の民のような穏やかな生活には馴染めず、賊になるケースが多い。


「もしも彼らが狼牙族を傷つければ、レグルス軍の名誉は地に堕ちます。敵は脱走兵か、それ以前にただ我々の鎧を着ただけの賊かもしれない。それでも我々の鎧を着ている。その鎧を着た者がそれなりの数で押し寄せ、我々が保護している者たちを傷つける。とんでもない醜聞です」

「重責ですね……」


 クリスの言葉を聞いて、騎士が力なく呟く。


 精鋭といえば聞こえはいいが、年若い騎士たちのほとんどはつい最近、騎士の選抜試験を突破したばかりであり、戦に出た経験もほとんどない。


 中には元々、兵士だった者もいるが、最前線で剣を振った経験のある者は少ない。


 練度不足。


 そんな言葉がクリスの頭に過った。


 もう少し経験なり、訓練なりを積んでいればやりようもあるが、多くの者が初陣では不安は尽きない。


 騎士を下がらせたクリスは、大きく息を吐き、現状取りうる作戦を紙に書いていく。


 まずは賊へ先制攻撃を仕掛け、殲滅する作戦。

 書いてみて、その無謀さに頭を振る。


 騎士の数は千。対して、賊は千から千二百。

 同数、またはそれ以上の数を相手に殲滅など至難の業だ。


 少数でも逃せば、無防備な里に攻撃を加えられてしまう。

 少数の賊程度なら狼牙族でも十分に対応できるだろうが、それは避けたい事態だった。


 今回の作戦では、極力狼牙族の力を当てにしないようにと、クリスはエルトに言い含められている。

 あくまで護衛対象であり、その力を当てにして戦わせては本末転倒なのだ。


 次の作戦は里に籠っての防衛戦。

 すぐにクリスは上から線を引いて、ボツにした。


 援軍の当てもなく、防御にも適さない里に籠るなど下策中の下策。

 仮に上手くいったとしても、里への被害は見過ごせない。


 最後に今、騎士団が陣を張っている平原での野戦。

 里に向かうには、この平原を通るよりほかはなく、防御よりに戦えば、里への侵入も防げる。

 騎士団の馬も有効活用できる。


 メリットもあるが、デメリットもある。

 もしも防陣を抜かれれば、里に侵入される恐れがある。


 だが、それはどんな作戦を選択しても一緒だった。

 なにせ、敵は迷わず里近くに集結しており、かなり詳細な里の位置を把握している。


 失敗すれば里への襲撃は免れないというのは、大前提なのだ。


「しかし……」


 クリスは呟き、先ほどの騎士の様子を思い出す。


 防衛戦はただ突撃するよりも難しい。

 敵陣に突撃するのは度胸がいるが、防衛となると冷静さが必要になる。


 そして戦場で冷静さを保つには経験がいる。

 今、この場にいる騎士たちは若く、経験に欠ける。


 いくら剣の腕が立とうと、槍さばきが見事だろうと、馬術に秀でていようと、戦場で冷静さを保てる理由にはなりはしない。


 むしろ腕が立てば立つほど、自信も大きくなるため、冷静さを失いやすい。


「単純な野戦なら負けはないのですが……」


 防衛戦である以上、目の前の敵を倒しても、里に侵入されればそれで騎士団の負けである。


 加えて敵は賊。

 正攻法ではまず向かってこない。


 軍同士のぶつかり合いを想定する騎士にとっては、やりづらい相手だ。


「せめて主力が戻ってきてくれれば……いえ、それでは敵の思う壺ですか」


 レグルスを引っ掻き回すことがマグドリアとアークレイムの目的である。

 国内が乱れたからといって、安易に国境守備の部隊を動かしては、敵に付け入る隙を与える。


 だが、現状の戦力で対処するのも困難である。

 賊がただ攻めてくるというわけでもない。


 なにかしらの策を持って、こちらを崩しに来ることは予想できる。

 そうなったときに年若い騎士たちが混乱することも。


 クリスは背もたれに体重を預け、眉を顰める。


 あまりクリス的には望ましいことではないが。

 

「頼らざるをえない状況ですね。彼に」


 目を瞑り、自分の中に湧き上がる対抗心を何とか抑える。


 できることなら騎士団だけで事を片づけたい。 

 なにせ領内の問題であり、敵は所詮、賊。


 賊程度も騎士たちだけで対処できないのかと言われるのは、クリスには耐えがたい屈辱であった。

 もちろん、自分が言われるのではなく、自分の主君であるエルトが言われることが、である。


 しかし、保護した者たちを守り切れなかったという汚点を残すよりはいくらかはマシであると、クリスは判断する。


 誇りと名誉にかけて、領民たち同様に守るとエルトは狼牙族たちに誓った。

 その誓いを家臣である自分たちが破らせるわけにはいかない。


「しかし、よりにもよってユウヤ・クロスフォードが来るとは……。まぁ、他の者よりもやりやすいという点では納得できる采配ですが」


 それでも仏頂面を浮かべてしまう。

 気に入らないと心の中で、もう一人の自分が叫んでいる。


 それを抑え込み、クリスは紙に文字を書き足す。


 ユウヤ・クロスフォードと協力し、年若い騎士たちを指揮する。

 経験不足を指揮官の技量で補うのだ。


 幸い、実力においては心配いらない。

 剣の技量も指揮官としての技量も。

 そして戦の経験も。


 どれをとっても申し分はない。

 賊程度を相手取るのには、もったいないとさえ言える。


「ここは切り替えるとしますか。どうせ、やる気がない態度でやってくるんですから。思う存分、こき使ってやりましょう」


 仕事を振られて、嫌そうな顔をするユウヤを思い浮かべながら、クリスは笑みを浮かべる。


 なんなら、王都からわざわざ派遣されたという理由で、全権を委ねるのも面白いかもしれない。


 クリス自身、補佐するほうが得意であるし、そっちのほうが上手くいくかもしれない。


 もちろん、ユウヤは嫌がるだろうことは目に見えているが。


「この際、騎士を束ねる者として礼儀作法を徹底的に叩き込むのもいいですね。エルトリーシャ様への無礼を心の底から後悔するような人格に矯正しましょう。そうしましょう」


 一人納得し、ユウヤへの矯正プログラムをクリスは紙に書き始める。


 一方、外を通りかかった騎士たちは、天幕から聞こえてくる不気味な笑い声を聞いて、皆が回れ右をした。


 不幸にもクリスへの報告があった騎士が、勇気を振り絞って天幕へ足を進めるまで、クリスの不気味な笑い声は止まなかった。

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